q27「見える人とは」
僕の頭の上から落ちた琴子を、僕と識那さんの腕が同時に受け止めた。
その光景が意味することは、一つ。
何故なら琴子を受け止めるなんて、見えていないと絶対にできないから。
「にゃにゃにゃにゃ⁉ もしかして、お前さんも見える人間にゃ⁉」
琴子の核心を突くひと言に、識那さんの体がビクッと跳ねる。
「…………な、なんのこと? わ、わたしはただ、柳谷君が手を伸ばしてきたから、そういう遊びなのかと思って、ノ、ノリで合わせてみただけで……」
プルプルと震えながら喋る識那さんに、僕は心の中で「無理があるよ」とツッコミを入れる。そもそも琴子の声に答えちゃってるし。
けど、直接言ったら彼女は今すぐにでも泣き出しそうで、言うに言えない。
「そ、そっかァ。識那さん、ノリがいいねェ」
「おい、にゃ。二人とも無理があるのにゃ。お前さんも取って食ったりしにゃいから、正直に白状するのにゃ。カツ丼、食うかにゃ?」
そのフレーズ、気に入ってるの?
ともあれ琴子にハッキリ言われ、識那さんは涙を滲ませる。
「……」
「仕方にゃい、この手は使いたくにゃかったけど。ミケ、いいこと教えるにゃ。この識那とかいう人間、前にスマホで「〇〇〇」って単語を検索して……」
「ふぎゃああっ⁉ な、なんで知ってるのぉ⁉ 誰にも言ってないのにぃ!」
「ふっ、にゃ。検索履歴くらい消すにゃ。ウチにかかれば持ち主不在のスマホにゃんて格好のオモチャなのにゃ。にゃひゃひゃひゃひゃ」
琴子、それは犯罪だと思う。体育の時間にでも置いてあったのを弄ったんだろうけど、いったいどうやってロック解除の方法を知ったんだか。
識那さんも、流石に自身の恥ずかしい話には黙っていられなかったようで。
それよりも彼女がそんな放送禁止用語を検索してたの、意外過ぎるわ。まあ、思春期には大して珍しくもないあるあるだけれども。
「ち、ち、違うの! 柳谷君、聞いて! 友達が教えてくれたんだけど意味が分からなかったから検索しちゃっただけで、履歴だってつい最近消したんだよ⁉ わたし、そういう趣味だとかじゃないの! だから……」
「お、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから。理由は分かったし、そういう趣味じゃないのも当然分かるから。とにかく一旦落ち着いて、ね?」
「にゃははっ。素直に見えていると言ってれば、暴露されずに済んだのににゃ」
冷酷にそう言い放つ姿にゾッとする。琴子……おそろしい子……!
彼女にかかれば見えない人はもちろん、見える人までこんな目に遭うのか。やはり彼女は魔性の女、妖しくて怪しいと書いて妖怪と読むだけのことはある。
そんな冗談はともかく、やっていいことと悪いことはあると思う。
だから僕からも琴子にひと言、言ってやろう。
「そんな酷いことするなら、今後は一ヶ月会話しません。うちに来るのも無し」
「ごめんなさいにゃ。つい出来心だったのにゃ。誠心誠意謝るから、どうか許してほしいのにゃ。独りぼっちは嫌にゃあ」
「謝る相手が違います」
「えっと、識那? 本当にすまぬことをしたのにゃ。切腹でも何でもするから許してほしいのにゃ。テストのカンニングとかも喜んで手伝うから、何卒にゃ」
それはそれで悪いことだと思ったが、僕は黙って識那さんを見る。
すると彼女は涙の滲んだ目で、真っ直ぐに琴子を見つめた。
「……じぇったい、許さない」
「ですよね」
「にゃにゃ⁉ 本当にごめんなさいだにゃ! どうか殺生にゃ! ご無体にゃ! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいにゃあ‼」
余程ぼっちにされるのが嫌なのか、琴子は何度も地面に土下座する。
それでも識那さんの許しが出ることはなく、珍妙な光景は続く。
「ごめんなさいだにゃ! どうかお許しくだされにゃあ!」
「……」
