q15「日常とは」
新機能を獲得した僕は、日々その練習に追われていた。
意思疎通/万能は動物や植物とも交流できる機能らしいが、いきなり何とでも話せるようになるわけじゃなく。今はまだ身近な犬や猫の言葉ぐらいしか分からないのだが……道端の猫と会話していたら、普通にヤバい人っぽかった。誰にも見られていないからセーフだけど。
技能/人型は目に見えて分かりやすい機能だ。
友人と巫山戯ていても、クラスメイトと組んで体操をしていても、廊下で女子とぶつかった時も。どう動けば相手にどう作用するのかが自動で分かるのだ。
非常に便利で有用な機能に思えるが、今のところ活躍する機会はあまり無さそうだ。強いて活躍を挙げれば、転びそうになった女の子を咄嗟に受け止めたくらいだが、陰キャの僕がそんなことをしてもロマンスは生まれず。悲しいかな。
気を取り直して、気配察知と空間認識/初期設定だが。これがまた難解で。
気配察知は登録した人物の周囲に結界のようなものを作り、そこに近付いた人、動物、物体など何でも察知できる機能らしく。とりあえず自分と家族、友人をお試しで登録してみたが、正直そんなものが分かっても無意味なのですぐに外した。
だって妹に近所のお爺さんが近付いたと分かっても、僕にどうしろというのだ。不審者や危険物ならまだしも。
そして空間認識/初期設定の機能は最初、意味が分からなくて混乱した。
イメージとしては釣り船のソナーみたいに周囲を調べ、そこに存在する物や人、動物や植物など色々と分かる機能だ。でもそれって、目で見れば分かるよね?
それなら視界/可視領域拡大でいい……と思ったが、暫くして漸く理解が及ぶ。この空間認識は可視領域拡大と違って常時であり、しかも木や建物の陰など目では見えない場所も認識できるのが強みだったのだ。慣れが必要だけど、常時全方位とは隙が無くていいかもしれない。
そんなわけで、僕は思考/加速と視界/可視領域拡大を含めたこれらを、昼夜問わず暇さえあれば練習し続けた。
勉強やスポーツとは違ってゲームする感覚に近いのもあって、努力を努力とも思わず頑張った。頑張り続けた。
「コーメー! 危ない!」
「痛っ!」
そんな僕の生活は、以前とは異質なものになり始めていた。
今は飛んできたボールが頭に当たったのだが、運動神経が悪くて躱せなかったわけではない。以前ならそうだったろうが、今のは本当に違う。
「痛いなあ。ビックリしたァ」
「悪い悪い。大丈夫か?」
「このくらい大丈夫だよ。気を付けてね」
最初のうちは、こういう危険が分かるなら便利だと考えた。
だからボールが飛んで来たら躱せばいいし、誰かとぶつかりそうなら避ければいいと思っていた。だがすぐに、それは人間として不自然だと気付く。
スポーツ万能でもない僕が急に何にでも反応するようになったら、普通の人からしたら「気味が悪い」のだ。
中には僕が絶好調だと都合よく解釈する人がいるかもしれないが、全員そうとは限らない。だからアイミスと相談して、僕は分かった上で敢えて避けないという選択肢も視野に入れることにした。
どうせ当たっても仮の肉体に怪我はあり得ない。必要ならアイミスがカモフラージュで血を流すこともあるだろうが、そうならない程度にわざと当たったりすればいいだけの話だ。
「……いよいよ本格的に人間離れしてきたね、僕」
〖嫌ですか?〗
「そんなことないよ。でもちょっとだけ寂しいかな」
〖大丈夫ですよ。それは今だけですから〗
そんなアイミスの言葉を、僕は「慣れれば大丈夫」という意味に捉えていた。
だがしかし、真意は違うのだと理解したのはそれから数日後のこと。
〖適合率の上昇が可能になりました。実行しますか?〗
「もうそんな時期? 今回はあっという間に来た感じがするよ」
一学期の期末テストが段々と迫り、それが終われば夏休みも目前という七月の初旬頃。僕は再び適合率上昇の機会を迎えていた。
これまで二回の経験があるから、もう不安になることもない。それより新たな機能が加わるワクワクの方が勝っている。
「じゃあ、お願い」
〖では行きます。適合率微増……完了。気分はどうですか?〗
「うん。相変わらずちょっとした眩暈だけだね。大丈夫みたい」
〖では、今回追加された機能ですが……〗
今回はどんな機能が追加されるのかと、黙ってアイミスの言葉を待つ。
前回が視界だから、今回は耳や鼻の強化かな。そんなふうに思いながら。
〖今回はパッシブとして「空間認識/視覚的異層」と「技能/人外・生物」が解放され、アクティブとして「術理/強化」と「操作/エネルギー操作・生成」が使用可能になりました。特殊機能の「能力拡大/初期設定」も解放されています〗
そして、アイミスのアナウンスが聞こえると同時に、変化が起こった。
「……えっ?」
――――変化は、僕の見ている景色に現れた。
僕の視界にはラスターさんが見せてくれた時と同じく、おばけが映っていた。
それは空間認識/視覚異層という機能の効果だと後から分かるのだが、つまりは常時展開のパッシブな機能である。
この瞬間から、僕は人類の領域を逸脱し始める。
地球人類には見えないものが見えてしまう世界へと、足を踏み入れたのだ。
平穏な日常は終わりを迎え、終わることのない非日常が幕を開けたのであった。
次話は閑話です。その次から第二章に入ります。
この先も、どうぞよろしくお願いいたします。