EX-7「灰谷優愛の頽廃」
灰谷優愛という男がいる。
彼は生き物へ深い愛情を持ち、あらゆる生物へ博愛の精神でもって関わろうとする、聖人のような人物だ。ただし人間は少し嫌いらしいが。
「こんなふうにお会いできるとは嬉しいです! 運命を感じます!」
「おや、灰谷優愛様。これはこれは」
そんな彼も、恋というものをするらしく。
意中の相手に会った彼は若干気持ち悪くなってしまうが、まあ幸せそうなのでよしとしよう。うん、よしとしよう。
「それでは、ライカさん! また今度!」
「はい。是非とも、また」
そうやって二人が別れた後で、僕はライカさんに気になっていたことを聞いてみることにした。
「ライカさん、ええと……」
「灰谷様は、どうやらわたくしにホの字のようでございますね」
「自分で言っちゃう⁉ というか、気付いていたんですね」
「それはもう、分かりやすいですからね」
そりゃそうだよなと思いつつも、僕は質問の本題に入る。
これを聞いておかないと、いずれ二人は不幸になりかねないから。
「ライカさんは、人間に恋することってあるんですか?」
「無いわけではありません。好みはありますが」
「好み?」
「それは乙女の秘密でございます」
「し、失礼しました。乙女……ですものね」
「その間は失礼でございますよ」
ライカさんと乙女という言葉が結びかなかったが、彼女が乙女と言うなら乙女なのだろう、きっと。
そんなことより、どうやら灰谷様にも可能性はあるようで。
僕はホッと胸を撫で下ろした。
「ちなみに灰谷君って、どうですか?」
「ストレートな質問でございますね。ですが、残念ながら現状ではわたくしの好みを満たしておりませんので、なんとも」
「現状?」
「乙女の秘密でございます」
ライカさん、頑なだなァ。
灰谷君は僕の親友だから、どうにか成就してくれると嬉しいけれど。
「ライカさんって、人間と恋愛する時はずっとライカさんのままなんですか?」
「と、仰いますと?」
「いや、正体を明かすのかどうかって意味で。だって一つ目だし」
「できれば、ありのままのわたくしを受け止めてくださる方がいいのですが」
お、好みがちょっとだけ分かって来たぞ。
ライカさんは正体を明かしても怖がらない人がいいようだ。
だとしたら灰谷君、かなり可能性があるんじゃないだろうか。
彼、あらゆる生き物に対して博愛の精神で向き合うからね。妖怪も一応は生き物なんだから、そこを理解してもらえたなら可能性は充分にあるはずだ。
「……と、いうわけで。妖怪っていうのは、生き物の一種だと僕は思うんだよ。ねえ、三重籠さん?」
「う、うん。わたしもそう思う。妖怪も生き物だよね」
そんなわけで、僕は識那さんに協力してもらい、灰谷君に向けて妖怪講座を開くことにした。僕だけだと怪しいけど、妖怪好きコンビの僕らなら灰谷君も納得して聞いてくれるだろうから。
「うーん、まだ弱いな。妖怪の細胞膜はどうなっているんだ?」
「それは知らないけど……でも、妖怪の好物が存在するってことは、食事の摂取や消化が存在するってことでしょ?」
「そうかもしれんが、実在が確認されんことには研究がな」
「もし実在したらって話だよ。僕たちだって実在するかは知らないけど」
嘘である。実在するし、なんなら今も灰谷君の隣に座っている。
おまけに、動物だということはアイミスのお墨付きなのだ。あとは説明次第なのだが、流石に実物を見せるというわけにもいかないからなァ。
「まあ、面白かったよ。それじゃあ俺は帰るから、あとは二人でラブラブせい」
「きゃっ♪」
「三重籠さん、きゃっじゃなく。灰谷君も……」
「俺は帰るわ。カエルたちが俺の帰りを待っているからな」
「ああ……行っちゃった」
最後にオヤジギャグみたいな台詞を言い残していったけど、ペットの餌やりとかあって忙しいんだろう。無理に引き留めるわけにもいかない。
それにしても失敗だったかな。灰谷君も友人の頼みだから仕方なく付き合ったって感じだったし、これは響いていない気がする。
「ハァ。幸先不安だなァ」
「だ、大丈夫だと思うよ。きっと、たぶん……」
「三重籠さんも自身無さげだね。まあ、妖怪と人間だもん。難しいか」
「う……それだと、わたしと光明君も……?」
「な、なんで? 僕は改造人間になっちゃったってだけでベースが人間だし、それに僕は種族なんて関係無く好……」
「ニャ? つまり、ウチのことも好きなのかにゃ?」
「馬鹿猫! 空気読め!」
「お姉ちゃん、駄目ニャ!」
……うっかりイチャラブしそうになったけど、そういえば妖怪組の皆も居たんだった。琴子のおかげで思い出したよ、ありがとうねホントウニ。
さておき、僕は灰谷君が上手くいくようにと、応援することにした。
とは言っても、彼とライカさんが接触する際にだけ球体の機能で観察し、フォローや誘導をするという程度なんだけど。