しかしながら、誰かに見られたら僕が識那さんを泣かせたようにしか見えない。
そうなれば余計に面倒臭くなるのは明らかだ。僕は仕方なく二人の仲裁に入る。
「えっと、識那さん。琴子も本気で謝ってるみたいだし、ここは僕に免じて許してあげてくれないかな? お願いします」
「……ぐすっ。その子、琴子ちゃんって言うの?」
「え? あ、うん。猫又の琴子。さっきはあんなことしちゃったけど、すごくいい妖怪なんだ。だからどうか、許してあげてください」
「へへっ、よせやい、にゃ。そんにゃこと言われっと照れるのにゃ」
「……琴子、反省して」
「すまぬにゃ。この通りだにゃ。識那、ごめんなさいだにゃ」
一瞬調子に乗りかけた琴子を自粛させ、彼女と一緒に識那さんへ頭を下げた。
琴子も、僕が頭を下げたことで反省を強めたのか、黙って頭を地面に付ける。
「……うん。もういいよ、分かったから。ぐすっ……」
「本当にゃ⁉ ありがとうだにゃ! 識那、いいやつだにゃ」
「こら! 琴子!」
「きゃあっ!」
許してもらえた喜びで、琴子は僕が止める前に識那さんに飛び付いてしまう。
妖怪に飛びかかられて驚いたのか、識那さんは腰を抜かして尻もちをついた。
「だ、大丈夫? 識那さん」
「痛たた……うん、大丈夫だけど……」
「重ね重ね、申し訳ないのにゃ。けど識那、やっぱり見える人間にゃ?」
「……あ、はい。もう誤魔化せないみたいだし、正直に言います」
「マジかァ。まさかこんな近くに僕以外の見える人がいるとはね」
なんだか慌ただしい時間だったけど。
どうやら識那さんは本当に見える人だったらしく、諦めが付いたのか恐る恐る琴子を猫のように撫で始めた。
「にゃにゃ。優しい手付きにゃ。ベッピンさんのナデナデはたまらんにゃ」
「琴子、オッサン臭いよ? もしくは変態っぽい」
「ふふっ。二人とも仲良しなんだね? 前からそうかなと思ってたけど」
「……そういえば、ずっと見えてたんだよね? 識那さんはいつから?」
僕の踏み込んだ質問に、彼女は大きく深呼吸をしてから答えてくれた。
普段は大人しい印象だけど、僕と違って球体無しですぐに気持ちを落ち着かせるとは。なかなか肝が据わってるなあ。
「わたしは物心ついた時からだよ。今まで誰にも言ったこと無かったけど」
「そうなの? じゃあ、ずっと隠してきたんだ」
「それは、かにゃり凄いのにゃ。筋金入りだにゃ」
「そういう柳谷君は?」
識那さんの質問に、僕はどう答えるべきか迷った。
彼女に合わせて「物心ついた頃から」と答えようか迷ったが、やっぱり嘘を吐くのはよくないよね。ここは正直に伝えよう。
「実は、高校に入ってからなんだ。つい最近でさ」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「えっ⁉ そうなのにゃ⁉」
何故か琴子まで驚いている。
そういえば、それはまだ教えていなかったっけ。
「うん。だから識那さんみたいに見える人に会えてホッとしてるんだ。もしよかったら、これから色々と相談させてもらえない?」
「う、うん! もちろんだよ、こっちこそ嬉しい。今まで誰にもバレないように、必死に隠してきたから。自分以外の見える人に会えて、私もすごく嬉しい。こちらこそ相談に乗ってもらえると嬉しいです。よ、よろしくお願いします」
嬉しさのあまり「嬉しい」を連呼する識那さん。うん、凄く伝わったよ。
すると秘密の共有で通じ合う僕たちが羨ましいのか、琴子が割り込んで来た。
「ウチも混ぜるにゃ。識那、ウチとも連絡先を交換するのにゃ」
「いや、琴子の使ってるスマホは僕のだから。もう識那さんのは入ってるからね」
「そうだったにゃ。ともかく識那、よろしくにゃ」
「あ、うん。こ、こちらこそよろしくね」
とんでもない展開になってしまったが。こうして妖怪の猫又という人外な友達に続き、僕には妖怪が見える友達までできてしまったのだった。
……普通の友達でいいんだけどな。まあいいか。