q143「UMAとは」
UMA、未確認生物。
目撃情報や言い伝えがあるものの、未だ実物が確認されていない生物のことだ。有名なところだと、ツチノコやネッシーだろうか。
「ああ、ツチノコね。少し前に友達の家で見たよ」
「なんと⁉ 我輩の同族がいるのねん⁉」
「なんか、ペットショップでも売られてるらしいよ。たしかアオジタトカゲって名前だって灰谷君が言ってた」
「それはアオジタトカゲであってツチノコではないのねん! 見た目そっくりでもアオジタトカゲはアオジタトカゲなのねん!」
「初っ端から失礼な奴なんだな」
「信じる心が皆無でっさー」
非常に残念なことに、オカルトで言うところの「奇怪な生命体」の存在が証明されたことは無い。クラーケンがダイオウイカだったとか、森の人がオランウータンやゴリラだったとか、そういうのは別として。
その大半は謎のままか、あるいはツチノコのように「たぶんコレだろう」という実在の生物が判明したり、または発見者が「嘘でした」と暴露したりと残念な結果ばかり。うん、僕も河童の正体とか残念に感じたから分かります。
一体くらい伝聞の通りにUMAらしいUMAが発見されてくれれば大喜びできるのだけど。そう思っていた時期が僕にもありました。
「ツチノコ、チュパカブラ、イエティ……そっか、うん」
「明らかに馬鹿にしてるのねん」
「本当に失礼な奴なんだな」
「信じる心って大事だと思うでっさー」
まさか、生物ですら無かったとは。妖怪かよ。
僕が心の中でツッコミを入れていると、ツチノコがひょいと頭を上げ、S字に体を曲げて立ち上がった。
「ひれ伏すといいのねん。我輩が、かの有名なツチノコ。本物なのねん」
「あ、うん。僕もいつか飼ってみたいよ」
「だから我輩はアオジタトカゲではないのねん! そっちは好きにペットショップで買ってくればいいのねん!」
「灰谷君に飼ってみたいなァって言ったら、器具とか知識とか揃える前に飼うと、飼い主もペットも不幸にしかならないって怒られちゃったんだ。だから今は手を出すつもり無いかなァ」
「素晴らしい友人を持ってるのねん。我輩も彼に同感なのねん……けど、今はそういう話ではないし、話が逸れ過ぎなのねん!」
「青さん、ノリがいいんだな」
「付き合ってやらなくていいんでっさー」
非常にノリのいいツチノコにほっこりしつつも、僕はイエティが呼んだ名に少し引っかかりを覚えた。
「青さん?」
「ツチノコの名前なんだな」
「あ! 白、馬鹿!」
「青……やっぱりアオジタ……?」
「た、たまたまなのねん! 舌はピンク色なのねん!」
「ピンク色……そういえば灰谷君、モモジタトカゲってのも飼ってたなァ」
「それはモモジタトカゲであってツチノコではないのねん! さっきから話が逸れ過ぎなのねん! ハイタニクンちのことは一旦忘れるのねん!」
どうやらこのツチノコ、青という名前らしい。ややこしい。
ちなみにイエティは白、チュパカブラは赤という名前なんだとか。覚えやすいけどシンプルすぎやしないかい?
「そんなことより、お前はいったい何者なのねん」
「あ、はい。僕は柳谷光明と言います。妖怪が見えます」
「それはそうでっさー」
「オデたちのこと、バッチリ見えてるんだな」
「えっと……普通の人には見えない感じ?」
「そうなのねん。この場所にある偽物のUMAしか見えないのねん」
「だからこそ、オデたちは隠れ蓑にできてるんだな」
「隠れ……蓑……?」
僕は改めて、偽物と本物に交互に目を向けた。
隠れ蓑もなにも……段ボール製の張りぼてじゃ、透明なビニールカーテン並みに隠れられない気がするんだけど。僕の方がおかしいんだろうか?
「言いたいことは分かるでっさー」
「あ、分かってもらえるんだ」
「そもそも見えないのに隠れる必要があるかって言いたいんでっさー?」
「あ、分かってもらえてなかった」
一瞬でも話の分かる相手かと期待した僕が馬鹿だったようだ。
自称チュパカブラの妖怪は、そんな僕の呆れ顔を無視して話を続ける。
「毎日、何千何万とやって来る客の中には、君のように我らのことが見える人間がいるかもしれないでっさー。油断大敵、どうせ見えないなんてボケーッと高を括ってる阿呆な妖とは違うんでっさー」
「今、何千何万とか言った? え、幻覚見えてるの?」
「我ら、他とはひと味違う妖なのでっさー。知的でミステリアスな優しさの権化こと、チュパカブラの赤とは拙者のことでっさー」
「……チュパカブラって、たしか家畜とか人間を襲って血を吸うんじゃなかったっけ? えっと……優しさとは……?」
そんなツッコミをしてみたものの、どうやら赤さんは人の話を聞かない系の妖怪らしく。僕をスルーして決めポーズらしきものを取っていた。
「まあ、そんなわけだからねん」
「君、我らに気付くとは見込みがあるでっさー」
「折角だから、暫くゆっくりしていくといいんだな」
「……お疲れ様でした、今日は帰ります。また後日改めてお邪魔しますね」
「待つのねん!」
「それ、絶対来ないやつなんだな!」
「久々の客なんでっさー! もう少し付き合ってほしいでっさー‼」
おや、毎日何千何万の客はどうした?
話を打ち切ろうとした僕に、三体の妖怪は大慌ててで縋り付く。
どうやら見える人と会うのは随分久々らしい。いつぞの琴子みたいだなァ。
「もう、仕方がないなァ。そんなに見える人に会いたいなら、ここを出て大きな町にでも行けばいいじゃない」
「そ、そんなことしたら、陽キャでパリピな妖にサンドバッグにされるんだな。こ、こ、怖いんだな」
「それに迷子になったらと思うと、出掛ける勇気なんて出て来ないでっさー。お外、怖い……ガクガクブルブル」
「万が一、赤や白と離れ離れになったりしたら……独りぼっちなんて、軽く想像しただけで死ねるのねん。ひとり、怖い……」
「ええ……」
UMAというのは、引きこもりのぼっち恐怖症妖怪のことだったようだ。
なんだかなァ、折角発見したUMAなのにイメージと違い過ぎて失望しかないよ。というか妖怪って人間を脅かすのが生きがいのはずなのに、お外怖いとか言ってちゃ駄目じゃない?
「だったら、せめてもう少し人の来るところに……」
「ここ、暗くて狭くて落ち着くのねん」
「人の出入りが多い場所は、十中八九、他の妖怪が陣取ってるんだな」
「ここにいれば我らのことを全肯定してくれているみたいで、とっても安らぐでっさー。UMAアンチ、怖いでっさー……」
なんだかトラウマの多そうな妖怪たちだなァ。
それにしたってこのままだと、僕が帰ったら次に見える人が来るのは何年後か。あるいは何十年後、何百年後か……。
「……分かったよ。少しくらいなら付き合ってあげる」
「マジでっさー⁉」
「話の分かる人間なのねん!」
「い、いい人なんだな」
これも乗りかかった舟だ。妖怪の相手なんて今さらだし。
結局僕はこの日、帰りの電車ギリギリの時間まで三妖怪との会話に付き合い続け、貴重な休日を溶かしたのであった。