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q146「柳谷家の秘密とは①」



「……さあ、今は一度、眠りなさい。あたしの可愛い光明ちゃん」



 癸姫がそう呟くと同時に、彼女の掌が仄かに輝いた。

 そして、僕は――――



「……それでは、記憶消去をお願いします。()()()

「分かったわ、癸姫」

「おい、八上姫。普段の口調が出ているぞ」

「あらあら、失礼いたしました。この生活も随分長かったですからね。すっかり()()()が癖になっちゃったわ」


 そんな会話を繰り広げた後で、三人はそれぞれ違う方向へ視線を移す。


 両親は僕の方へ。

 そして癸姫は部屋の奥にいた妖怪組の、皆の方へと。


「……さて。お前たちの処遇だが」

「き、き、き……」

「うん?」

「き、きき、癸姫、癸姫!」

「どうしました、八上姫? 何か不都合でも起きま……」


 だが癸姫の視線は、またすぐに僕へと向くことになった。

 何故なら――――



「えっ?」

「な、な、なんで⁉」

「これはどうしたことか⁉」



 ――――僕が、さっきまでと何ら変わらず三人を見つめていたからだ。



「な、なんで⁉」

「くっ、あたしとしたことが、失敗するとは。妹役に徹しすぎて鈍ったかしら? まあいいわ。もう一度……眠りなさい!」


「……」


「眠りなさい!」


「……」


「ね、眠りなさい‼」



 だが、僕の両目はしっかりと開いたままである。


 ……あれだね、漫画とかでもそうだが。

 ドヤ顔で「この技を破った者は誰一人いない」とか「最強の技の前に為すすべなく散るがいい」とか豪語したら、主人公には効かなかったってパターン、あれ可哀想すぎるよね。うん、今まさにそれ。


「出力最大! 眠れ‼」


「……」


「も、もしかしてコーヒーとか凄くたくさん飲んでたのかな? ならば、カフェイン分解! か~ら~の~、眠れ‼」


「……」


「もー、いけない子だなあ。その若さでレッドブ〇とかモ〇スターエナジーなんかに頼っちゃあ。そーれ分解、か~ら~の~、眠れえ‼」


「……」


「ぼおやぁ~、よいこだぁ、ねんねしぃ……眠れええええ‼」



 だが、僕に効果は無い。

 というか、我が妹ながら憐れすぎる。いつの間にか両親も「姫……」と憐憫の視線を送っているではないか。


 最初こそ謎の存在っぽく登場して、如何にもな風格を感じさせていたが。今や、いつもの癸姫にしか思えない。

 たぶん、マジで謎めいた存在なんだろうけど、気付けば張り詰めていた空気もすっかり緩み、残念なことになっている。なんかごめんね。

 

「はあ、はあ、ふう、ふう」


「……えっと、ごめん……ね?」


「むっきぃ‼ ねんねんころりよ、おころりよ‼」

「姫、一旦落ち着いてくだされ」

「子守歌、そんなに(りき)んで歌ったら逆効果ですよ」


 漸く両親からツッコミ……もといストップがかかり、顔を真っ赤にした癸姫の掌から、光が消えた。

 なんか途中から、ただの子守歌を歌う癸姫(ひと)になってたけど。僕、もの凄く重大な展開の出鼻を挫いてしまった気がする。僕またなにかやっちゃいました?


