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q28「鈴子とは」



「……そういえば、すっかり忘れてたけど」


「うん?」


 識那さんが、妖怪が見える人だと分かってから間もなく。

 僕は漸く本来の目的を思い出し、それを彼女に打ち明ける。


「実はこれから、座敷童子に会いに行くところだったんだ」


「……えっ?」


「にゃにゃ! そうだったにゃ。鈴子(りんこ)、待ちくたびれてるにゃ」


「ええと……識那さんも行く?」


 さっきの今で新たな妖怪と対面とは酷だろうか。

 そう思いつつも識那さんを誘うと、彼女は少しだけ悩んだ後で口を開いた。


「……うん。ここまで打ち明けたんだし、折角だからわたしもその鈴子ちゃんに会ってみたい……かな? 柳谷君と一緒なら怖くないかもだし」


「識那。ウチも鈴子も人間からしたら超絶長生きさんなのにゃ。だからちゃん付けは止めるにゃ。なんか変だにゃ」


「えっ? う、うん。分かった、琴子……?」


「慣れないと思うけど、琴子がそうしろって言うからね。そうしてあげて」


「にゃにゃ。鈴子も鈴子でいいにゃ。それじゃあ、そろそろ行くのにゃ」


 先導に従い、僕と識那さんは琴子の後に続いて歩き出す。

 琴子は相変わらずマイペースだなァ。


 それにしても彼女が見える人だと考えれば、これまでのことも辻褄が合う気がする。急に笑ったり照れていたの、姿や声を見聞きしてたからだったんだね。

 それ以外にも聞いてみたいことは色々とあるが、残念ながら今は無理かな。


「あの、識那さん。色々と聞きたいから、今夜とか連絡していい?」


「えっ? あ、うん。もちろんいいよ」


「じゃあ、無料通話アプリでメッセージ送るね」

「ウチも送るにゃ」


「ふふっ。分かった、待ってるね」


 こんな美少女と秘密の共有とか、ちょっとドキドキする。

 けれど実際は琴子を入れて三人での共有だし、もしかしたら後で四人目が加わるかもしれないんだった。


「それじゃあ気持ちを切り替えて、座敷童子の鈴子とご対面と行こうか」


 徐々に見えてきた民家に目を向け、そんなふうに言ってみた。

 すると民家の前の道路に、なにやら見慣れた姿があるではないか。


「あっ! 鈴子にゃ」


「えっ⁉ 座敷童子が外に出ちゃマズいんじゃ……」


「どうしてにゃ? 鈴子が外に出ると何がマズいにゃ?」


「だって、家が衰退したり崩れるんじゃ……」


 すると僕の質問に、ここまで沈黙していたアイミスが答える。


〖妖族の座敷童子にそんな能力はありません。伝承にはあるようですが〗


(……へっ? そうなの?)


