q135「トイレの花子さんとは」
「……そんなことが」
灰谷家での一件のあと、僕は川谷さんと話をすることにした。
もちろん僕だけじゃなく、のっぺらぼう校長にも同行してもらった。川谷さんとは学年も違うし、色々とフォローだって必要だと思うので。
「あいや、すまんかったのう」
「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから」
「それは遠回しに、儂にしっかりしろと言っとらんかの?」
「考えすぎですよ。妖怪と関わるのに慣れたって意味です」
それにしても、今度はトイレの花子さんか。
今までが猫又に座敷童子に河童に人魚に……と古くから存在する有名妖怪だっただけに、比較的新しい妖怪であるトイレの花子さんとは新鮮だ。
もしかして都市伝説の系統は妖怪と別物かと思ったが、校長先生によればそれらも妖怪の一種らしく。改めて本来の姿になってもらったら、バッチリ頭上のカーソルが出ていた。しっかり見ないと駄目だよね、いつもながら。
「それにしてもトイレの花子さんとは。ビックリだね」
「どちらかというと、宇宙人に改造された人間の方がビックリです」
「ですよね」
ちなみに以前の事件の話だが。妖怪なら時計台の下敷きになっても平気だったんじゃないかと思って聞いてみたところ、本当に平気らしい。
なら僕のやったことは無駄だったのではと思ったが、それは否定された。
「まず、人間の川谷花子は死にます。目撃者もいるので大事件です」
「そうじゃのう。流石に三人も見ていては誤魔化しようが無いのう」
「存在しない人間の葬式に、中学生としての存在の辻褄合わせ、他にも色々大変だったかと。それに折角の学生生活が二度と送れなくなってたかも」
「うむ。いくら儂の能力で一時的に誤魔化せても、あれだけ大きな事故の被害者となれば再びバレるのも時間の問題じゃったと思うぞい。下手すると全国紙に掲載されて、他の学校すら通えんかったかもしれん」
「あと、都市伝説系の妖怪は復活するとはいえ、その場ですぐにというわけにはいきません。わたしの場合、日本の何処かの学校のトイレで再出現するので、そこからのっぺらぼう様の下へ戻るのだって簡単じゃないですもん」
二人が交互に口を開き、都市伝説系妖怪の死が如何に大変なことかを説いてくれる。これは僕の功績を讃えるというより、切実な実体験という感じだ。
どうやら都市伝説に出て来るようなタイプの妖怪は、状態が安定するまでが大変らしい。しかも川谷さんみたいに人間に化けて人間社会に溶け込むとなれば、その苦労は一入で。
「だから、本当に感謝してます。先輩が助けてくれたおかげで、わたしはこの先も楽しい人間生活を送れるんですから」
「それを言うなら学校生活じゃない? 確かに人間の生活だけどさ」
「いやはや、柳谷君には助けられてばかりじゃのう。おまけに無自覚かつ偶然というのが恐ろしいわい。何か運命めいたものを感じるのう」
言われてみれば、たしかにそうだよね。イリエだって、あの日に海に行ってなかったら助けられてなかったと思うし。琴音だって出会ったのは偶々で、琴子と再会できたのは偶然が重なったからだ。今回のことだって、そもそも件と出会っていなければ起こり得なかったことである。
元を辿ればラスターさんとの出会いが始まりで、もしかしたらラスターという集合体らが何か影響を与えているのかもしれないな。
そんなことを思考していると、急に僕の目の前でのっぺらぼう校長がペコリと頭を下げてみせた。
「本当に、感謝してもし足りんわい。柳谷君との出会いに感謝じゃ」
「ちょ、いいですって。止めてください、そんな改まって」
「わたしからも、改めてありがとうございました。この先、先輩が困っていたら全力で助けになりますから。遠慮無く言ってください」
「う、うん。ありがとう。でも本当に気にしなくていいからさ」
「わたしができることなら何でもやります。特にトイレ関係には強いですよ」
「その言い方だと、トイレの配管トラブルに駆け付ける人みたいになっちゃうよ。もしくは便秘に効果のある豆知識を披露する人?」
「先輩のためなら浣腸片手に男子トイレに特攻するのだって、やぶさかでないです。お任せください」
「お任せできないよ⁉ 絶対に嫌でしょ、後輩の女子から浣腸してもらう男子高校生の図なんて。そもそも僕は改造人間だから何も出ないし」
冗談なのか本気なのか、川谷さんたちとそんな巫山戯た掛け合いをした後で、僕らは解散となった。
一応彼女と連絡先を交換したが、了承をもらって識那さんにも説明しておくことにする。後輩の女子の連絡先なんて見つかった日には、トラブルの予感しかしないもんね。識那さんなら普通に見つけそうだし。
それにしても意外だったのは、光理の未来予知が人間限定ではなかったことである。確かに人間に化けている川谷さんは人間と言ってもいいのかもしれないけれど、本質が妖怪なのに予知の対象になるだなんて。
あとで光理に確認してみたいけど、あの子のことだから「きっとパパのハーレム候補を増やすように作用してるの」なんて残念な答えしか返って来ない気がする。そもそも未来予知の対象は神のみぞ知るらしいからなァ。
しかしながら、この先また新たなタイプの妖怪が増えていくのだろうか。
都市伝説と言えば有名なのはメリーさんの電話とか口裂け女あたりだと思うけど、それが来た瞬間に「妖怪だ」と分かってしまうのも何だかなァ。
やれやれ、二年生になっても退屈知らずで過ごせそうだよ、まったく。
そんなことを考えて溜め息を吐き、妖怪だらけの自宅へと急ぐのであった。
まさか、既に新たな出会いのフラグが立っているだなんて知る由もなく。