q31「男女交際とは」
一学期の期末テストが終わり、僕たちは待ちに待った夏休みを迎える。
球体の機能のおかげで期末テストは楽勝だったと言っておこう。
中学時代に平均点以下だった成績も、中間テストで五教科とも七十点以上を取る快挙。今回だって五教科全てが七十点以上で現状維持ができたわけで。アイミスが呆れていた気がするが、きっと気のせいだ。
一つ言い訳をするなら、期末テストは五教科以外にも複数の副科目があって大変なのだ。ゆえにこの七十点以上は実質九十点以上と言えなくも……
さて、夏休みの二日目。遂に弥生さんが旅立つ時がやって来た。
とは言えそこまで大袈裟なお別れではなく。暫くの間は月に一度くらい戻って来て、屋敷の荷物整理に不動産や役所の書類など色々と手を付けるのだとか。運がよければまた会えるかもしれない。
ただ、冬になったらもう戻って来ることがないらしく、それは正直寂しい。
「……で? なんで二人はそのことを知ってたの?」
「ぎくっ」
「ドキッ」
弥生さんの旅立ちに際し、学校の先生と校外学習でお世話になった僕たち三人が代表で見送りに来ていた。近所の人や親戚もいて結構な人数が集まっている。
そして見送り自体は恙無く終わり、穏やかに解散まで至ったのだが。その後で僕と識那さんは遠野さんから尋問を受けることに。
なにせ学校から呼び出されて集まったら、僕と識那さんだけ事情を知っているわけだから。そりゃあ遠野さんが不自然に思うのも無理ない。
「いやあ、たまたま?」
「わ、わたしも、た、たまたま……」
「そんなわけあるか。洗い浚い、白状しなさい」
遠野さんの圧に、識那さんは「えっと、えっと」と必死に言い訳を考えているようで。けれど彼女を友達相手に嘘吐きにするのは気が引けたので、僕は正直に打ち明けることにした。識那さんは僕を庇おうとしてくれているわけだし。
「ごめん。僕が個人的に聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
「実は弥生さんの屋敷に座敷童子がいるって噂を耳にして。校外学習でそんなこと聞くのもおかしいかなって思ったから、放課後に改めてお邪魔したんだ」
「えっ⁉ そうだったの? じゃあ、三重籠は……」
「識那さんと会ったのは本当にたまたま。それで事情を話したら彼女も付いて来てくれて。今日の移住のことは、その時にね」
全く嘘は吐いていない。ただ大事なことを伏せているだけで。
その話に、遠野さんは漸く納得してくれたようで、僕をジッと見つめる。
「そうだったんだ。でも正直に言ってくれればいいのに」
「そ、それは……いのりちゃんが変に茶化すから言い辛くなったんだよ」
「茶化す? ああ、付き合ってるかって話?」
「それが無かったらすんなり言えたのに」
「そ、そう、そう。そうだよ」
「……わたしの身から出た錆ってわけかぁ。それはごめんでした」
識那さんのフォローのおかげもあって、どうやら誤解は解けたようだ。
折角の夏休みなのに、変な空気のまま二人の仲がギクシャクしたらどうしようと不安だったから、これでひと安心かな。
二人は仲良しのまま夏休みを過ごせて、僕も安心して帰れる。一件落着だ。
「で、どっちから告白したの?」
「うぉいっ⁉」
「な、なんでよっ⁉」
「いやあ、あからさまに距離感が変わってるから。そこは間違い無いかなって」
どうやら誤解されたままのようだ。一件落着してないわ。
ある意味で勘が鋭いと言えるが、単に秘密を共有しただけで付き合ってないし。
「まあ、わたしとも仲良くしてくれるなら別に三重籠が誰と付き合ってもね」
「違うから! つ、付き合ってないからっ!」
「そうだよ! 確かに距離感は変わったかもしれないけど、それは一緒に話して無料通話アプリをやったからで、付き合ってないよ!」
「……じゃあ、柳谷君は今、誰とも付き合ってない感じ?」
「そうだよ。僕みたいな陰キャが彼女とか……」
「なら、わたしと付き合ってみる?」
……その瞬間、時が止まった気がした。
それまで冷や汗をかきつつ言い訳していた識那さんも目を丸くして固まり、当然僕もフリーズして遠野さんを黙視する。
「いや、夏休みだし? お互いにフリーならいいかもって思って」
「い、い、いのりちゃん? なに言ってるの……?」
「だって付き合ってないんでしょ? ならわたしが立候補してもいいかなって」
今、なんて言ったの? 僕と付き合う? 遠野さんが?
