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q24「座敷童子とは」


「まあまあ、よく来たねえ。ほれ、お上がりなさい」


 民家を訪れると、お婆さんが出迎えてくれた。

 彼女はここの住人で、僕らの校外学習のお相手、弥生さんだ。御年八十五歳。


 彼女の先祖は昔、この一帯の地主さんだったらしく。今は衰退して彼女を残すのみだというが、その名残なのか非常に立派な屋敷である。

 彼女の子どもたちは全員が県外に住んでいて滅多に帰らず、校外学習をお願いするという名目で地域との繋がりを維持しているらしい。


「お忙しい中、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」


「これはこれは、ご丁寧に。まあまあ、ゆっくりしてってなあ」


 某となりのアレなアニメ映画を連想させるお婆さんである。

 隣に引っ越してきた家族にも親切そうな印象だ。畑にきゅうり、あるかな?


「それじゃあ、お邪魔します」


「お、お邪魔します」

「お邪魔しまーす♪」


 形だけとはいえ班長を任された僕が先陣を切り、その後に識那さんと遠野さんが続く。家の中は囲炉裏に板の間……というわけではなく、案外近代的だった。

 普通にソファとかもあって、そこを二人に譲って僕は座布団に座る。


「あんたたちの学校の先生からは、うちの家系図だの見せて話を聞かせてくれって頼まれてんだあ。そいでいいかい?」


 専用の座椅子に座った弥生さんが、テーブルの上にお茶を出してくれる。

 八十五歳とは思えないほど機敏な動きだ。


「はい、大丈夫です」


「そんだら、用意してあるわ。うちはな、大昔に京の都にある……」





 ――――校外学習は順調に進んで行った。

 子ども好きなお婆さんと基本真面目な僕ら。トラブルなんて起きようがない。


 だが一方で、僕の前ではもう一つの世界が展開していた。

 識那さんと遠野さんには見えていないから分からないだろうが、僕は班長の他に保護者もやらなければならなかったのだ。


「本当に久しぶりなのにゃ。元気だったかにゃ?」


「おのれは近くにいるくせに、全然会いに来んの。顔を忘れかけたぞ」


「にゃははっ、ごめんにゃ。けど年に一回は来てたにゃ?」


「たわけ。前回来たのは三年も前じゃろが。ワシが動けんのを知っとるなら、目と鼻の先なんじゃから頻繁に会いに来んかい」


 猫又とは旧知の仲なのだろう。どのレベルの旧知かは知らないけど。

 僕のすぐ目の前に、想像通りの姿をした座敷童子が琴子と並んで座っていた。


鈴子(りんこ)は細かいのにゃ。あれだにゃ、コロナ禍で来られなかったのにゃ」


「たわけ。人間の病はワシらには関係無いじゃろがい」


「そんなに寂しかったにゃ? なら鈴子が会いに来ればよかったのにゃ」


「そんなことして、いない間にあの婆が倒れでもしたらどうする。八十五歳の人間なんて何時(いつ)何があってもおかしくないんじゃぞ」


 僕は必死に両方の話に耳を傾ける。

 琴子とは事前に打ち合わせして、僕が見える人間というのは伝えないでと頼んである。だがうっかり教えでもしたら大事ゆえ、こうして気を張っているのだ。


「それにしても、急にどうしたんじゃ? 学校の子どもらと一緒に来るとは」


「それが聞いてほしいのにゃ! なんと見える人間がそこ……あっ、にゃ」


(うぉい⁉ 早いって! 速攻でバラしちゃ駄目でしょ⁉)


 苦心するだけ無駄だったようだ。

 必至に座敷童子の方を見ないよう努めるが、どうやら時すでに遅し。


「……なるほどの。あの者には見えとるんじゃな?」


「ふ、不覚にゃ! こうなったら腹を切って詫びるのにゃ」


 見事に口を滑らせ、しかも誤魔化すのも忘れて早々と切腹の体勢である。

 切腹されても困るので、僕は琴子の方に向けて三回瞬きをした。


(にゃ? まさかお仕置きかにゃ? 怒るのにゃ?)


(人聞きの悪いこと言わないで。切腹とか言ってたから止めさせようとしただけ)


 合図に従って琴子が尻尾を伸ばすと、僕は彼女に念話を送る。

 けど尻尾を触れさせる場所が頭の上ってどうなの? チョンマゲみたいになってるんだけど、他に選択肢って無かったのかな?


「ぷっ!」


「え? どうしたの三重籠(みえる)? 急に吹き出したりして」


「あ、いや。ごめんなさい。なんでもないです」


 唐突に識那さんが笑ったことで、一時的に弥生さんの話が止まる。

 それをチャンスと見て、僕は急いで琴子に念話を送った。


(とにかく、バレちゃったものは仕方ないから。座敷童子さんにも校外学習が終わってからゆっくり話したいって伝えて)


(了解だにゃ。それまで大人しく待ってるにゃ)


「なんじゃ? どうしたのじゃ?」


「大丈夫にゃ。にゃんでもにゃいにゃ」


 識那さんのおかげでチャンスが生まれて助かった。正直、弥生さんの話と並行して琴子たちにも意識を向け続けるのは大変だったから。

 しかし識那さん、思い出し笑いでもしたのかな。弥生さんの話に笑いどころは無かったように思うけど、笑いのツボが人と違うタイプなのかな?


 なにはともあれ、それから僕は校外学習に専念して、識那さんや遠野さんと一緒に弥生さんの話を満喫した。実に楽しい時間だったと言える。

 陽キャな人たちと一緒の班だったら僕なんて置いてけぼりだったかもしれないし、この二人でよかったとしみじみ思う。



 やがて校外学習が終わり、僕たちは弥生さんにお礼を伝えて学校へと戻る。

 そして帰り際、琴子を通じて僕に座敷童子からのメッセージが届けられた。


(鈴子から伝言だにゃ。あいつはこの場所を離れられないから、今度時間がある時にでも来てほしいそうだにゃん)


 これは僕でも知っている有名な話だ。

 座敷童子が離れると、その家は衰退してしまうのだとか。下手すると倒壊するって話も聞いた気がするし、つまりは弥生さんのためにも離れられないのだろう。


「それじゃあ、教室でレポート書こうか」


「そうだね。さっさと終わらせて早く帰ろう」


「うん、賛成~」


 とりあえず、僕は校外学習に頭を切り替える。今は班長を全うしなければ。

 色々と気にはなるものの、座敷童子の件はこれが終わってから改めて考えよう。



 こうして僕は新たな妖怪と知り合い、約束まで取り付けたのであった。



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