q138「第三の怪異とは」
後輩の川谷さんと滝村さんが都市伝説系の妖怪だと判明し。
僕の家で行われていた収拾がつかなくなりそうな交流会は強制終了となり、後日改めてとの約束で二人には帰ってもらう。
僕にお礼を言いたいという二人に、本当の恩人である件こと光理を合わせるだけの簡単なお仕事だったはずなのになァ。
そんなふうに思いつつ、休み明けに僕は、憂鬱さを残したまま登校する。
「キャッ」
「え?」
すると、歩いていた僕の背中に誰かが衝突してくる。
振り返ると、そこには尻もちをついた女子生徒の姿があった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫でした?」
「はい、気にしないでください。何ともありませんしね」
女子生徒はそう言いながら立ち上がり、パンパンとお尻を叩いた。
気にしないでって、それはどちらかというと僕の台詞ではなかろうか。というか、前進している僕にぶつかるなんて……よそ見でもしていたのかな?
「あ、うん。何ともないなら、よかったよ……」
「駄目ですよ、先輩? ボーッと考え事して歩いたりしね」
「え?」
「いえ、噛んじゃっただけです。歩いたりして、って言うつもりでしたしね」
「あ、そう……」
なんだろう、癖が強い子だなァ。
僕を先輩と呼んだということは一年生なんだろうけど、態度は先輩に対するそれじゃない気がする。というか、なんだか違和感が凄い。
「ま、まあ、それなら。じゃあ、僕は行くね」
「あ、待ってください、先輩。折角なんで一緒に登校しましょうよ。これも何かの縁ってやつですしね」
「え、なんで?」
「嫌ですか? 可愛い後輩と一緒に登校なんて、滅多に無い奇跡ですよ? これを逃す手はありませんしね」
「自分で可愛いとか言っちゃう自信過剰な後輩はちょっと……」
「まあまあ、そう言わず。アタシとお話ししましょうよ。暇ですしね」
自称後輩の女子生徒は、僕の話を聞かずグイグイ来る。
見知らぬ後輩と登校すること自体は別にいいんだけど、この子とは何か嫌だなァ。さっきから違和感が凄すぎる。
というか、こんな美少女ゲームか乙女ゲームでしか見ないような展開が現実で起こるはずがない。そもそもこの子、自分からぶつかって来たし。
そして会話すればするほど積もる違和感が気味悪い。会話が噛み合っているようで噛み合っていないというか、それ以前に妙な感じがするというか。
「……それで? 何が話したいの?」
「別に何でもいいですよ。他愛のない世間話でも、先輩の身の上話でも、好きな女の子の話でも。ぶっちゃけ暇潰しってだけですしね」
「随分ぶっちゃけたね。その相手って、僕じゃなきゃ駄目?」
「うだうだ言わず、楽しくお喋りしましょう。時間は有限ですしね」
「先輩にうだうだ言うなとか、思い切りがいいね。それじゃあ……」
「怪談でもしましょうか。夏ですしね」
「さっき何でもいいって言ったよね? 見事な掌返しだし、あと今は春だよ」
この状況で怪談をチョイスするセンスに違和感がさらに強まる。
それと同時に僕は、ある可能性を思い浮かべた。
「先輩は、都市伝説って知ってますか? まあ、有名ですしね」
「……最近、やたらと縁があるよ」
「そうですか。なら、こんなのは知ってますしね?」
「文法、微妙におかしくない?」
「あるところに、とても可愛らしい美少女がおりましたしね」
「あ、人の話を聞かないタイプだ? まあ、いいんだけどさ……」
なんとなく察しが付いたので、僕は黙って彼女の話を聞くことにした。
というか違和感の正体に確信が持てたんだけど、この子って語尾が「しね」なんだよね。今のところ殺意は感じないけど、しねしね言われると怖いよ。
