q19「琴子とは」
※次話(4月10日投稿予定)以降、毎日投稿ではなくなります。
今後も、どうぞよろしくお願いします。
「やっぱり見えていたんだにゃ」
「……まあ、一応ね」
その日の放課後、これまで独りぼっちだった帰り道を初めて二人で歩く。
もう一人はもちろん、件の猫又その人……もとい、その妖怪である。
「授業が終わるまで静かに待っていてくれたのは助かったよ」
「にゃははっ♪ ウチはお利口さんだからにゃ。見えると分かった以上、お前さんの都合に合わせてやるのも吝かではないのにゃ」
それは本当にありがたかった。見えると分かった上で悪戯され続けていたら、流石に動じないままは厳しかったから。それに机の上を荒らされても厄介だ。
「それにしても、学校から離れてよかったの?」
「別にあそこに住んでたわけじゃないのにゃ。ただ人が多く集まってて、見える人間が探しやすそうだったから居ただけにゃ」
「それなら駅とか町中の方が多いけど、どうして学校にしたの?」
「大人は忙しく歩いているから探しにくいのにゃ。それに街中は車が危ないのと、他のやつらが縄張り持ってて面倒だからにゃ。学校ってところは子どもが多くて危険も無くて、ウチにとっては天国だったにゃ」
なるほど、物に触れられるということは車に轢かれる可能性もあるわけで。
そして動物同様、妖怪同士でも縄張り争いがあるらしい。何処も大変だね。
そんなふうに話をしながら、猫又と僕は横並びで歩いていた。
今の気分は妹を送り迎えする兄のような、あるいは新しい友達と一緒に歩いているような、不思議な感覚だ。
「それで、これから何処に行くの?」
「お前さんは何処に行くのにゃ?」
「僕? 僕は家に帰るんだけど……」
「ならウチも付いてくにゃ。見える人間は久々だから気が済むまで話したいにゃ」
「……ですよね。そう来ると思ってた」
授業中は教室の後ろで静かにしていてくれた猫又だったが、放課後になるや否や興奮した犬みたいに僕の周りをぐるぐる走り始める。そして僕にしか聞こえていないとはいえ、大声で怒涛の質問ラッシュを開始した。
教室で話すわけにいかないからと僕が無言で手招きしたら、察して後を付いて来てくれたのは助かった。けれど校門を出た辺りで少し話したら解散するつもりだったのに、歩きながら話そうと言われるとは思わなかったな。
そうして今に至るわけだが、授業の邪魔をしないでくれた分は恩返しのつもりで付き合うとするか。気が済んだら帰ってくれるといいんだけど。
「お前さん、名は何と申すのにゃ?」
「君、たまに武士みたいだよね。えっと……僕は柳谷光明。友達からはコウメイとかミケって呼ばれてるよ」
「なら、ウチもミケって呼んでいいかにゃ?」
「いいよ。よろしくね。それで、君の名前は?」
すると名前を聞かれたのが余程嬉しいのか、猫又は目を輝かせ笑みを浮かべる。
きっと見える人間がいなかったから、名前を聞かれるのも久々なのだろう。妖怪同士では自己紹介とかしないのかな?
