q14「新機能とは」
勉強や運動についてアイミスの助言を受けてから、やや暫く。
高校生になって最初の定期テストが終わり、僕たちの学校ではもうすぐ体育祭が始まろうとしていた。
なおテストの結果は上々で。平均以下だった僕の成績は少し改善され、なんと五教科全てで七十点以上という快挙を成し遂げる。
授業内容や読書内容が全て記憶され、テレビの豆知識すら鮮明に記憶に残る。そんなチートありきでこの結果である。うん、僕って凄い。
アイミスから「球体を使ってなおこの点数とは……」と言われたが、成績アップは事実なんだからもっと褒めてほしい。
〖体育祭に向けて、本当に山籠もりしますか?〗
「いえ、大丈夫です。放課後にクラスで居残り特訓するから」
ドSのアイミスからの提案を丁重にお断りし、本格的な体育祭準備に入る。僕が参加するのは綱引き、百メートル走、玉入れ、応援合戦など数種目だ。
綱引きなどは身体強化で対応できるし、玉入れなど残りは居残り特訓でなんとかなるだろう。これなら思ったより楽に乗り越えられそうな気がする。
……そう思っていた時期が僕にもありました。
「うぉまぇらああああ、勝つぞおオォォォ‼ もっと玉を集めろォォ‼ もっと、もっと全力出せえぇ‼」
僕のクラス、担任の楠木先生が体育祭ガチ勢だったのだ。美術教師なのに体育教師より激しいって何?
そしてクラスメイトも一部は結構ノリノリで。陰キャには迷惑この上ない。
結局僕も参加する競技全ての特訓を強制され、体育祭までほぼ毎日ヘトヘトで帰宅する羽目に。
疲労感は消せるのだが、流石に特訓してすぐケロッとしていたら色々とマズいので、学校を出るまではそのままなのだ。二つの意味で疲れるわ。
「うあなぎぃや! 明日もぐぁんばれうな‼」
先生が張り切り過ぎて地球外生命体みたいになっていたが、本物の宇宙人を見た経験があるので辛うじて見分けることができた。僕以外には無理だろう。
そうして過激派な特訓を乗り越え、体育祭の当日を迎える。
「うぉまぇらぁぁああ! 綱引けえぇ、むしろ轢き殺せぇ‼ 玉は親友だぁぁああ‼ 投げて投げて投げ殺せえぇ‼ 殺す勢いで……あっ校長先生? 今すぐこっち来い、ですか? また私なにかやっちゃいました?」
ハッスルし過ぎた担任が強制退場になるという些細な出来事はあったものの、僕らは特訓のおかげで無事に下から二番目の順位を獲得することができた。
惨敗した最大の原因は、特訓で頑張り過ぎたから。クラスメイトたちは一部を残して疲れや筋肉痛で動けず、散々な結果に終わっていた。
そんな中、僕は疲労を消したおかげで普通に動けていたわけだが、元々の運動音痴が幸いして活躍することも目立つこともなく終わる。まあ、リレーや騎馬戦のような花形競技に出ていないから当然だけど。
下手に目立ってもあとが面倒だし、これでいいのだ。うん。
「やあ皆。今日もいい天気だね。体育祭は本当にお疲れ様でした。後で私からご褒美のお菓子とジュース、配りますね」
体育祭の後、担任の楠木先生は普段通りに戻っていた。あまりの変貌ぶりにヤバい薬を使っていると噂が流れ、再び校長先生に呼び出されたとか。
それはさておき、再び平和な日常が訪れる。テストも体育祭も終わって一学期はあと期末テストくらいしか残っていないのだ。
暫しの安寧に肩の力を抜いていると、下校中にアイミスが声をかけて来た。
〖そろそろ適合率を上昇させられます。実行しますか?〗
「おお! 待ってました!」
前回から約一ヶ月か。
今回はどんな機能が解放されるんだろう。
〖それでは行きます。適合率微増……完了を確認。気分はいかがですか?〗
二回目ともなると慣れが生まれる。今回はあっさり受け入れられた。
前回と同様、ちょっとした眩暈があったくらいで大きな変化もない。
「うん、今回も少し眩暈がしたけど大丈夫」
〖今回新たに解放された機能は「意思疎通/万能」と「気配察知」、それから「空間認識/初期設定」と「技能/人型」です〗