――――そんなある日のこと。
遂に、僕が恐れていた事態が発生してしまう。
「いやあ、それでコーメイのやつ、妖怪が実在するって話をですね」
「それはそれは」
僕がいない時に、灰谷君が妖怪の話題を出してしまったのだ。
それだけならいいのだが、もしもライカさんの前で彼が妖怪を貶すような発言をしようものなら、大きな後退となってしまいかねない。
僕はドキドキしながら二人を見守りつつ、いざとなれば分体の僕を出現させて会話を止められるようにと身構える。
「灰谷様は、妖怪が実在すると思われますか?」
「え? うーん、どうなんでしょう。僕は正直、どっちでも。ライカさんが信じるなら、僕も信じますけど」
灰谷君が優柔不断な意見を口にしたところで、ライカさんが徐に灰谷君から顔を背けた。
そこで僕は察した。これ、人を驚かす系の妖怪が「バア!」とかやって脅かすときの構えじゃないかな、と。
「では灰谷様。もしもわたしが妖怪だったとしても――――わたくしに好意を抱いてくださいますでしょうか?」
「えっ? そ、それは、もちろん」
「……これでも、ですかぁ? バア‼」
「うギャア⁉」
ほーら、予想通りだ。やったよ、やりやがったよ。
それにしたって急すぎじゃないかな。ライカさん、自分に好意を持つ灰谷君を驚かせたくて仕方なかったのかもしれない。けど、正体がバレちゃマズいよね。
「ビ、ビックリした……もう、ライカさん。そんな仮装で驚かせるとは」
そうだ、そのまま勘違いして帰ってくれ。
そう願いつつ、僕は様子を窺っていた。さっきタイミングを逃したから、今になって僕が現れたら妖怪との関係で拗れかねない。出るに出られないよ。
「それにしても、よくできた目玉で……へっ?」
彼が一つ目に触れようとした瞬間、彼の腕は一つ目の体をすり抜けた。
これはもう、仮装では説明が付かない事態だ。万事休すか。
「……これでも、わたくしを好いてくださりますか?」
「……」
いや、大丈夫だ。博愛精神の灰谷君なら、きっと妖怪だって。
それに僕が「妖怪は生き物」と幾度も刷り込んだ成果が、ここできっと。
「……」
「灰谷様?」
「……」
「…………バアアアア‼」
「ぴギャアアアア⁉ お、おばけええええ‼」
うん、成果なんてあったもんじゃない。僕の予想を裏切って、灰谷君はこれでもかというくらいに一つ目を怖がってしまった。
これじゃあ、ライカさんも傷付いてしまい、恋愛なんて夢のまた夢だ。残念だけど、この二人の関係はここで終わりかァ。
「…………ハァァァ♪」
(……うん?)
「な、なんと甘美な怯え。素晴らしき恐怖の叫び。ああああ、わたくし、昇天してしまいそうでございますぅ♪」
(えっ?)
だが、一つ目は何故か大喜びだ。
もしかして、もしかしてなんだけど……ライカさんの好みの人間って、自分を怖がってくれる人なの? それ、なんてドS?
「灰谷様。この姿、どう思われますか?」
「ハァ、ハァ……いつもの、素敵なライカさん、です……」
「ではこれは? バアアアア‼」
「みギャアアアア! お、おばけええええ⁉」
「あっハアアア♪ わたくし、灰谷様のことが心底好きになってしまいましたぁ♪ 虜ですぅ♪ この身、来禍としての貞操も、灰谷様に捧げますぅ♪」
「い、要らないです! おばけと恋愛なんて……」
「……わたくし、ここの大きさや柔らかさには少々自信がありまして。あちらの技の方も、それなりには」
そう言って一つ目……ではなくライカさんは自分の胸部を指差してみせた。それを見て、灰谷君は一瞬ピタリと叫ぶのを止めた。
どうやら灰谷君も男の子だったみたいだ。流石に好きな相手にあそこまで言われちゃったら、正体がどうであれ反応しちゃうよね。だって男の子だもん。
「えと、でも……」
「バア!」
「ぎヤアアアア⁉」
「ああん♪ わたくし、もう絶対に貴方様を離しません♪ 大好きですぅ♪」
――――その後、灰谷君は大の怖がりだということが判明し。
しかも、何度驚かされても同じようなリアクションで怖がるものだから、ライカさんの愛は深まるばかりで。
こうして険しい道のりと思われた灰谷君とライカさんの恋愛は、無事に成就する運びとなったのであった。めでたしめでたし。
「コ、コーメイ⁉ お、落ち着いて聞いてくれ! し、信じられないかもしれないけど、実はライカさんは……」
「愛しい人? 何をなさっておられるのですかぁ?」
「ぎ、ぎゃアアアア! で、出たアアアア⁉」
「……よ、よく分からないけど、ラブラブになれたようで何よりだよ。それじゃあ、末永くお幸せにね?」
「ま、待ってくれぇ! た、助け……」
「バア?」
「ぴゃアアアア⁉」
……めでたし、めでたし。
頑張れ、灰谷君。きっと幸せになれるよ。
777チャレンジ、6/7本目です。
残り一本、ギリギリ間に合いそう!