q20「念話とは」
家に帰るまでの道中で、琴子から色々な話を聞いた。
彼女がこの辺を根城にして百年近く経つこと、好物がツナ缶の油であること。
琴音という義妹の猫又がいること、現在の居場所は分からないこと。どうやら妖怪の姉妹は必ずしも一緒に暮らすわけではないみたいだ。
ちなみに一番近くの猫又は隣町の隣町にいるという。
さらに、琴子は他の妖怪についても教えてくれた。
人間と会話できる妖怪ともなるとそう多くはないらしく。この近辺だと湖に河童、古い屋敷に座敷童子がいて、あとは一か所に定住しない妖怪や徘徊型のが山々や市街地などに時折出没するのだとか。
湖の場所は神社のある山の隣の山だし、古い屋敷と言われて思い当たるのは学校の南にある住宅地を抜けた先。どちらも滅多に近寄る場所ではないから、遭遇することは無いだろう。
「義妹の琴音さんって子は、親が違うの?」
「琴音も呼び捨てでいいにゃ。あと、子ってのも違和感があるにゃ」
「あ、ごめん」
「それからウチらに人間みたいな親はいないにゃ。琴音とは姉妹じゃにゃいけど、名前をくれた人間がウチと琴音にセットでくれたから義理の姉妹なのにゃ」
「へえ」
「琴音の名前は鬼闇楳玉琴猫姫にゃ」
そう教えてくれるが、耳で聞いてもさっぱり分からない。
彼女たちの新しい呼び名をくれた人も、呼びにくくてしょうがないからそうしたんじゃないかな。
「でもさ、琴子の「子」の字は何処から来たの? 琴音の「音」の字も」
「フィーリングにゃ」
「……琴子って長生きのわりに最近の言葉を使うよね」
「見える人間がいないと暇だからにゃ。学校で子どもたちの会話を聞いてるうちに自然とそうなったのにゃ。特に最近はケータイとかスマホってやつを覗き見して色々と知ることができるにゃから、知識もセンスもアップデートされてるのにゃ」
そう言って琴子が指でハートマークを作ってみせる。
少なくとも昭和や平成じゃないのは伝わった。けど琴子って写真に写るの?
「そういえば、ミケには家族いるのにゃ?」
「僕? うん、父さんと母さんと妹がいるよ」
「ミケも妹がいるのにゃね。お揃いだにゃ」
「そうだね……って、そういえばマズいかも」
「にゃ?」
通学路も半分以上を過ぎ、少しずつ神社の鳥居が見えてきた。
つまり自宅まであと少し。そんなところまで来て漸く問題点に気付く。
「……付いて来るのはいいんだけど、家の中で会話してたら怪しまれちゃうよね」
「にゃっ⁉ 言われてみれば確かに……そうかもにゃ」
「小声で話す? でも隣の部屋にいる妹には聞こえちゃいそうだし、困ったな」
「朝まで無言は嫌だにゃ。筆談って手もあるけど、やっぱりお喋りしたいにゃあ」
筆談も駄目となると、愈々アイミスに頼る以外に無さそうだ。
何か打開策はないかと、心の声でアイミスに助けを求めてみる。
(アイミス、何かいい方法はない?)
〖妖族とであれば、本体または擬態の一部が接触していれば「念話」が使えます〗
(念話?)
〖意思疎通/万能の機能の一端で、心の声で会話が可能になります。非接触では使用できませんが、指一本でも触れていればOKなので使い勝手はいいかと〗
(それはいいね。分かった、やってみる)
小動物や虫、付喪神などはさておき、会話可能な相手なら「意思疎通/万能」はかなりの応用が利くようだ。
アイミスの説明に従い、僕は猫又を抱き上げて心の声で話しかけてみた。
「にゃん?」
(琴子、聞こえる?)
「なんにゃ⁉ 耳じゃにゃいところで声が聞こえるにゃ!」
(これ、心の声だよ。念話っていうらしいね)
すると即座に理解したのか、琴子は同じように心の声で話し始める。
教室での気遣いといい、彼女は相当順応性が高いみたいだ。
(にゃるほどにゃ。天狗とか山精とかが使うって聞いたことあるのにゃ)
(いや、琴子は普通に喋っていいんだよ?)
(折角だからウチもやってみたいのにゃ。それにしてもミケって何者にゃ? 念話なんて人間が扱えるものじゃないはずにゃのに……)
(えっと、それは……)
鋭いツッコミに、どう説明していいか悩む。本当のことを言ったとして、彼女に信じてもらえるだろうか。
そうやって悩んでいると、琴子が僕の顔にポンと触れた。
(言えないのなら別にいいにゃ)
(え? いいの?)
(誰だって秘密はあるにゃ。ミケの秘密を暴いて困らせるより、秘密のまま仲良くなった方が楽しく話せそうだしにゃ)
(……ありがとう。もし話せる機会があったら話すけど、これからも細かいことは気にしないでいてくれると助かるよ)
(了解だにゃ。それじゃあコレで朝まで話し放題にゃ!)
どこぞのスマホプランを彷彿とさせる言い方だ。
なにはともあれ、入浴中やトイレ以外の時間なら彼女の願う通り、朝まででも付き合うとしようか。満足させられるといいなァ。
琴子を地面に降ろすと、僕は彼女との時間を楽しみに帰宅するのであった。