q142「厄日とは」
馬賀居村という地の、とある集落。
その一角に人知れず存在する謎の施設。もとい、UMA博物館。
……いや、人知れずじゃなくてもよくないかな?
折角建てた博物館なら、もっと宣伝するとか村の中心地に作るとか、やりようがあった気がするんだけどなァ。
「ハァ……」
嫌な予感しかしない名称に溜め息を吐きつつ、僕は覚悟を決めて建物の中に入った。というか、僕のセンサーにビンビンに反応があるんだよね。
「確実にいるよね」
〖き、き、気のせいかと〗
「嘘、下手か。わざとらしすぎるわ」
傍から見たら一人で騒ぐヤバい奴だが、一応アイミスは存在している。決して僕のイマジネーションフレンドとかではない。
そんなことより、僕は薄暗い部屋の内部に目を凝らした。
〖五メートル四方ほどの部屋のようですね〗
「狭っ⁉」
周囲に誰もいないのをいいことに、僕は心の声を駄々洩らした。
流石にこれは、あんまりだ。いくらなんでも狭すぎである。学校のトイレとかの方が、まだ広いかもってレベルだ。
「いや、建物の外観はもっとあったよね?」
〖恐らく管理人室や設備関係でスペースが埋まっているのでしょう〗
「だったら管理人が常駐しようよ⁉ 普段いないなら、削減できたよね⁉」
好き放題ツッコミを入れつつ、僕は一応施設内部に視線を向ける。
とはいっても、歩くまでもなく全体が見渡せる広さだ。内部は部屋の中央にメインスペースがあり、あとは壁に沿って四辺に展示があるくらいか。
奥の隅に古びた柱時計があるが、全く動いていないようで。
あとは、中央の天井から場にそぐわない近代的な電灯がぶら下がっているだけである。ここを作った人は何がしたいのだろう。
「……なんか、時間の無駄だった感が半端無いんだけど」
〖ですが、展示物は実に見事な造形ですね〗
「そうなんだ? 僕には段ボールを張り合わせただけにしか見えないけど」
〖最近流行りの段ボールアートかと〗
「段ボールアーティストに謝って? 小学生の作品の方がまだ上手ってレベルなんだけど。せめて表面にガムテープを露わにするのは止めようよ」
オブラートに包むことなく好き放題言いながら、僕はあまりに酷い出来の展示物にげんなりとする。言い過ぎどころか、まだ言い足りないほどだ。
何故なら、目の前の珍作品たちは、UMA博物館にありながらUMAかどうかすら怪しいからである。幼稚園児が書いた動物の絵の如く。
「……これ、二足歩行に進化したカラスかな?」
〖チュパカブラだと説明書きがありますね〗
「こっちはたぶん、自動車の模型とかだよね」
〖ツチノコとのことです〗
「あ、これは流石に分かるよ。大きく作り過ぎたおにぎりだ」
〖イエティですね〗
「せめて目とか口ぐらい付けようよ⁉」
最早、生物かオブジェかすら分からない。
言いたい放題で本当に悪いけれど、これなら僕、五分もあればもっと出来のいいやつが作れちゃうと思う。球体パワーとか抜きでも。
「うう……どうしてこんなところ来ちゃったんだろう」
〖運命ですね〗
「嫌な運命だなァ。というか、さっきから気配がするのは……」
〖はい。目の前ですね〗
僕はもう一つの憂鬱な存在に、改めて溜め息を吐いた。
そう、さっきから僕のセンサーにバッチリ反応があるのだ。これに関しては、いくら薄暗かろうが姿を隠していようが関係無い。
人間に化けてでもいなければ、妖怪の姿のままでいるのならば、僕のセンサーに間違いは起き得ない。
なにせ宇宙最高峰の技術で作られた機能なのだから。
「……てことは、この中央の台座か」
〖そうですね〗
「……隠れてないで出てきなよ。そこにいるんでしょう、妖怪さん?」
すると、何かが身動ぎしたような気配がした。
誰もいないはずの室内なのに、確かに気配がしたのだ。
「……ふっふっふっ。よく分かったのねん」
「オデたちの擬態を見破るなんて、ただの人間じゃないんだな?」
「拙者が推測するに、我らのことが見える人間でっさー?」
まだ、声しか聞こえない。けれど僕は思った。
なんだかキャラの濃そうな妖怪たちだなァ、と。
「そこにいるのは分かってるよ。さあ、出てきてよ」
「ふっふっふっ。本当に分かっているのねん? 我らの擬態」
「分かるよ。ほら、そこだっ!」
そう言って、僕は中央の展示物が乗った台のカバーを勢いよく捲る。
するとその下で、真ん丸の大きな目玉がこちらを見つめていた。
「ほら、見ぃつけた!」
「……」
目玉の主は次の瞬間、凄いスピードで僕に襲い掛かる。
鋭い何かが僕の目の前を掠め、それと同時にけたたましい声が響いた。
「フギャアアッ‼」
その姿は、まるで化け猫だ。
というより、普通の猫にすら見える。これが擬態ってやつなのか。
「フシャアアッ!」
「……うん?」
すると、その猫に似た何かは、僕を威嚇してから猛スピードで部屋を飛び出して行った。本当に猫そっくりの擬態の精度に驚きつつ、僕は……。
「……あれ? まだ反応が残ってる?」
「……」
「でも、台の下にはもう……」
「……いや、あの、こっちなのねん」
「え?」
声のした方に視線を向けると、天井からぶら下がった電灯がゆらゆらと揺れていた。そのカバーの陰から、何かが気まずそうに見ている。
……うん。どうやら妖怪がいたのは、天井の電灯の方だったみたいだ。
ということは、さっきのは普通の猫だったか。
「……」
「「「……」」」
「フッ。当然気付いていたさ。今のはちょっとした冗談で……」
「「「……」」」
「すみませんでした。完全に間違いました。できれば忘れてください」
「……ドヤ顔だったのねん」
「……こっちまで恥ずかしくなるんだな」
「……よく自信満々に言えたわっさー」
「頼むから忘れてくださいぃ‼」
そうして僕は、うんざりするような休日を過ごした上に、さらに大恥をかくという最悪の上塗りをしたのであった。
もう本当、今日は厄日だよ。ボヘェ……。