q149「凸凹家族とは」
「そういえば、癸姫が言ってた第二フェイズって?」
「わ、忘れなさいよぉ⁉ なんで思い出すかなぁ、ううう……」
柳谷家カミングアウト大会が終わり、ひと息吐いた頃。
僕は何気なしに、癸姫にそんな質問をしてみた。
「……ほら、あたしたちって不老不死なわけでしょ?」
「ああ、うん。そうだね。神様だもんね」
「だから、何処かのタイミングで選択しなきゃならないのよ。徐々に年を取ったように外見を変えて、最後まで家族を続けるか。それとも関係者全員の記憶を操作して、丸ごと消え去るか。それが第二フェイズってわけ」
「えっ?」
仰天する僕に対して、癸姫は事情を説明してくれた。
彼女曰く、本当なら僕の記憶を消した後で妖怪が見える力を封印し、改めて家族として再構築する予定だったのだとか。
「光明ちゃん……じゃなくてお兄ちゃんは普通の人間だと思ってたからね。その力さえ無くなれば、また元通りだと思ってさ。本来の第二フェイズとは違うけど、そこから先は老化を再現して、最後までって……」
「妖怪が見えないようにって……そんな酷いこと考えてたの?」
「だ、だって、知らなかったんだもん……」
「まあ、仕方ないか。でも、そんな最悪な結末にならなくてよかったよ」
「うう、ごめんなさい。き、嫌いにならないでぇ」
そう言って不安そうにする癸姫に、僕はフフッと微笑んだ。
「嫌いになんてならないよ。これからもずっと大好きだよ」
「ふえぇっ⁉」
まるで識那さんのような声をあげて照れた癸姫は、顔を真っ赤に染めた。
「……ふ、ふーん。ち、ちなみにだけど、正体がバレたわけだから、血の繋がりが無いのもバレたし? な、な、なんなら、あ、あたしとお兄ちゃんで、け、け、結婚してあげ……」
「血の繋がりが無いなんて寂しいこと言うなよ。僕と癸姫は血なんて比べ物にならないくらい強固な関係だろう? シン族と改造人間、普通の兄妹よりずっと長い付き合いになるんだし、これからも兄と妹としてずっと仲良くやっていこうな!」
「う、う、嬉しいけど、そうじゃなぁぁぁぁい‼」
そんな新たな賑やかさが生まれたものの、我が家は相変わらずの様相で。
「光明、改造人間だからってテストでズルしたら駄目だぞ?」
「そうよ。人より優れているなら、その分、人を助けるのよ?」
「分かってるって。父さんも母さんも心配しすぎ」
「お兄ちゃんってば、能力悪用してハーレムとか考えてるんでしょう? きっと三重籠さんだって洗脳とかしたんじゃないのぉ?」
「誰がするか、そんなこと。僕は正々堂々と告白したんだからな」
「本当かなぁ? 信じられないから、あたしにも告白してみてよ? ほら、乙姫様ァ、ちゅきちゅきだいちゅきでちゅ~って」
「なんでだよ⁉ しないよ⁉」
そんな賑やかな我が家だが、以前とは大きく変わった点もあった。
それはもちろん――――
「父君、ご飯を盛ったにゃ。一緒にツナ缶つけるかにゃ?」
「たわけ。おのれがお零れに与りたいだけじゃろうが」
「まったく、やれやれだポン」
「お姉ちゃん、不敬が過ぎますニャ。でも怖いもの知らずなとこも素敵ニャ」
「姉馬鹿、健在なの。シン族の皆も呆れてるの」
――――と、このように妖怪組が堂々と振舞えることだ。
人魚のイリエだけは、相変わらず僕の部屋で溶けているけどね。
ちなみに余談だが、人魚と乙姫はどちらも海の存在だが、どうやら互いのことは知らなかったようで。人魚の知る海神様は癸姫とは別らしい。
まあ、高校だって一年生が三年生を全員知ってるわけじゃないし、逆もまた然り。それと同じで既知の間柄でなくとも納得だ。
あと、以前に大妖の二人が我が家に来た時に青褪めていた件だが。
