q30「夜更かしとは」
家に帰って琴子を部屋に寝かせ、家族と夕食時を過ごし、風呂を済ませる。
そうしてセンチメンタルが少し和らいだ頃、僕は約束通り識那さんにメッセージを送ることにした。
“こんばんは。さっきは付き合ってくれてありがとう”
そんな単調で面白みのない文章だけど。
識那さんからはすぐに返事が送られてきた。
“こちらこそ、ありがとう。仲間ができて心強いです”
仲間というのは見える人という意味だろう。
その直後に、妖怪のスタンプが送られてくる。
「あははっ。これ、座敷童子のスタンプだ」
その座敷童子はリアルな日本人形風の姿だった。
鈴子と少しだけ似てるけど、鈴子の方がキュートだ。
「ねえ、琴子。これ見て……おっと、本気で寝てるのか」
声を掛けようと振り返るが、琴子はスヤスヤと眠っている。
安心しきって眠る姿は子どもそのものだ。とても御年八百歳超とは思えない。
仕方がないので、僕は琴子を抜きにして識那さんとやり取りを続けた。
“琴子ちゃん、どうしてる?”
“本気寝してる。琴子にちゃん付けすると後で怒られるよ”
“そうでした。けど慣れないのよね”
“わかる。年上だから敬語使いそうになる”
そんな他愛のない話を繰り返し、やがて話題は妖怪のことに。
彼女が見たことのある妖怪はほとんどが付喪神のような害の無いもので、喋る妖怪は町中でたまに見かける程度だったのだとか。
けれど高校に入学すると琴子がいて、可愛いなとは思いつつ絶対に目を合わせないように努めていたと話してくれた。そりゃあ怖いよね。
そして、僕が琴子に憑りつかれたと思っていたことや、校外学習の際にハラハラしながら見守っていたこと。それに琴子が尻尾を僕の頭に乗せてチョンマゲみたいにしたから吹き出したこと、座敷童子と並んで話していて凍り付いたことなども教えてくれた。やっぱりそうだったか。
それにしても十五年間バレずにきたことは凄いと思う。
僕なんてあっという間にバレたからね。
“また明日、学校でね。おやすみ”
“うん、おやすみ。またね~”
ひと通りの話が終わったところで十一時を回り、今日のメッセージを終了する。
僕がマイペースに続けると朝までコースだから、時計はしっかりと見ていた。
そうして僕も琴子の隣に横になり、アイミスに眠らせてと頼む。
なんだか色々なことがあり過ぎた一日だったなあ。
すぐに、僕の意識は宙へと消えて行った。
明日はどんな一日になるのかなあ。
……翌朝。僕は悪夢に魘されて目覚める。
本体である球体を琴子と鈴子に延々ボール代わりにされるという内容だ。酷い。
(おはよう、アイミス。さっきの夢、なに?)
〖おはようございます、ミケ。ランダムの設定だったので深層心理の現れかと〗
そういえば、夢の指定無しの時はランダム設定で、と前に頼んであったっけ。
しかし、それで悪夢に魘されるのはごめんだ。今後は必ず夢をリクエストしてから寝ようと、僕は心に決めたのだった。
そんな微妙な目覚めの一日だが、いつもと同じように始まる。
家族のいるリビングで朝食を摂り、制服に着替えて、身だしなみを整えて、琴子を頭の上に乗せて家を出る。
以前とはちょっと違うけど、これが今の僕の日常風景なのだ。
「よく寝たのにゃ。昨夜はチュッチュしたのにゃ?」
「それは識那さんとって意味かな? だとしたら残念だけどスマホにそんな機能は付いてないよ。普通のメッセージだけだった」
「ウチは誰とだなんて言ってないのにゃ。そこで識那の名前が出るってことは、やっぱり二人はアチチなのにゃあ?」
「じゃあ誰とだよ。可能性があるのが識那さんだけなのに、他に誰を言えと?」
そんないつも通りの掛け合いをしつつ、学校が近付くと念話に切り替える。
すると今日はいつもと違うことが起こった。
「あ! 柳谷君、おはよう」
「おはよう、柳谷君」
「ああ、おはよう。遠野さん、し、識那さん」
直前に琴子がチュッチュとか言うから、少しだけ意識してしまった。
けど二人とも美少女だから思春期男子なら仕方ないと思う。意識しちゃ駄目だ。
「……えっと、昨日はお疲れ様でした。その……校外学習ね」
「ああ、うん。楽しかったね、その……こ、校外学習」
「……え? なに、二人とも付き合ってんの?」
「なんでだよ⁉ 遠野さん!」
「何言ってるの⁉ いのりちゃん!」
「いや、息ピッタリだし。昨日、何かあった?」
妙に鋭い遠野さんに揶揄われ、激しく動じてしまう。
別に付き合ってないけど、あんなことやこんなことや、メッセージのやり取りはあった。だから昨日は「何かあった」という方が正解ではある。
「べ、べ、別に」
「……実は、学校の後でバッタリ会ったんだよ。それで夜にメッセージを少々」
「……へえ?」
識那さんは激しく動揺していたが、僕は冷静に本当のことを伝える。
下手に隠す方が危険な気がするし、嘘は全く吐いていないからね。
「い、いのりちゃん、そうにゃんだよ……」
「識那、ウチの真似っこかにゃ?」
「違うもん。噛んだだけだもん」
「は?」
「……あっ!」
すると識那さんが、反射的に琴子の声に答えてしまう。
それを不審に思ったのか、遠野さんが険しい表情になった。
「し、識那さんってば噛み噛みで可愛いなあ」
「へっ⁉ な、なに言ってるの、柳谷君」
「おっと、本当に付き合ってるのかな? 大胆だね、柳谷君ってば」
「もう、茶化さないでよ。もちろん遠野さんも可愛いゼッ☆」
……そんな奇行に走った僕に、遠野さんが若干引いていた。
けれど琴子の件は誤魔化せたようで、それに気付いた識那さんは「ごめん」とこっそりジェスチャーを見せる。
「よく分からないけど、うちの三重籠をよろしくね」
「ち、違うから。付き合ってないから」
「えっと、遠野さんも今度メッセージ送るね。仲良くしてくれると嬉しいかな」
「あー……うん。さっきから取って付けた感がアレだけど、よろしくね~」
正直、誰かに殺してほしい気分だわ。
陰キャの僕にできる精一杯の勇気ある行動だったけど、黒歴史確定である。
それにしても識那さん、慣れてもらわないと支障がありそうだなあ。
僕がいれば誤魔化せるけど、一人の時に琴子に反応しちゃったら大変だ。
(琴子? 学校で識那さんに話しかける時は充分注意してね)
(ごめんなのにゃ。これから気を付けるにゃ)
そんな琴子の言葉は全く信用できないが、ともかく今日も学校が始まる。
せめて鈴子がうちに来るまでは、平穏で変わらぬ日常を満喫したいな。そう思いながら、僕は教室へと向かうのであった。