「その子は周囲からチヤホヤされて育ち、成長するごとにその美しさには更に磨きがかかっていきましたしね」
「うんうん。それで?」
「その子が十五歳になったある日、彼女は同時に五人の男性から告白されました。有頂天の彼女は思わずお嬢様キャラのような高笑いをあげましたしね」
「随分珍しいケースだね。現代のかぐや姫かな?」
「すると、その時です。あまりに盛大な高笑いをあげた彼女は……」
話の盛り上がりを感じ、僕はゴクリと息を呑んだ。
それに気付いたのか、彼女はニヤリと笑って話の続きを口にした。
「……口を大きく開けすぎてしまい、彼女の口は左右に裂けてしまったしね」
「そんなことある⁉」
「男性たちは彼女の姿に怯え、一目散に逃げ出してしまいました。彼女は一転、絶世の美少女から化け物へと変化してしまったのですしね」
「だから、そんなことある? よくできた怪談話だけども……」
そう言って歩く僕の横から、彼女の姿が消えていた。
それに気付いて周囲を見回すと、彼女は僕の数歩後ろで立ち止まっていて、何故だかやけに深く俯いている。
「あれ? どうしたの?」
「……先輩? その子、その後どうしたと思いますしね?」
ふと違和感を感じて周囲に目を配ると、どういうわけか僕たち以外の人の姿が全く無かった。今は登校時間のはずだから、これだけ学校に近いと生徒がいないはずがないのに。
妙な不気味さを感じて僕が一歩後退ると、俯いていた彼女がゆっくりと顔を上げ始める。やがて見えてきたのは、想像を絶する光景だった。
「えっと、まさかとは思うけど……?」
「フフ、ウフフフ、ウフフ、アハハハハ!」
そこにいたのは、さっきまでの後輩の少女ではなかった。
彼女の顔は、口の端が耳まで裂けていた。そして、彼女の目は真っ黒な穴のようになっていたのだ。
「ねえ、先輩? アタシ、キレイ?」
「こ、これって……」
「アハハハハ! 先輩、アタシのことキレイって言ってよ! 言わないなら……死んでくれませんかぁ⁉」
そう言って彼女は髪の毛をバサバサと振り乱し、僕に向かって飛び跳ねた。
その形相は狂気に満ちていて、口裂け女の逸話と寸分違わぬ恐ろしさであった。そう、彼女は口裂け女なのである。
「でもさ、口裂け女って最初に「アタシ、キレイ?」って聞いてから口が裂けるんじゃなかったっけ? いきなり口裂けバージョンで聞くの?」
「せんぱぁい! 空気読んでくださぁい! どう考えても今は、そういう話してる場合じゃないですよねぇ⁉」
「あとさ、さっきまでの語尾の「しね」ってやつは無しでいいの? 普通に死んでくださいとか聞いちゃってるけど……」
「おいコラ先輩コラ! 空気読めって言ってるでしょ! あと語尾はただのキャラ付けだから引っ掛からなくていいですから!」
「あ、そうなんだ」
「……」
「……」
僕と彼女の間に沈黙が流れる。
うん、この空気なら僕には読めるぞ。これはやらかした空気だね。
「……もぉお‼ ちょっとは驚いてくださいよぉ! あのメリーさんが珍しく驚かすの失敗したって聞いたから、ここでアタシが成功すれば一歩リードできるって思ったのにぃ‼」
「え? リードって……勝負でもしてるの?」
「単にアタシがライバル視してるだけですけども! というか間違いなくツッコミ所はそこじゃありませんからね⁉」
「さっきから語尾が「しね」じゃなくなってるけど、いいの?」
「だから! そこはもういいですから! 散々演出までしたんだから、もっとリアクションしろよぉぉぉぉー‼」
なんともグダグダになってしまった空気の中、僕は口裂け女という新たな妖怪にお叱りを受けるのであった。
ところで、できれば早めにこの謎空間から出してほしいんだけどなァ。学校、遅刻にならなきゃいいけど。




