q21「団欒とは」
帰宅して、琴子を僕の部屋に案内する。
彼女が駆けるのに合わせ、部屋にペタペタと足音が鳴り響いた。
「にゃにゃ!」
ある意味、身内以外の女性を初めて部屋に入れた記念日になるのだが。きっと相手が妖怪じゃなく人間の女性ならドキドキしたんだろう。
それに、琴子は超が付くほど年上だが、見た目は幼稚園児か小学校低学年くらいである。どちらかというと親戚の子どもが来た感覚に近い気がする。
「にゃはっ! これが今時の子どもの部屋かにゃ」
そんな失礼なことを考えていると、逆に琴子から子ども扱いされてしまう。
長寿の彼女からしたら高校生も子どもなんだろうけど。でも十六歳って大昔なら成人年齢じゃなかったっけ?
「人間の子どもの部屋なんて随分久しぶりなのにゃ。エロ本は何処だにゃ?」
「うぉい⁉ 久しぶりってわりに、お約束が分かってらっしゃる!」
「にゃははっ、冗談だにゃ。今時の子どもはスマホに入れてるらしいから、ベッドの下にゃんて探しても無駄だって知ってるしにゃ」
「随分と詳しいなあ。それも学校で聞き知ったの?」
「なんかコソコソ話してる男の子たちがいて、盗み聞きしたのにゃ。というか否定しにゃいってことは、やっぱりミケは……」
「ノーコメントで」
雑誌派とか色々いると思うけど、そんなことを猫又に説明してもね。
ちなみに僕のスマホにその手の画像は存在しない。妹がスマホを持ってなかった頃に貸していた名残で、教育に悪いものは入れないよう徹底しているのだ。なにせ今でもロックを外せてしま……って、僕はさっきから誰に言い訳しているんだ?
こんな話は広げる必要ないし、もっと他に考えるべきことがあるはず。
「そ、そんなことより、家族が帰って来たら念話を使うから。お願いね」
「おうにゃ。尻尾はゾワゾワするから掴んじゃ駄目にゃよ?」
「いや、そんなとこ触らないよ。普通に腕とか足とかでいいから」
「もし家族のいる前でウチに話しかけたい時は、ウインクするのにゃ。そしたらウチがミケの体に触るのにゃ」
「うん、分かっ……いや待って、瞬き三回を合図にしよう。家族の前で急にウインクしたら変だよ。見られたら「何やってるんだ?」って思われちゃう」
「それもそうにゃね。じゃあそれでいいにゃ」
そうして打ち合わせをしていると、誰かが玄関を開ける音がした。
この時間帯なら間違いなく妹の癸姫である。
「ただいまー。お兄ちゃん、帰ってる?」
「おかえりー。ここにいるよ」
予想通り妹だった。実は空間認識の機能で事前に分かるんだけどね。
癸姫は僕の部屋の前でただいまと言うと、自室に戻っていく。もう少しで母さんが帰って来るし、夕御飯の少し前には父さんも来るだろう。
いくら僕の見える世界が変わっても、家族がいつも通りだとホッとするな。
(今のが妹にゃ? 幼い声だニャ)
(うん、妹の癸姫。小学生だから確かに幼いね)
(昔は寺子屋も稀だったのに、今や全員が学校に通えるとは贅沢だにゃ)
(寺子屋って何時の話? そりゃ昔は学校の無い時代もあっただろうけど)
そうして僕と琴子の念話は夕食時まで続く。
最初のうちは話の内容より、僕と琴子が体の何処を接触させるかに悩んだ。
手を繋ぐと身振り手振りの際にうっかり放してしまいがちだし、足はくすぐったい上に動きにくいので止めた。肩車だと、互いの顔が見え辛いのが難点で。
試行錯誤の末、琴子の尻尾が僕の体に触れる形が最もしっくりきた。僕に掴まれるのは駄目でも琴子の方から触れるのは問題無いらしい。
実は猫又の尻尾はかなり変化させられるようで、本数を変えたり長さや太さも自在に操れるのだという。だから、伸ばせば部屋の中なら何処でも余裕で届き、部屋の端と端にいても問題無く会話を続けられた。
強いて問題点を挙げるとすれば、尻尾を巻きつけられた場所によっては僕がくすぐったいことだろうか。首や顔は止めてほしい。
(琴子、そろそろ晩御飯だから行くね。琴子はどうする?)
(今日のところは部屋で待ってるにゃ。気にせずゆっくり食べて来るのにゃ)
(なら、スマホを置いていくよ。Wi-Fiがあるから好きなだけ使っていいけど、変なサイトやSNSには繋がないでね。使い方は分かる?)
(ありがとうなのにゃ。使い方は知ってるから、心配要らないにゃ)
琴子を部屋に残し、僕は階下のリビングへと向かう。
それにしてもWi-FiやSNSって単語を出したのに普通に会話が成り立ったことに驚く。スマホの知識も充実してるとか、どれだけ暇で盗み見・聞きしたんだ。
あと、スマホにエッチな画像とか保管していなくて正解だったと思う。癸姫はもちろんだが、琴子が触るなら今後も気を付けよう。
ちなみにこのスマホ、アイミスが上位互換の機能を使えるので最近それほど活用していない。けど普通のふりを兼ねて触るようにはしているし、なんならこれからは僕の代わりに琴子に使ってもらえば一石二鳥か。
そう思ったところで、ふとアイミスに心の声を送った。
(ねえ、アイミス? もしかして僕のスマホって監視したりできる?)
〖はい。どういったサイトに繋いでいるか、どのアプリケーションを使用しているかなどリアルタイムで監視可能です〗
(なら、琴子が変なところに繋いだりしないか見守っててもらえる? もし知らずに悪質サイトとかに行きそうだったら阻止してほしいんだけど)
〖お安い御用です。あちらが年上なのに、まるで父親のような配慮ですね〗
(そうかな。僕はただ、琴子に楽しく過ごしてほしいだけだよ)
アイミスと会話を続けながら、いつも通りに両親や妹と一家団欒の時を過ごす。
琴子のことが心配だったが、アイミスが見ていてくれるなら安心だ。そう思って食後に入浴を済ませてから部屋に戻ると、想定外のことが起きていた。
(おかえりなのにゃ。読みたい漫画が見つかったから、そこのサービスに無料登録だけさせてもらったのにゃ。あと関連ポイントとクーポンがもらえるキャンペーンがあったから、取れるだけ取っておいたにゃ)
(……それは、わざわざありがとう。でも僕、クーポンなんて使わないよ?)
(これアプリとかネットショッピングでも使えるから使った方がお得にゃ。ポイントはリアルの買い物でも使えるやつにゃし、損は無いにゃ)
(……分かったよ。ありがとう)
(こちらこそありがとうにゃ。とっても楽しい時間だったにゃ)
なんだか僕より使いこなしていて、ちょっと負けた気分になったのは内緒だ。
それにしても、初めて触るものだと勝手に思い込んでいたが、この感じはかなり触ったことがあるな。教室で誰かが出したままのとか触ってたでしょ、絶対。
〖全く問題無く扱っていました。危険なサイトへのアクセスはゼロです〗
(……うん。今のでなんとなく分かるよ。使いこなしてたみたいだね)
〖無料登録は簡単に解除できます。ポイントやクーポンは説明の通り使用可能なので、むしろミケにとってプラスとなる結果かと〗
(……心配するだけ無駄だったみたいだね)
僕が団欒している間、彼女もとても充実した時間を過ごしていたようで。
心配して損したなと思う反面、彼女の熟達ぶりに安堵するのであった。