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q152「龍とは」



「いい? 危ないと思ったら……」


「分かってるって。そもそも僕、死なないから心配要らないよ」


「そういう問題じゃないの。万が一ってことがあるから、過信せず……」


「分かったってば。癸姫ったら母さんより過保護なんだから」



 そんなふうに会話をしつつ、僕たちは噂の龍が目覚めた地点へと向かっていた。

 折角なので、僕もシン族の三人に同行させてもらうことに。流石に危ないから、妖怪組の皆は留守番だけれども。


「まったくもう。本当なら連れて行きたくないのに」

「まあ、本人が「置いて行っても、自力で辿り着けるけど」と言うからな」

「下手に関わられても余計に危ないですから、せめて目の届くところに置いておく方が安全ですからね」

「ハァ。改造人間ってのも良し悪しね」


 お説教じみたことを言われつつも、僕はシン族の力でもって猛スピードで現場へと飛んでいた。一応僕も球体で飛べるけど、こんなスピードは未だ無理だ。


「第一陣で片が付いててくれないかしら」

「そんなこと、過去に二度しかありませんでしたでしょう」

「ハハハ、諦めて頑張りましょうぞ。姫の御力ならあっという間です」


 これから大きな戦いが始まるとは思えない緩さで、三人はお喋りを続けている。これは緊張の裏返しか、それとも僕を不安にさせないため?

 そう思っていると、やがて大きな山を越えた辺りで、空が虹色に輝いているのが見えて来た。どうやらあれが龍の眠るエリアらしい。


「光明ちゃん、もうすぐだから気を引き締めてね」


「うん。あの虹色に光ってるあたりだよね」


「なんと。結界の堺まで見えているとは」

「改造人間って凄いのねぇ」


 どうやら普通の人間……どころか、妖怪にすら見えないやつだったようだ。

 これまでの適合(シンクロ)率上昇で、僕の目は思った以上に様々なものが見えるようになっていたみたい。


「さあ、行くわよ」

「光明、舌を噛むなよ」

「何かあっても私たちが守るからね」


「うん!」


 頼もしい三人に囲まれて、僕は愈々その領域へと足を踏み入れた。

 すると、そこには――――





「……嘘、でしょ……」

「あ、ありえん……」

「まさか、そんな……」





 ――――そこには、多くの異形の姿の者たちが倒れていた。

 我が家の三人以外だと初めてとなるが、恐らく彼らもシン族なのだろう。


 だが、数多のシン族たちが(ことごと)く倒れているだなんて。

 これはいったい、どういう状況なんだろう。


「くっ、想定外だわ。八上姫、白虎、光明ちゃんを連れて家に戻りなさい」

「ですが姫……」

「あなたたちを守ってやれる余裕は無さそうよ。早く!」



「……そう急がんでも、ゆっくりしていくといい」



 すると、何処からともなく重苦しい声が響いて来る。

 その声は空気を震わせ、同時に地の底から這いよるように響く。


「……十二年ぶりね、クソ龍」


「おやおや、可愛らしい顔で随分と汚い言葉であるのう。今年は土産に、人間の肉を持って来てくれたのか?」


「……おまえ、今なんつった? あたしの可愛い光明ちゃんを肉扱いしたか?」


 刹那、癸姫から信じられないほど濃密な殺気が溢れ出した。

 もしもこの場に妖怪組の皆がいたら、あまりの殺気に耐え切れず、塵となって消えてしまっていたかもしれない。


「光明。お前は私たちが守っているから安心しなさい」

「絶対に私たちの傍を離れては駄目よ」


 そう言われ、僕は両親の背後で戦いの行方を見守った。

 とは言っても、癸姫が戦うところなんて想像が付かないんだが。


「死ね、クソ龍」


「おお、怖い。お手柔らかに頼むぞ」


 鎮魂するって言ってたのに、殺したら駄目じゃない?

