q137「メリーさんとは」
「というわけで……あたし、メリーさん。今、あなたの目の前にいるの」
「うん。それは見れば分かるかな」
トイレの花子さんに引き続き、僕の前に都市伝説の妖怪が登場した。今回は彼の有名なメリーさんの電話、そのメリーさんである。
「花子さんから聞いていた通りね。脅かし甲斐が無いったらありゃしないわ」
「うん、ごめんね。でも前もって聞いていたなら、回りくどいことしないで普通に会いに来てほしかったんだけどな」
「……あたし、メリーさん。あんまりごちゃごちゃ言うようなら、大事なところ蹴り上げて女の子にしちゃうぞ☆」
「それはもう怪異でも何でもない、ただの脅迫だよね? あと男としては今までで一番怖い内容だから絶対やめてよね」
女子に蹴られるくらいなら辛うじてセーフかもだけど、相手は妖怪だ。
人外のパワーでそんなところにそんなことされたら、下手すると本当に女の子になっちゃうかもしれない。その前に苦痛で死ぬと思うけど。
「……というか、なんとなく思ったんだけどさ」
「なによ?」
「もしかして君、滝村さんだったりする?」
「ぴぎィ⁉」
図星を突かれたせいか、メリーさんはとんでもない奇声をあげた。
今の反応は正解だと言っているも同然だし、どうやら彼女はメリーさん改め後輩の滝村五月さんらしい。
「な、な、なんで分かったのよっ⁉」
「いやあ、花子さんの正体が川谷さん……というか川谷さんの正体がトイレの花子さんだったからさ。その友達の滝村さんが妖怪でもおかしくないかなって。あと僕のことを花子さんに聞いたって言ってたし、それでピンと来て」
「あ、あ、あたし、メリーさんだもん! そ、その滝村って人なんて知らないもん! は、花子が川谷花子だなんて初耳だもん!」
「その誤魔化しは無理があり過ぎるよ。別に取って食ったりしないから落ち着いて。僕の正体も知っているんでしょう?」
「……そ、それは聞いたけど。あたし、メリーさん。普段はあんたの言う通り、滝村五月として生活しているわ。のっぺらぼう様の庇護の下でね」
その偽名も分かりやす過ぎると思うんだけどね。メリーだから五月とか安直……とか言うと滝村さんが怒り狂う気がするから、黙っておこう。
「それで、今日は何の用だったの? 滝村さん」
「この姿の時はメリーさんって呼びなさい。というか、今さらだけど少しくらい驚きなさいよね。いくらなんでも冷静すぎるでしょ」
「うん、ごめん。でも改造人間に普通の反応を求められてもね」
「……まあ、いいわ。今日は脅かしがてら挨拶に来ただけよ。それに……い、一応、その……お礼もね」
少し照れくさそうにそう話す滝村さんに、僕は首を傾げる。
お礼って、僕なにかしたっけ?
「お礼?」
「ほら、あんたが助けてくれたんでしょ? あの時計台の……」
「ああ、そのことか。そういえば滝村さんもだったね」
「そ、そうよ! だ、だから一応、感謝してあげるわ!」
「なんでそんなに威張ってるのかな? でも、あの一件は別に気にしないで。僕というより件の功績だからさ」
「ぼくのおかげなの?」
すると部屋の中で空気と化していた光理が、件という名前に反応した。そういえばすっかり人間の姿が定着してたけど、光理が件なんだよね。
「え? それはどういう意味?」
「えっと、話せば長くなるんだけど……」
「ぼくが件なの。でもパパがぼくの体をアレコレしたから、今のぼくはパパのお嫁さんなの」
「え……? よく分からないけど、もしかしてあんた、犯罪者……」
「違うから。光理も、説明するなら説明するでしっかりやってくれない? そんな中途半端かつ狙いすました説明だと、狙い通りに誤解されるから」
「あんた、こんな小さな女の子に……?」
「だから違うってば。正真正銘、この子が川谷さんと滝村さんを救うキッカケを作った件だよ。今はワケあって人間の姿だけど」
それから僕は件絡みの出来事について、メリーさんに説明をした。
するとそれを聞いた彼女は顔色を変え、慌てて誰かに連絡を取る。
「ちょっと⁉ 今の話、本当なんですか⁉」
「わあ⁉ ビックリした……」
突然、僕の部屋にトイレの花子さんが飛び込んで来た。
あまりの急展開に、僕は思わず驚きを露わにしてしまう。
「ちょっと! なんでそんなに驚いているのよ。だったらあたしの時も、もっとリアクション取りなさいよ?」
「今はそれどころじゃないでしょ? なんで突然ここに川谷さんが?」
若干カオスな空気になりつつも、僕は唐突に現れたトイレの花子さんについての説明を要求した。
さっきメリーさんが連絡を取ったのがトイレの花子さんだとしたら、我が家に来ること自体は不思議ではない。だけど玄関チャイムの音も無く、なんなら玄関ドアを開ける音すらさせずに現れたのだから、僕が驚くのも無理はないだろう。
「あ! ご、ごめんなさい。わたしったら急なことでテンパっちゃって、ついお手洗いを拝借しちゃいました」
「トイレ借りました、みたいに言ってるけど……それってつまり、僕の家のトイレに瞬間移動して来たってことじゃない?」
「一応わたし、腐ってもトイレの花子さんなもので。この程度の距離ならば、お茶の子さいさいです♪」
「立派な不法侵入だからね? 別にいいんだけど……というか、お茶の子さいさいって久々に聞いたなァ」
トイレの花子さんが腐るって何だろう?
そんなことを思いつつも、僕は飛び入り参加の花子さんにも同じように件の説明をしてあげることにした。
「かくかくしかじかで……そんなわけで、二人を助けることができたのは件のおかげだったんだよ」
「そんな理由があったんですね。てっきり先輩の力とばかり」
「死にゃしないとはいえ、本当に助かったわ。くだ……光理ちゃん?」
「ぼくは何もしていないの。実際に助けたのはパパなの」
「……というか、さっきからどうして先輩は光理ちゃんにパパと呼ばれているんですか? まさかとは思いますが、件様の弱みを……?」
「違うから。僕が頼んだわけじゃないからね?」
「ぼく、パパに色んなことされたの。パパの一部と合体して、肉体の喜びを知ってしまったの。だからパパはぼくのパパになったの」
「それって、パパ活……」
「こんな小さな子に、なんてことを……」
「だから違うんだってばァ⁉ というか、たった今説明したばかりだよねぇ⁉ 光理もいい加減にしてぇ!」
この二人、どこまで本気で言ってるのだろう。絶対分かってるよね。
あと光理は絶好調すぎやしないか? 自分が助けた子たちと対面できて嬉しいのかもしれないけど、あとで少しオハナシしないといけないなァ。
そうして大きな誤解を解き解しつつ、僕は奇妙な縁で結ばれた都市伝説系妖怪の二人と不思議な時間を過ごすのであった。