「よくぞ聞いてくれたにゃ! ウチの名前は鬼闇櫻玉琴猫姫だにゃ」
「……なんて? いや失礼。もう一回言ってもらえる?」
「きあん、おうぎょくのこと、ねこひめ……なのにゃ」
「す、凄い名前だね。中国生まれとか、なの?」
「日本生まれ、日本育ちだにゃ。この名前は昔、人間が戯れで付けてくれたやつなのにゃ。でも呼びにくいから「琴子」でいいにゃ」
「琴子?」
厨二病っぽい仰々しい名前に驚くが、縮められた「琴子」という名前もツッコミどころ満載だ。相手の名前にとやかく言うのはアレだが。
「ウチの名前は凄く昔に付けてもらったのにゃ。けど大正って時代に、ウチを見ることのできる人間が「その名前は時代に合ってない」って新しく呼び名をくれたのにゃ。だからミケもそう呼ぶといいのにゃ」
「う、うん。分かった。よろしく、琴子……ちゃん?」
「呼び捨てでいいのにゃ。こう見えて、ミケのお祖母さんのお祖母さんのお祖母さんの……とにかくミケのご先祖より長く生きてるから、ちゃん付けは変にゃ」
「じゃあ、琴子さん?」
「さん付けされると老けたみたいで、なんか嫌だにゃ。呼び捨てにするにゃ」
「……分かった、琴子」
「おう、にゃ♪」
なんだか難しいお年頃なのかな。それより彼女、いつから生きているんだろう。
あと名前に鬼とか闇とか入って物騒なのが気になる。厨二病っぽくも思えるし、誰にどういう経緯で付けられたか知りたいところだ。
けど、今は先に聞いておきたいことがある。名前や年齢は次の機会にしよう。
「それで琴子? 一つ聞いておきたいんだけど、僕に付いて来てどうするの? 生き血とか魂とか吸い取って殺すわけじゃないよね?」
自己紹介のあとに自分を殺すのかと尋ねるのも変な話だが、球体になって死なないと分かっているせいか、緊張感が欠如しているようだ。
すると、その質問に対し猫又は首を傾げて答える。
「にゃ? さっきも言ったにゃ。いっぱい話したいからにゃ」
「……話したあとは?」
「にゃにゃ? 寝て、起きて、また話すのにゃ。もちろん授業は邪魔しないから安心するのにゃ」
「……え? それだけ?」
「それだけにゃ。というか生き血とか魂を吸うって、何の話にゃ? ウチ、そんな不気味なことしないにゃよ?」
てっきり憑りつかれるかと思ったが、僕の思い込みだったようだ。
妖怪だから憑りついて殺すくらいはあるかと思ったんだけど。
〖誤解があるようですが、妖族は以前に説明したとおり地球人類などに認識されることが目的です。なのでミケに付いて来たのも自分を認識してもらい、会話したいというシンプルな理由でしょう〗
(それじゃあ、呪い殺すとか憑りついて殺すとかは無いんだね)
〖地球人類が創作した妖怪の伝承にそういうものがあるようですが、実際の妖族にそんな力はありません。推測するに、妖族が見えたことで一方的に恐怖心を抱き、精神的に衰弱したケースがあったのでしょう。それが妖族の呪いと誤解されて伝わった可能性があります〗
(そうなんだ。よかったァ)
ホッと胸を撫で下ろし、勝手なイメージで怖がっていたことを反省する。
そもそもサッカーボールにじゃれて遊ぶ無邪気さや、授業を終えるまで静かに待っていてくれる気遣いを併せ持つ子だ。端から怖がる必要なかったか。
「ごめん、琴子。僕、勝手な思い込みで君を怖がってたよ」
「にゃははっ、見える人間が悲鳴をあげたり逃げ出すのなんて慣れっこにゃ。気にするなにゃ」
「そうなの?」
「今までウチを見て悲鳴をあげなかった人間は、最初に名前をくれたやつと琴子って呼び名をくれたやつ、それとミケだけにゃ。見える人間は大抵は怯えて話もできにゃいから、こうして普通に話せたのはミケで三人目だにゃ。嬉しいにゃ」
その話で少し琴子に同情してしまう。彼女の気持ちを考えれば、いざ見える人を発見しても高確率で怯えて逃げらるとは、相当寂しい思いをしたのだろう。
彼女はただ話しがしたいだけなのに、悲鳴をあげて化け物扱いするなんて。まあ僕も最初は無視してたし、逃げ出したかったわけだが。
「うう……そうだったんだね。分かったよ、僕が今までの分も話し相手になってあげる。もう寂しくないからね」
「人間と違って寂しいとかはあんまり無いんにゃけど……ミケはいいやつだにゃ。見える人間がミケで、いいやつでよかったのにゃ」
「僕は別に、いいやつなんかじゃないよ」
「でも、ボールの前に飛び出したにゃ。あれはウチを守るためにゃ? それに机から落ちそうになった時も、見えるとバレてしまうのに助けてくれたにゃ」
「うっ……」
「それに今もにゃ。ずっとウチの歩幅に合わせて歩いてくれているのにゃ。ミケは、すっごくいいやつだと思うのにゃ」
そう言って、琴子はわざとらしく大股で歩いてみせる。
確かに歩幅は合わせてたけど、それは妹と歩くうちに身に付いた癖が出ただけなんだが。それにしても、よく見てるなァ。
こうして琴子という猫又に纏わり付かれることになってしまったが。
どうやら悪い妖怪ではないようだし、むしろ褒められていい気分なくらいで。
単純な僕は、そうして照れつつ、新たな非日常を受け入れるのであった。
琴子の正式名称は創作です。昔の名付けのルールや実在の人物とは関係ありません。
今後もたまに厨二病っぽい名前が出ますが、気にせずスルーしてください。