〖家を離れると衰退する、もしくは衰退しそうだから離れる、両方の伝承が併存するようです。しかしながら、そちらの妖族が家を離れないのは……〗


「鈴子が家から離れないのは、婆様が心配だからにゃ。あいつ心配性なのにゃ」


〖……というわけです〗


 琴子に被せるように説明してくれたアイミスのおかげで、謎が解けた。

 どうやら僕が心配していたような事態は起きないみたいで、ホッとする。


「おーい! 鈴子ぉ、にゃ‼」


「悪いのお、わざわざ来てもろうて。声が聞こえた気がして出て来てしもうたわ」


「えっと、初めまして。柳谷光明です。琴子からはミケって呼ばれてます」


「……ふえっ? わ、わたし、識那三重籠です……」


「おや、二人とも見えとったんじゃな。まあまあ、まずは入るのじゃ」


「はい。おじゃまし……」


 到着するや否や、挨拶を交わす僕たちと座敷童子の鈴子。

 自然な流れで家の中に招かれ、つい入ろうとするが……


「いや待って。弥生さんに無断で入るのは駄目じゃない?」


「あっ! そ、そうだよね……」


「婆様はどうしてるのにゃ?」


「婆なら「ほーもんかいご」っちゅうやつで買い物に出かけとるのじゃ。あと三十分は戻らんと思うから、家に入っても大丈夫じゃぞ?」


「いやいや、そういうわけにいかないでしょ。不法侵入になっちゃいますから」


 うっかり入りかけたが、誰かに見られたら普通に不審者である。

 この辺は人通りが少ないとはいえ、流石に無断で入るのは止めておこう。


「そうかの? なら家の裏にある竹林のとこで話そうかの」


「はい、それでお願いします」


「そう畏まらんでいいわい。琴子と同じように普通に話すのじゃ」


「あ、うん。分かった」


 そうして僕らは家の裏へと回り、竹林の日陰に隠れるようにして座る。

 ここならギリギリ敷地外だから大丈夫だと思うし、空間認識の機能で弥生さんが来るのが分かったら急いで表に回ればいいよね。訪問介護だっけ?


「それでは改めて自己紹介じゃ。ワシは鈴子(りんこ)。昔は柿ノ里鈴舞童子という名で呼ばれとったが、今は鈴子で構わんでな」


「ウチは琴子にゃ」


「よろしくお願いし……よろしく、鈴子」

「よ、よろしく、です。鈴子さ……鈴子」


「それでいいのじゃ。変に畏まると悲しいでの」


 琴子もそうだが、敬称や敬語は好まないらしい。

 鈴子も久々に人と話すのか、名前を呼ばれただけで嬉しそうだ。


「しっかし、久々に見える人間がいたと思うたら、一気に二人とはの」


「にゃ! ビックリだにゃ。識那はさっき気付いたばかりだけどにゃ」


「鈴子はここに住んで長いの? 弥生さんとか御先祖様は見えなかったんだ?」


「そうなんじゃよ。ここには屋敷が栄えとった頃から三百年ほど居るが、薄っすら感じとる者はいても見える人間はのう……」


 そう話す鈴子はどこか寂しそうだ。

 きっと長い間、一人だったのだろう。


「けど、琴子が話し相手になって、寂しくはなかったんじゃない?」


「ワシらは寂しいとかは分からんが、確かに小煩いのが居て退屈はせんかったな」


「にゃにゃ⁉ 酷いにゃ! お前さんが退屈だと思って来てやったのににゃ!」


「なにおう? 一ヶ月後と言って三ヶ月も忘れとったやつがよく言うわい。前にも一年忘れとった時は、くたばったかと心配しとったのに。貴様はケロッと……」


 楽しそうに話す二人を見て、僕と識那さんはクスクスと笑う。

 憎まれ口を叩いてはいるが、二人とも互いを大切に思う関係なんだろうな。


〖妖族の欲求は人間などを相手にしないと解消されません。しかしながら妖族同士でも一定の安らぎはあるようですね〗


 アイミスがそう説明してくれたので、僕は心の声でありがとうと伝える。

 これからは鈴子にもたまに会いに来て、話し相手になってあげたいな。



 そんなふうに思いながら暫く話し込んでいると、空間認識に弥生さんの反応が出現する。どうやら、もう少しで帰宅するみたいだ。


「あのさ、話の途中で悪いんだけど。そろそろ弥生さんが来るんじゃないかな?」


「そう言われてみればそうじゃな。しかし、よく分かったの?」


「さ、さっき、三十分くらいって言ってたし?」


 そうして急ぎ表に回ると、遥か遠くに一台の車が見えた。

 恐らく介護タクシーというやつなのだろう。僕たちはそのまま、家の前で到着を待つことにした。


「……のう? 琴子のやつはミケ殿の家に住んでおるのか?」


「え? そうだね、学校以外の時間は」


「なら――――ワシもそのうち、お邪魔していいかの?」


「へっ? いい、けど……弥生さんは見守らなくていいの?」


「……いいのじゃ。もうすぐ、お別れじゃからな」


 突然鈴子が放った言葉に、僕と識那さんは大きく動揺する。

 それではまるで、弥生さんがもうすぐ寿命を迎えるみたいじゃないか。



 もしかして座敷童子には人の寿命が分かるのだろうか。

 そんなことを考えながら、僕たちは近付いて来る車を見つめるのだった。



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