「わあ! 今回はなんだか盛りだくさんだね」
〖それから「思考/加速」と「視界/可視領域拡大」の使用が可能となりました。こちらは自分のタイミングで発動できます〗
「えっ? 最初のと次のは何か違うの?」
わざわざアイミスが分けたからには理由があるのだろう。
そう思っていると、すぐに答えが返って来る。
〖最初に挙げた機能はゲームでいうところの常時発動スキルのようなもので、常に作用しています。意思疎通/万能は地球上の全生物と交流可能になる機能。気配察知は前もって設定した自身あるいは他者に対して接近や害意などがあった場合、それを察知する機能です。空間認識/初期設定は気配察知と似ていますが、接近するものではなく一定範囲を常時こちらから探知できる機能です。技能/人型は簡単に言うと人型の相手と戦うための機能ですね〗
「えっ⁉ それって大丈夫なの? アイミス、この前の例えで友達のパンチに自動で反撃したら危険とか言ってなかった?」
〖技能/人型は格闘技を習得するわけではなく、人型の生物や無生物との戦い方が分かるようになる機能です。例えば友人がパンチして来たらそれをいなす方法が理解できたり、強盗が襲ってきたら投げ飛ばして拘束する方法が理解できるようになります。要は状況に合わせた最適解が理解できる機能で、格闘技を身に着けたい場合はそれとは別で練習しなければなりません〗
「なるほど。じゃあ安心なのかな」
ホッと胸を撫で下ろすと、アイミスが説明を続ける。
〖そして後から挙げた思考と視界の機能は、ゲームでいうところの任意発動スキルのようなものです。思考/加速は物事を考える際に通常の数倍から数百倍の速さでの思考が可能になり、視界/可視領域拡大は地球人類として見ることのできる最大値まで視界が強化されます〗
「見ることのできる最大値?」
〖今は柳谷光明のオリジナルに設定していますが、視力には個人差があり、それが地球人類の構造上可能な限界まで上がるということです。思考/加速も視界/可視領域拡大も使ってみれば理解しやすいかと〗
「じゃあ、早速……」
物は試しと早速実行しようとするが、すぐにアイミスからストップがかかる。
〖急激な使用は悪影響が懸念されます。まずは最低値から徐々にお願いします〗
「わ、分かったよ。じゃあ思考加速とやらから」
アイミスに言われた通り念じると、僕の認識と周りの景色に段々とズレが生まれ始めた。スマホを取り出してタイマーを動かしてみると、明らかに一秒が経過するのが普段より遅くなっている。
「これが思考加速か。数百倍まで可能なんだっけ?」
〖はい。ですが今は数倍で止めておくべきかと〗
「人格に悪影響があるってやつ? というかアイミスはいつも通りなんだね」
〖ナビゲーションシステムは思考/加速に合わせて調整されています。今は加速分だけ高速で会話しています〗
「そうなの? 凄いねぇ」
続けて、僕は可視領域拡大とやらも試してみることにした。
同じように念じると、視力がこれまでより大きく強化されるのが分かる。
そのまま遠くにある民家を眺めると、屋根の上の雀がハッキリと見えた。
さらに強化すると、その雀が嘴で咥えていた虫までも見えるようになった。
「これは本当に凄いや。この機能も凄いけど、地球人類には実際にこんな視力の人がいるってことだよね? それにもビックリだよ」
〖はい。それでは理解していただけたところで、一旦解除してください。暫くはこれらの機能を使いこなすために練習するのがいいでしょう〗
「うん、分かった。勉強や運動と違って、これなら楽しんで練習できそうだよ。次の適合率上昇まで頑張ってみるね」
〖その意気です。応援していますよ〗
こうして僕は本格的に人間の領域から逸脱し始めるのであった。
……この時の僕はまだ気付いていなかった。
ラスターさんが見せてくれた見えない世界が間近に迫っているということに。