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q29「別れとは」


「おやま? どしたの、あんたたち」


 介護タクシーが家の前に来ると、弥生さんが驚いた顔で降車してきた。

 それはそうだろう。さっき別れた子どもたちが、どうしてか再びいるのだから。


「えっと……僕たち、弥生さんに聞きたいことがあって」


「そうなんけ? ほんじゃまあ、家に入りなさい。今日はありがとうね」

「はーい。また明日ねえ、弥生さん」


 弥生さんは訪問介護の人に挨拶を済ませると、買い物袋を持って家に入る。御年八十五歳なのにパワフルである。


「まあまあ、お茶でも飲んでゆっくりしていきなあ」


「そんな、お構いなく。すぐに帰りますから」


「そう言わず、ゆっくりしていきなあ」

「それじゃあ婆が寂しがるわい。少しくらい上がっていくといいのじゃ」


「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

「お、お邪魔します」


 弥生さんと鈴子に同時に言われ、それならばとお邪魔することにした。

 考えてみれば、八十五歳のお婆さんに聞きたいことだけ聞いてさっさと帰るのは野暮というものだ。校外学習の時も、話を聞いていたら嬉しそうだったし。


「そんで、どうしたんけ?」


「いえ。えっと……学校の課題としてこういうことを聞くのはどうかと思ったので、改めて聞きに来たんです」

「あの……座敷童子って、聞いたこと……ありますか?」


 識那さんがそう切り出すと、弥生さんは一瞬だけ驚いた顔をした。

 けれどすぐに普通の表情に戻り、何かを考え込む。


「……昔から、この家にはいるって言うねえ。なんかの気配がすっこともあるわ」


「本当ですか!? じゃあ、弥生さんも信じて……」


「もし座敷童子っちゅうんが人を幸せにしてくれんなら、()()あんたたちの家に行ってくれりゃあ思い残すことは無いけんどねえ」


「えっ?」


 その言葉を受けて、僕は鈴子を見る。

 彼女もさっき同じようなことを言っていた。けど、どうして弥生さんまで?


「そ、そんな。弥生さん、まだまだ元気じゃないですか」

「そうですよ。これからもこの家で……」


 思わず識那さんと視線を合わせると、彼女も同じことを考えている気がした。

 弥生さんは自分の死期を悟ってしまったのだろうか。それとも病気?


「仕方ないことなんだあ。()()()流れっちゅうか、迷惑はかけられんでな」


「そりゃ、だれでも年は取りますけど。でも弥生さんは逞しくて」

「今すぐになんて、そうはとても……」


 ()()流れは残酷、それは分かる。弥生さんほどの年齢だと尚更そう感じるのだろう。けど、こんなに元気なのにそんなのって無いよ。

 僕たちが知らないだけで、不治の病や余命宣告なのか。けど、それでもお別れなんて考えたくもない。今日知り合ったばかりだとしてもだ。


「まあね、残念だけど。田舎しか知らんども、町ん方もええかって思うしな」


「そう言わず、来年も校外学習やってくださいよ。そんな、まるで死んじゃうような言い方……って、あれ?」



 ――――そこで、微妙に噛み合っていない会話に気付く。

 てっきり寿命が近いって話だと思ったのに、町って何のことだ? 



「……あんたたち、何か勘違いしとらんかい?」


「……してます、かね。えっと、弥生さんが死んじゃうってことでは……?」


「人を簡単に殺さんで! かっかっかっ! 息子のところに引っ越して、息子夫婦の世話になるって話だがね」


「ええっ⁉」

「そ、そうなんですか⁉」


 漸く事情を理解し、僕は改めて鈴子に目を向ける。

 すると彼女は目を丸くして僕を見つめていた。


「勝手に婆を殺すでない。この婆はまだまだ長生きするのじゃ」

「ミケ、早とちりにゃ。人殺しだにゃ。殺人事件なのにゃ」


 琴子の言い分はともかく、確かに早とちりだったようだ。

 けど識那さんも同じ勘違いをしていたようだし、僕は悪くないよね?


「だからね、校外学習は今年限りだったんよ。先生たちにも内緒でって言ってあったし、限られた人たちしか知らんけどねえ」


「そう、だったんですか……」


「この家も限界だから取り壊すつもりでな。けど暫くはこのままだから、もしも座敷童子が本当におるんなら、空っぽになってもたまに会いに来てやってくれんかね? そうすれば、そのうちあんたたちのどっちかの家に移るだろうからねえ」


 そう話す弥生さんはどこか寂しそうだ。

 それにしても鈴子の心配性は弥生さんか、その一族譲りなんじゃなかろうか。


「……分かりました。僕たちに任せてください。鈴……その座敷童子にも絶対に寂しい思いはさせませんから」


「本当かい? あんたたちみたいな優しい子が最後の相手でよかったよお。これで最後の心配事も無くなったわなあ」


「……全くじゃ。よかったの、婆よ」

「にゃにゃ! ミケも識那も優しい子なのにゃ。婆様、わかってるにゃあ」


 若干の誤解はあったものの、そういう事情があったと知れてよかった。

 それから僕と識那さんは日が暮れるまで、弥生さんと話をして過ごす。御年八十五歳の笑顔はとても素敵で、一生記憶に残りそうな気がした。


 まあ、球体の記憶には本当に残るんだけど。それを言っちゃあツマラナイから、今は言いっこ無しである。





「今日はありがとうねえ。楽しかったよお」


「僕たちの方こそ、ありがとうございました」

「わたしたちも楽しかったです」


「それじゃあ、またねえ」


「はい、お元気で」

「お邪魔しました~」


 そんなお別れの言葉を告げて、僕たちはそれぞれの家に帰る。

 弥生さんがあの屋敷を離れる前に、また会えるかは分からない。これが、今生の別れになるかもしれない。

 けれど、不思議と寂しくはなかった。たくさん話せたからというわけでも、今日会ったばかりの相手だからというわけでもないのだけれど。


「……いい人だったね」


「うん。本当に楽しかったよ」


 そうしてポツリ、ポツリと会話を続け、やがて識那さんの家の近くに来ると。


「ここまで送ってくれてありがとう」


「ううん。僕もこっちだったから」


「あとで、またね」


「うん。またね」


 僕と識那さんはバイバイと手を振って別れる。

 琴子は少し眠いのか、無言でバイバイと手を振っていた。


「……帰ろっか、家に」


「……にゃ」


 帰り道、僕は一人想像を巡らせていた。

 僕の部屋に琴子と鈴子が一緒に住んでいる光景を。


 そのうち、もしかしたら他の妖怪が加わることもあるのだろうか。

 それとも大学生や社会人になったら、琴子や鈴子とも別れる日が来るかな。


 ……両親や妹、それに識那さんやクラスの友達、アイミスとだって。いつかは。




 ちょっとセンチメンタルになりながら、僕はいつもの道を歩くのだった。



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