q150「災厄とは」
柳谷家の秘密が明らかになって、数日。
僕たち家族は変化を受け入れ、これまでと大差ない生活を送っていた。
もしも僕が普通の高校生だったとしたら、家族が神様だったとか生みの親が死んだとか、色々と受け止めきれずに反抗期全開で家出でもしていたかもしれない。その辺は球体さまさまという感じなのかな。
というか、普通なら受け止められるもんじゃない。
けれど、今の僕は何の違和感も無く家族の秘密を受け止められている。僕は愈々、人間を辞めてしまったのだろうか。
〖ミケが単純なだけかと〗
「僕の思考を読まないでくれるかな? 誰が単純馬鹿だって?」
まあ、単純なのは否定しない。
だがしかし、僕がすんなり受け入れることができたのも、恐らくは両親と妹の愛情が本物だったからなのだと思う。
過ごしてきた時間も、そこで感じた愛情も、間違いなく本物だったのだ。
もしも僕がただの人間なら「神様に洗脳されてる?」と疑ったかもしれないが、今の僕なら洗脳なんてあればアイミスが察知してくれるからね。
〖そんなに信頼されると……照れちゃいますね〗
「だから、ナチュラルに僕の思考を読まないで。プライバシー侵害よ?」
……どうやら単純な僕の思考を読むなんて、アイミスにとっては朝飯前らしい。
それはさておき、家族が神様だと分かってから多少の変化もあった。
「そういえば父さんと母さんって、本当に仕事してるの?」
「どうした、急に。父さん別にリストラされて公園で時間潰してたりせんぞ」
「虓甲さんはともかく、母さんは本当に働いてるわよ?」
「母さんや⁉」
「いやね、神様なら働く必要も無いのかなって思って」
「なるほど。だが、そこはズルせず人間社会で真っ当に働いて稼いでいるぞ。光明の見本になれるようにな」
「シン族の力は使ってないのよ。だから父さん、神なのに万年平社員でうだつが上がらなくて困っちゃうわ」
「母さんや⁉ 正体バレてから辛辣じゃないかな⁉」
シン族の力がどれほどか分からないが、両親は人間のルールに従って暮らしているらしい。そんな感じで正体を知ってからというもの、僕は三人に色々な疑問をぶつけるようになったのだ。
さて、両親はいいとして、問題は妹の癸姫だ。
二人がせっせと働いているのに、最も位が高いはずの癸姫は何故に小学生の身に甘んじているのだろうか。
「お兄ちゃんの疑問が手に取るように分かるわ」
「流石、優秀な妹だね。兄の考えを読むだなんて」
「だって表情に現れてるもん。なんでコイツ上位の神のくせに小学生のフリして遊び惚けているんだ、ってね」
「そこまでは思ってないけど……」
「一応言い訳しておくと、あたしにも役目ってのがあんのよ」
「役目?」
結構本気で「コイツ遊びたいだけなんじゃ」と思ったのは言わんとこ。
さておき、両親にも確認したところ、本当に癸姫は癸姫で重要な役目を担っており、それを為すため自由に動ける小学生という立場にいるのだとか。
「もちろん、父さんと母さんも尽力しているのだがな」
「姫に比べたら、私たちのできることは雀の涙ほどなのよ」
「そうなの? というか、その役目って?」
「鎮魂よ。主に概念種のね」
「鎮魂? 概念種?」
なんだか小難しそうな内容に、僕はただただ首を傾げるばかりだ。
概念種っていうのは前に聞いた気がするけど、鎮魂って何だろう。
「うーん、今年もそろそろ大きいのが来ると思うのよね」
「全く分からないから、ちょっと説明してもらえない?」
「少し長くなるわよ。ついて来れる?」
「球体の機能があれば、きっと大丈夫」
「そこは、自分の頭で頑張るくらい、言いなさいよ……」
――――で、聞いた話をアイミスのサポートを受けて纏めると。
〖情けないですね〗
ともかく、纏めると、こうだ。
僕が前に遭遇した危険な妖怪たち。それらの対処は本来、地域を統括している大妖や神妖なんかがシン族の命を受けて行っているらしい。
だが、極稀に妖怪たちでは対処できないような強力な存在が、この一帯に害をなす場合があるのだとか。
「それが、滅多にないけど邪悪な大妖や神妖ね」
「そんなのがいるの?」
「数百年に一体くらいかしら。それはまあ、あっさり片付くんだけど」