どうやら父さんが正体を明かして釘を刺したかららしく、校長やぬーさんは真実を知っているのだとか。何かあったら二人を頼ってよさそうだね。
「ああああ、今日も恐ろしいのねん」
「でも、案外居心地は悪くないんだな」
「いっそ開き直れば、世界一安全安心な家かもしれないでっさー」
秘密を共有した面々は、今日もそれぞれに暮らしている。
この先どうなるかなんて分からないけど、暫くは平和が続きそうである。
「……そういえば今さらだけど、僕の言動って神様に対して不敬じゃない? いえ、不敬ではなかったでしょうか」
「ちょ⁉ ほ、本当にそういうの止めて!」
「父さん、泣いちゃうから」
「他人行儀よ。本当に今さらだわ」
「ご、ごめんなさい」
僕の台詞に三人ともが本気で泣き出しそうな顔をしたので、僕は慌てて態度を改める。どうやら不敬どころか、むしろ快く思っていたらしい。
敬語とか態度もだが、名前も乙姫様や八上姫様とは呼んでほしくないみたいで、あくまで今の名前がいいのだとか。
「そういえば聞きそびれてたけど、癸姫が海の第三位とか言ってたよね? 神様って順位付けがあるの?」
「序列三位ね。ビーチバレー大会じゃないんだから」
「一応、形式的にあるぞ。昔ほど厳しくはないがな。この中で言ったら姫が最も高い序列で、次が母さん。最後が父さんだな」
「それなら、我が家の序列そのままだね」
「息子よ⁉ 辛辣じゃないかな⁉」
冗談はさておき、シン族には癸姫……もとい乙姫のいる海の世界や、母さんこと八上姫のいる日本の神々、中国やヨーロッパ、北極、空の世界や地下世界、冥府や天界などなど……様々な住み分けがあるのだという。
様々ありすぎるので序列は今や形だけになっているらしいが、それでも癸姫のように一桁の序列の者や名の知れた者は敬われる傾向にあり、父さんと母さんが癸姫に敬意を示していたのもそういう理由だったみたいだ。
「じゃあ、癸姫の父親が大海神様? 僕にしてみたら、おじいちゃんなのかな」
「馬鹿! シッ!」
癸姫にそう言われ、慌てて口を閉じる。
もしかして大海神様は厳しい方で、そんな不敬なことを言ったら怒って……?
……と思いきや、大海神様はそれはそれは子煩悩な神様らしく。
もしも今のを聞かれていたら、海の守護を放り出して僕のところへ飛んで来る可能性があるからだと説明された。神様っていったい……?
「一応言っておくけど、シン族に結婚制度なんて無いわよ」
「急にどうしたの、母さん?」
「ほら、神話だと八上姫も婚姻で色々と振り回されたって描かれてるから。でもアレは創作で、私は光明の母親ひと筋だからね?」
「父さんも光明ひと筋だぞ。立場上、母さんの相手役なだけで」
「……急にどうしたの、父さん?」
「べ、べ、別に、恋愛感情とかが無いわけじゃないし? だ、だから、あたしが誰と愛し合おうが関係無いっていうか……」
「急にどうした、癸姫⁉ 癸姫が嫁に行くなら、僕にも相手を紹介してよ⁉」
「ち、違ぁぁぁぁう! そうじゃなぁぁぁぁい‼」
そんな我が家は、人造人間の僕と海の神様である妹、そして聖なる虎の父さんと、日本神話に登場する母さん。
さらには妖怪たちとUMAが多数という一貫性皆無な家族である。
世の中は広いけれど、ここまでデコボコな一家というのも珍しいだろう。
そんな……僕の自慢の家族たちとの生活は、この先もずっと続いて行く。
シン族の寿命なんて知らないけれど、末永く。もしくは永遠に。
これからも退屈せず、長い長い人生を送れそうだ。みんな、これからもどうかよろしくね。平和で幸せな時間がずっと続きますように。
……こういうのって、フラグになったりしないよね?