「姫。本来の目的を見失っておりますぞ」

「そうですよ。眠らずとも、記憶が消えれば何の問題もありません」

「そ、そうよね! も、もちろん分かってたんだから!」


 ああ、なんかいつもの我が家だ。両親の口調はともかく、父さんは父さんだし母さんは母さんだし癸姫は癸姫だ。

 一瞬そう思ったものの、現実から目を背けても意味は無い。どうやら僕の家族にはとんでもない秘密があるようだし、そこんとこ詳しく――――



「記憶消去」


「……っ⁉」



 母さんがそう呟いた瞬間、僕の意識は途切れた。








 ――――いや、正確には違う。

 別の何処かへ飛ばされたと表現すべきか。



「……ここは?」


〖記憶情報への干渉を確認、一時的に意識を球体内部へ移しました〗



 ふと気付くと、僕は何も無い空間で不思議な感覚の中に置かれていた。


 目を開いているのに、何も見えず。一方で、目を通さず直接頭の中に映像を送り込まれているような。

 あるいは何も聞こえないのに、脳内に音が届いているような。そんな感覚。


 そして僕の頭の中に、アイミスの声が響く。

 この空間には僕しか居ないように見えるが、まるですぐ近くにアイミスがいるような奇妙な感覚だ。普段よりずっとアイミスの存在を近く、そして強く感じる。


「球体の内部?」


〖はい。干渉を強制的にブロックしましたが、ミケの意識が外部にあるままですとショックにより人格が破損する恐れがありましたので〗


「なんか怖いこと言ってる⁉」


〖緊急措置です。そのまま受け入れるなら人格への影響はありませんが、代わりに記憶が破損しておりました。その方がよかったと?〗


「いや、うん。ありがとう。ナイスな判断だったと思う。流石はアイミス」


 僕が褒めると、なんとなくアイミスが照れた気がした。気のせいか?

 それにしても記憶か人格か、どちらかが壊れるだなんて。母さんってば、とんでもないことしようとしたのね。


「……ねえ、アイミス。よく分からないんだけど、僕の家族……どうしちゃったの? アイミス、何か分かる?」


〖全て分かります〗


「本当に⁉ それって、教えてもらえる?」


〖解説することも可能ですが、それでは面白く無……いえ、ミケにショックを与えてしまうかと思い、今まで黙っていました〗


「ねえ? 今、面白いとか言った? もしかして楽しんでた? 何も知らない僕を嘲笑って楽しんでたの? ねえ?」


〖冗談です〗


 なんだ、冗談か……と思いつつ。その話の何処らへんが冗談なのか少し引っ掛かり、僕はアイミスに疑いの視線を送る。姿は無いけども。


 さておき、どうやら僕は重大な話を聞かなければならないようだ。そして僕の家族について、今まで知らなかった大きな秘密を受け止めなければならない事態に直面しているように思う。


「アイミス。聞かせてくれる?」


〖……先に言っておきますが、あなたが球体を得たのは家族が()()()()()ではありません。それと今まで黙っていたのも、ミケが真実を知るタイミングを……〗


「分かってる。アイミスが僕の知らないことを知ってて、アイミスなりに考えて段階を踏んでくれているってことは、なんとなく分かってるから」


〖ミケ……〗


 一瞬、本当にアイミスが楽しんでいるだけという説も頭を過ったんだけどね。けどアイミスはナビゲーションシステムなんだし、きっと様々な高度かつ綿密な計算をして情報を小出しにしてくれているのだろう。そう信じたい。


 その辺もいずれ判明するかもしれないが、とにかく今は僕の家族の秘密が優先だ。どんな真実であれ、僕はそれに集中しなくてはならない。


〖では、お話しします。ミケの父親、母親、そして妹は――――〗





 **********

 **********





「……ごめんね、光明ちゃん」

「姫。この子の記憶を消したのは私です。貴女が謝る必要は」

「そうですぞ。貴女は昔から、多くを背負い過ぎなのです。いくら大海神様の娘とはいえ、そんなことをする必要は……」


「ほへぇ。癸姫って、そんな凄い神様だったんだァ」



 シリアスな空気の中、僕の両親と癸姫が真面目に話をしていた。

 そんな状況に、何処からともなく気の抜けた台詞が聞こえて来たのだから、この三人が勢いよく振り向くのも無理ないだろう。



「ま、まさか……」

「そんな馬鹿な!」

「光明ちゃん、何で……」



 たった今、断腸の思いで記憶を消去したはずの僕が、そんな気の抜けた言葉を呟いたのだ。三人にとっては狐につままれたような気分だろう。

 当の僕は、アイミスのおかげで記憶を保ったまま平然としていた。ちなみに球体内部でアイミスと話していた時間は、現実(こちら)では一秒にも満たないらしい。まるで精神と時の……もとい漫画に出てくる別次元の部屋みたいだなァ。


「……ねえ? 光明ちゃんって、ただの人間のはずよね?」


 癸姫のその問いかけは、僕へ向けられたものなのか。それとも両親に向けられていたのか。あるいは両方か。

 ともかく、その言葉に僕と母さんが目を合わせ、こんな事態でもいつもと変わらずアイコンタクトを果たしてみせた。


 その結果、口を開いたのは――――




「ごめんね、秘密にしていて。僕、人間じゃなくなっちゃったんだ」




 ――――僕の方だった。



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