q16「非日常とは」
第二章のスタートです。どうぞよろしくお願いします。
アイミスが僕の適合率を上げ、新たな機能を解放したその瞬間から。
僕の目には、これまで見えなかったものが見えるようになっていた。
「おばけ……ではないんだよね?」
〖はい。一般的な地球人類には知覚できなかった領域が、見えるようになっただけです。現在見えているのはそういった領域の生物たちです〗
「生物……」
「宇宙での分類もありますが、地球上だとそれらは魑魅魍魎と呼ばれます」
「……おばけ?」
「お化けではありません。有り体に言うならば「妖」または「妖怪」と呼ばれる類いのものたちですね」
怯えと混乱でアイミスの説明が頭に入って来ない。
つまり僕は、妖怪が見える機能を獲得したってことなのかな?
「とりあえず、機能を一旦オフにしてくれる?」
〖不可能です〗
「えっ? なんで⁉」
〖今回獲得した「空間認識/視覚的異層」は常時発動機能なので基本的にオンオフはできません〗
「で、でも、ラスターさんはオフにできたよ?」
〖あの時は一時的、試験的な使用だったのでオンオフが可能でした。ですが現在は適合率上昇に伴う解放のため、戻すことができません〗
「じゃあ、この先、ずっと……?」
青褪めた顔をしていると、目の前をスーッと白い何かが通り過ぎた。
む、無理無理無理無理。こんなのが常時見えるとか、無理過ぎるわ。
「えっと、宇宙のユニバースな神秘的パワーの力で、そこをなんとか……」
〖慣れてください。慣れれば大丈夫です〗
「何が大丈夫なの⁉ 無理無理無理無理! 慣れないよ、こんなの!」
〖今までもそれらは存在していました。ですが実害ありませんでしたよね? だから、これからも大丈夫です〗
「みっ、見えるだけで害だよ! 驚くし、怖いでしょ⁉ 頼むからオフにして! アイミス様、一生のお願いです‼」
だがアイミスは沈黙する。
そんな馬鹿な。まさか本当にこれからずっと、こうして怯えて……?
「あ、大丈夫かも」
〖そうでしょう? だから言ったのです〗
すると、間もなく僕の心はフラットになる。
忘れていたが、球体の僕はちょっとやそっとのことでは動じないのだった。
強制的に慣れさせられた感はあるが、もうさっきみたいに怖いとは思わない。
それどころか冷静に観察する余裕すら生まれている。急変しすぎじゃないかな。
〖落ち着いたところで説明しますね。暫定的にそれら魑魅魍魎を「妖族」と呼称しますが、今見えているのはほとんど害の無いタイプです〗
「……待って? 害のあるタイプもいるってこと?」
〖見える相手に悪戯をしてくる場合がありますが、命に係わるような悪戯はしない種族なので〗
「う~ん……なら、まあいいのか?」
微妙に納得がいかないが、とりあえず説明の続きを聞くことにする。
つーかアイミス。さっき見えても実害無いとか言ってたけど、今は見えると実害あるって言わなかったか? この嘘吐きめ。
〖妖族は基本的に地球人類には見えません。ただし、ごく一部に見える人が存在します。また妖族は見える人を探して驚かすなどの悪戯を好みます。なかには自ら見える・見えないを切り替えられる妖族も存在しています〗
淡々と説明を続けるアイミスに、僕は半ば諦めて耳を傾ける。
最終的に「文句を言われてもナビゲーションシステムにはどうしようもない。嫌なら自爆します?」とか言われそうだし、実害が無いならもういいや。
〖ミケの知る一般的な動植物とは違い、食事は必要としません。ただし味覚がある個体が多いので、各々に適した嗜好品を好んで口にします。また睡眠は必ずしも必要ではありません〗
「えっと、食事しないのに生きていられるの? それに寝ないのも」
〖食事は必要ありませんが、エネルギーの吸収が必要となります。ただ必要とするのが超自然的なエネルギーであり、その存在も吸収器官やメカニズムも人類には未発見のものなので、現段階での説明は省略します。また妖族は行動原理が「自らの存在を認識してもらうこと」なので、地球人類などへの悪戯が最優先となります。それが達成されれば眠る場合もありますが、基本的には寝るより脅かす方を優先すると思ってください〗
「傍迷惑じゃない⁉ 地球人類の天敵か何かなの⁉」
〖いえ、たまたまそういう需要と供給だというだけです〗
相変わらず淡々と言っているが、要するに伝承の通りの「妖怪」ってことか。
人間を化かすだけの存在って生物としてどうなんだろう。そう思いはしたが、見えない生物って時点で普通の生物を基準に考えても仕方がないか。
「つまり、今見えている白いのとか赤いのとかも、僕を脅かしに来るってこと?」
〖白いのは、日本の伝承で付喪神と呼称される妖族の一種です。赤いのは狐火と呼称される妖族です。どちらも驚くと喜びますが、積極的に脅かしには来ません〗
「じゃあ、あっちの丸いのは? おっと、狸がいる」
〖丸いのも付喪神の一種です。その奥は豆狸という妖族ですね〗
「あの狸も妖怪なの⁉ 普通の狸と見分けがつかないんだけど⁉」
ここは田舎だから狸ぐらい珍しくないが、まさか目の前のが妖怪だったとは。
言われてみれば、野生の狸なのに人前で堂々と歩いているし、むしろ見られたがっている感じだ。それに動きもどこかコミカルな気がする。
「ねえ、アイミス。これじゃあビニール袋なのか妖怪なのか、ただの野生生物なのか妖怪なのかが判別できないよ。マークか何か付けられない?」
〖可能です。妖族の上方に矢印型のカーソルが見えるようにしておきます〗
「ゲームみたいだね。でも分かりやすくていいかな」
すると、仕事の早いアイミスは即座に実行してくれたようで。
見えていた白いのや赤いの、それに丸いのや豆狸の頭上にカーソルが出現し、それらが妖怪であることを教えてくれた。
ちなみに、ふわふわ浮かんでいた半透明のものにカーソルは無く、どうやら風で飛ばされたただのビニール袋だったみたいだ。言わんこっちゃない。
「でもこれから先、こんなのがずっと見えている生活になるのかァ。球体のおかげで怖くはなくなったけど、急に話しかけられたら流石にビックリしそう」
〖所持機能「意思疎通/万能」を使い熟すことができれば別ですが今の状態ではほとんどの妖族と上手く意思疎通ができません。目下でいえば付喪神や狐火は可視生物でいうところの昆虫や小動物に近い存在で、今見えている中で最も知能の高い豆狸も人語は操れません。なので話しかけられる心配は無いかと〗
「それって、会話できないだけで、ビックリさせられる可能性はあるんじゃ……」
〖ある程度の知能を持つ妖族であれば現状でも意思疎通/万能の効果で人語での会話が可能となります。言い忘れていましたが、英語やフランス語など外国語を話す地球人類とも普通に日本語で会話が可能です。相手が用いる言語は変わりませんが、ミケの認識上で自動翻訳される形になります〗
「今、話を逸らさなかった? まあいいけどさ……」
アイミス、段々と僕の扱いが雑になっている気がする。
察するに、ビックリさせられることはあるんだな。
そんなふうに思いながら、僕は色々なことを諦めつつ、漸くこの非常識な現実を受け入れ始めたのだった。
ここからは暫くの間、妖怪編です。