だが、すぐに気付く。これはカマかけ。
遠野さんは僕たちを試しているだけで、本気で付き合う気はないのだと。あー、冷静になれる球体のおかげで助かったァ。黒歴史を生まずに済んだわ。
「……お気持ちはありがたいのですが、まだ知り合ったばかりで遠野さんのことをよく知らないので。今はお断りさせてください」
「なんで敬語? そんなの付き合ってから知ればいいじゃん?」
「さ、流石に即断しかねます。せめて無料通話アプリで、もう少し……その、交流してから、改めてお返事させてください」
「えー? 三重籠とはすぐ付き合えても、わたしは駄目なのぉ?」
「だから付き合ってないって!」
「つ、付き合ってません!」
「……チッ」
遠野さん今、舌打ちしたよね?
どうやら予想通りカマかけだったみたいだ。舞い上がって「よ、よろしきゅおねしゃす!」とか返事しなくてよかったわ。
「わかった。じゃあ今夜連絡するから、そこで返事聞かせて」
「待って。早すぎるから」
「だって交流したら付き合ってくれるんでしょ?」
「そんなこと言ってないから。そもそも付き合わないから」
「……うえええん! 三重籠ぅ! わたし、フラれちゃったよぉ! 慰めてぇ!」
遠野さんはそう言って、わざとらしく識那さんに凭れ掛かる。
そこで漸く識那さんも意図を察したのか、苦笑いで彼女を支えた。
「もう、いのりちゃんってば。ビックリさせないでよ~」
「本当にね。思春期の男子の心を弄ぶなんて酷いや」
「えー? わたしは本気だったんだけど。でも柳谷君は三重籠の方が好みかぁ」
「ちょっ、いのりちゃ……」
「いやあ、遠野さんって可愛いし魅力的だから、正直ドキドキしたけど。こういう冗談はもう止めてよね? 心臓に悪いからさ」
すると識那さんの腕の中で、遠野さんがビクッと動く。
そしてすぐに僕の方を向いて、ジッと見つめてくる。
「……柳谷君、そういうことサラッと言うんだね。実は女たらし?」
「へっ? なんで?」
気付くと、識那さんまで僕を凝視している。
僕、なにか変なこと言ったかな。言ってないよね。
「……三重籠。気を付けなよ、柳谷君ってば意外と」
遠野さんは識那さんの方を向いてボソボソと何か言っている。
彼女の表情は僕の位置からだと見えないけど、変なことを言って僕を批評しているのだけはなんとなく分かるぞ。遠野さんめ。
「……ねえ、いのりちゃん。なんで顔、赤いの?」
「ち、違うの。これは、急に可愛いとか言うから、ちょっとビックリしただけ」
「そうなの? でもいのりちゃん。もしかしてさっきの告白、本気で……」
「な、無い無い。三重籠たちを揶揄っただけだから。けど付き合ってないなら、夏休み中はわたしと一緒に遊べるね? そういえば今度――――」
なにやら女同士の会話が弾んでいるようで、間に入るのも躊躇われる。
一瞬、識那さんが妙に真顔だったのが気にはなったものの、それもすぐに笑顔に戻り。その後、僕たちは解散し、それぞれ自宅へと戻ったのであった。
僕たちの夏休みは、まだ始まったばかりだ。