 そんなふうに思ったが、シリアスな空気なので黙っておこう。


 さておき、癸姫は光のベールに包まれると、それを纏ったまま龍の方へと猛スピードで突進していった。

 鋭く小さな音が聞こえるが、何処を見ても癸姫の姿は映らない。バトル漫画でしか見たこと無かったけど、こういう戦いって現実にあるんだね。


「威勢の割には大したことないわね、駄龍」


「まさか、この準備運動を本気だとでも思っているのか? 笑えるのう」


「ほざけ! 多少調子がいい年だからって、強がりも大概に……」


「強がりかどうかは、これから見せてやろう。まずは三割の力ぞ」


 あちらこちらで火花のようなものが散る中、どこからともなく二人の会話が耳に入る。どうやら今は互いに様子見らしい。


「あーら、本気の三分の一でコレなの? やっぱり、高が知れてるわね」


「おっと、失礼した。まだ一割であったわ。お姫様があまりにか弱いもので、ついつい手心を加えてしまっていたわ、許せよ」


「口だけは今年も達者ね。でも、こっちはあんたと違って暇じゃないのよ。そろそろ全力でやらせてもらうわね」


 その言葉通りなのだろう。癸姫は急停止して姿を現すと、尋常では無い気配(オーラ)を放ち始めた。時を同じくして、離れた位置に龍も姿を見せる。

 その直後、癸姫が纏っていた光のベールが一層輝くと、その周囲に無数の光の弾が出現した。それはまるで、満天の星空のようであった。


「今年は出し惜しみ無し! あたし一人で片を付けるわ‼」


 次の瞬間、癸姫は光の弾とともに再び姿を消す。

 刹那、龍がいた位置に閃光と爆音が迸った。


 父さんと母さんが「おお……」と感嘆の声を漏らし、癸姫の優勢を感じさせた。

 すると間もなく周囲を覆っていた光が薄れ、同時に癸姫が――――





「癸姫っ‼」





 ――――凄まじい勢いで、僕たちの方へと吹き飛ばされたのが見えた。


 なんとか勢いを相殺して留まったものの、癸姫はボロボロで両腕がだらんと力無く垂れ下がり、顔も血塗れだ。


「姫!」

「ああ、そんな……」


「ククク。災難よの、可愛いお姫様。今の我に相対しようとは」


「ど、どういう……こと? 何故、これほどの……力を……」


「ククク。我も予想外であったぞ。眠る中で垣間見た下界の様子から察するに、流行病からの解放、戦争への憂い、天変地異への畏れ……そういったものが新たな時代の交流手段によってより拡大し、奇しくも各地で祀られた()()へと注がれたことで、我をここまで強くしたのだろう」


 龍神だって?

 その言葉に、僕は疑問符を浮かべた。


「え、だって龍神と龍は別物なんじゃ……」


「おい、光明⁉」

「あなたは黙ってなさい!」


「ククク。よいよい、今の我は機嫌がよいからな。答えてやろう」


 そう言って、龍は急速に僕らの眼前まで接近して来る。

 その威圧感に、僕を守る両親が身を強張らせた。


「確かに龍神は我とは似て非なるものよ。だがしかし、我に注がれる力とは()に対する畏怖と崇拝の念。その()が意味するところは、最早十二支にあって十二支に非ず。人々の集合的無意識が十二支の龍(ワレ)と他の龍を同一のものと誤認した瞬間から、我の力の源は無限へと拡大せしめたのだ」


「で、でも、こんな強大な力……過去にも、例が……」


「今や、人間どもの数は過去最大。それがネットとやらで過去にない繋がりをみせれば、どうなるかなど我にすら想像が付かんさ」


 龍の口からネットと聞くと違和感があるが。確かにSNSがある今では、昔では起こり得なかったことが起こる可能性はあるのか。

 しかしながら、球体によってフラットになるとはいえ、こんな恐ろしい存在を前にして僕はよく普通にしていられるなァ。


「えっと……それだけの力なら、もっといいことにも使えるんじゃ……」


「ほほう? 我を前にして度胸のあるやつだな。気に入ったぞ」


「……それは、どうも」


「うむ、大層気に入った。だから――――」



 次の瞬間、父さんと母さんが結界の端まで吹き飛ばされてしまう。

 それと同時に、癸姫が僕の目の前へと飛び込んで来た。


「さぁ、せる、くぁああああ‼」


「無駄な足掻きを。気に入った……ゆえに、我の腹に収めてやろうぞ」


「光明ちゃん、逃げてええええ‼ 他の、シン族が、来るま――――」


「無駄、無駄、無駄」


 だが抵抗虚しく、癸姫もまた両親と同じところへ吹き飛ばされてしまう。

 そして気付けば、僕は真っ暗な場所にいた。


 ……いや、これは龍の口の中か。




「……ふむ。久々に食む人間の肉は甘美じゃのう」


「み、光明ちゃん……?」

「き、貴様……よくも……」

「ああ、こんなの……シン族が束になったところで……」


「少し黙れ。久々の人肉を味わっておる最中ゆえ、なあ?」


「……ああああああああ‼ いやあああああ‼ お兄ちゃん‼」





 ……癸姫の声が聞こえる。


 そういえば癸姫の泣き声なんて一度も聞いたことがなかったな。

 そりゃそうか、癸姫は神様なんだから。今思えば、同級生や近所の子どもに泣かされるなんてあり得ないよな。


 そんな癸姫が、泣いている。

 僕のことを呼びながら、泣いている。


 僕、癸姫の兄として、何か――――





「ククク。どれ、血肉は美味であろうか」


「もう、止めて……」

「この腐れ外道が……」


「さて、頭蓋の中身はどのような味……うむ? 随分と食べ応え……」


 そう言って咀嚼していると、龍の顔がみるみるうちに変化する。

 それは歓喜でも失望でもなく――――




「……ね、ねえ? 何か様子がおかしくありません?」

「……そういえば」


「……な、なんだこれは? 我が口にしたのは、()()()?」


「…………光明の、血の匂いが……しない?」




 ――――龍が見せたのは、困惑と失色の表情であった。




 さて、僕にできることなんて高が知れているけれど。

 よくも妹を泣かせたな。お兄ちゃん、ちょっとだけ怒っちゃうぞ?



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