「なーんだ、それなら心配要らないね」
「問題は、概念種ってやつでね」
「さっきから言ってるけど、それ何?」
話を聞くと、概念種とはその名の通りで。
人々が作り上げた概念が形を持ち、生命体として活動するようになったものこそが概念種なのだとか。
概念と聞くと、空とか花とか家とか物凄く沢山思い浮かぶのだけれど。
シン族曰く、それらは既に安定しているから問題が無いらしい。
「問題なのは、人々が一時的に強く意識する存在なのよ」
「どういうこと?」
「たとえばゲームが流行るじゃない。そうすると多くの人が、そのゲームの同一の存在を、共通の概念として日々思い浮かべるようになるのよ」
「たとえばスライムとか?」
「そう、たとえばスライムとか。概念種っていうのは、それが実体化したものね」
「スライムが現実にいるの⁉」
「いるわよ。探せば何処かにね」
現実でRPGの大冒険ができるのかと一瞬ワクワクしたけれど、どうやら概念種というのは多くのイメージに対して一個体しか存在しないらしく。ゲームみたいに道を歩いたら次々とスライムに遭遇する、なんてことは無いみたい。残念。
「ちなみに、普通の人間に概念種は見えないわよ」
「だろうね。スライムとかゴブリンとかが発見されたら大騒ぎだもん」
「そんなわけで、概念種ってのは人々の流行り廃りの影響を受けるの。さらに、流行の度合いで持ってる力も変わるわ」
「へえ。だとしたらウル〇ラマンみたいな巨大なのは大変そうだね」
僕がそんなことを呟くと、癸姫は青褪めた表情を浮かべた。
「あれはまだマシだったわ」
「いるの⁉ ウルト〇マン」
「いるわよ。ウ〇トラマンも仮面ラ〇ダーもゴレ〇ジャーも、スーパ〇マンもスパイ〇ーマンも。でもね、そういう正義の味方の概念種は、行動も正義の味方っぽくなるから手がかからないの」
「え? じゃあ……」
「そう。問題なのは、悪の怪人とかヴィランとかの概念種ね。ひと昔前に強い悪役が活躍する作品とかが流行った頃は、軽く地獄だったわ」
そう言って、癸姫はうんざりした顔で遠くを見つめる。
よく分からないけど、鎮魂とやらのために色々頑張ったんだろうな。
「前にシン〇ジラとかいうのが流行った時は、流石に諦めかけたわね」
「諦めないで⁉ 確かに絶望的な火力だけども!」
「冗談よ。まあ、あれは最後に人類が勝つ作品だったし、概念種もその影響を受けて鎮まってくれたから案外楽だったわ」
「そうなんだ」
「……でもね、そんなヴィランとか凶悪怪獣も、まだマシな方なのよ」
「へ?」
「そういうのって、本当に一時的なブームで終わるでしょう」
僕が首を傾げると、癸姫をはじめ父さんと母さんまでもが溜め息を吐いた。
一時的なブームじゃない概念種でもいるのだろうか。
「なんだと思う?」
「えっと……時代を越えて愛されるものとか?」
「まあ、ある意味でね。物凄く身近なところにあるじゃない」
「えっと、ウルトラ〇ンとかゴジ〇より強力ってことだよね? うーん……ノストラダムスの大予言とか?」
「ああ、あれも大変だったわ。あの時は地球のピンチにシン族が一丸となって……じゃなくて! あれこそ一時的だったでしょ! そうじゃなくて――――干支よ、干支! 十二支!」
癸姫にそう言われ、僕はポンと手を叩いた。
なるほど、確かに古来から信じられてきた共通の存在ではあるね。
「ああ! 確かに……って、鼠とか犬とかなら大変じゃなくない?」
「その辺はどうとでもなるわ。あと人々の意識も、愛らしい動物とか小さくて弱いとかだからね。けど、その中でも厄介なのが二体いるでしょ?」
「厄介……もしかして、虎と龍かな?」
その名前が挙がると、シン族の三人はより一層ゲンナリとした。
どうやら正解みたい。けれど、シ〇ゴジラに比べたら楽そうだけど?
「……来るのよ」
「え?」
「十二年に一度の厄災が、今年、来るの」
「は?」
癸姫の言葉に、僕は慌ててカレンダーを見た。
すると、そこには今年の干支がしっかりと描かれていた。
“辰年”
どうやら僕、よりにもよって。
一番大変なタイミングで、色々と見えるようになっちゃったみたいだ。