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q134「少女の正体とは」



「あ~そ~ぼっ」



 目の前にいる少女の口から、化け物みたいな声が響いた。

 明らかに人間の声ではない、地の底から響くような声だ。


「……君は、誰?」


「クスクスクス……誰だと思う?」


 僕の質問に、今度は可愛らしい見た目通りの声が返って来た。

 いや、見た目以上の幼い声かもしれない。まるで幼児みたいだ。


「ね~え、おにいちゃん。あたしと遊んでよ」


「な、何をするの……?」


「えっとねぇ、あたしの質問に正直に答えるゲーム。もし嘘吐いたら、体のパーツ一つずつ千切っていくの。クスクスクス……」


「え……」


 そう言って、少女は口角を大きく上げた。

 垂れ下がった髪の合間から不気味な口元が覗いている。


「それじゃあ、始めるね? 最初の質問は……あたし、だぁれ?」


「……」


 その質問で、僕は確信した。

 トイレに現れる少女で、質問が「私は誰?」と来れば、答えは一つ。


「……トイレの、花子さん?」


「クスクスクス、当たりぃ」


 そう、トイレの花子さんだ。地域によって色々なパターンがあるというが、有名なのは学校の三階にあるトイレの奥から三番目の扉を三回ノックすると「はぁい」と答えるというものだろう。


 その際に「花子さんですか?」と質問するとドアの中に引きずり込まれる話と、反対に「あたし、だぁれ?」と質問されて答えられないと引きずり込まれる話を聞いたことがある。便器の中から手が出て来るパターンもあったかな?


 それにしても怖いなァ。体のパーツを奪われるなんて、僕じゃなきゃ死んでしまうよね。僕はいくら奪われても問題無いけどさ。


「じゃあ、次の質問ねぇ」


「あ、はい」




 ――――ここに来て、僕には大きな変化が生まれていた。

 それは、冷静さを取り戻していたこと。そう、フラットになったのだ。


 最初は得体の知れなさで混乱しかなかったけど、相手の()()が分かってしまえばなんてことはない。

 何故なら、そういう存在にはこれまで山ほど出会ってきたから。正体不明だと怖いけど、相手が()()と分かってしまえばこっちのもの。


 ……トイレの花子さんって、妖怪だよね?


「クスクスクス、それじゃあ次の質問は……」


 こうなってしまうと、目の前にいるのは可愛らしい少女姿の妖怪で。

 なんということでしょう。さっきまで不気味だった笑い声も、可愛い子どもの笑い声に聞こえてくるではありませんか。


 というか、冷静になって気付いたことがある。

 この少女、高校で進級初日に掲示板の前で見かけた子だ。そういえば校長先生に聞こうと思ってて、うっかり忘れていたっけ。


「おにいちゃんは、この町の中学校にある時計台の下で、女の子を助けたことがある? マルかバツかで答えよ」


「……うん?」


 その質問に、僕は首を傾げた。

 急に質問が俗っぽいクイズ番組ふうになったのも気になったが、その内容も妙にピンポイントすぎないだろうか。


「ほら、ほぉら、答えないと爪を剥がしちゃうよぉ?」


 普通の人間なら、こんな状況だと恐怖で他のことを考える余裕が無いのかもしれない。でも僕は冷静になれているから、この状況に違和感しかない。

 そもそもトイレの花子さんって小学校のトイレとかに出るもので、それが灰谷君の家のトイレにいること自体が違和感でしかないよなァ。


「……あれ? トイレの花子さん?」


 そこで僕は、花子さんという名前に聞き覚えがあると気付く。

 それに時計台で人を助けた話も、そう言えばさっきしたばかりだ。つまり、そこから導き出された結論は……?


「なぁに? 早くしないと、本当に爪を……」


「そういえば、川谷さんの下の名前も花子だけど……」


「ぅぐッ⁉」


 その瞬間、トイレの花子さんの体が大きく揺れた気がした。

 というか、確実にビクッと反応したよね?


「……あたし、そんな人、知りませんけど?」


「何故か急に敬語になったね。なんとなく言ってみたんだけど、もしかして君……本当に川谷さんだったりする?」


「……ち、違います」


 トイレの花子さんは、僕から顔を逸らして無言になった。

 まさかとは思ったけど、川谷さんも妖怪だったのかァ。何度も経験したパターンだけど今回が今までで一番それっぽかったかもね。


「ク、クスクスクス。残念だけど、先輩……じゃなく、あなたには死んでもらうしかないみたいね。残念だけど」


「あ。今、先輩って言った」


「う、煩いですよ! 先輩……じゃなくて、あなたが死ぬのはあなたの自業自得ですから、恨まないでくださいね? それじゃあ、バイバ――――」


「ちなみに僕、殺しても死なないけど?」


「……へっ? どうして?」


「えっと、実は人間じゃないから。君は校長先生から説明されてないの?」


「……えっ? 何それ? あたし、聞いてないですよ?」


 そう言ってトイレの花子……改め川谷さんは顔を上げて僕を見た。妖怪姿だと川谷さんと別人に見えたけど、よく見たら目鼻立ちが一緒だ。


「川谷さんも妖怪なんだよね? なら、校長先生とは通じてるよね?」


「あ、はい。中学校に入ったのも、今回高校に進学できたのも、のっぺらぼう様の御力ですから。もちろんです」


「ええと、僕も校長先生の協力者なんだ。かくかくしかじかで、高校に通っている妖怪たちとも知り合いでさ」


「そ、そうなんですか⁉ 人間じゃないって、おにいちゃ……じゃなく柳谷先輩って、いったい何者なんですか?」


「それは後で説明するよ。とりあえず……そろそろトイレから出ない?」


「……あ」


 今さらだけど、僕たちは現在、トイレという個室で二人きりである。

 さっきまでは状況が状況だったから気にならなかったけど、流石に川谷さんの正体が発覚してからは気まずくて仕方ない。


 だって、僕と彼女は高校の先輩後輩という間柄なのだから。

 それが個室で至近距離となると、ちょっと……どころか、かなり恥ずかしい。


「ご、ご、ごめんなさい!」


「うん、とりあえず謎空間を解除してもらえる?」


「は、はい!」


「あと、元に戻っておいて。灰谷君は普通の人間だからビックリしちゃう……それと言うまでもないとは思うけど、このことは二人だけの秘密ね?」


「わ、分かりました。あの、色々と……なんかすみません」


「別にいいよ、知らなかったんだから仕方ないし、気にしないで。時計台のことも後で全部説明するね」


「は、はい」


 そうして漸く僕は……僕らはトイレから出ると、灰谷君と滝村さんのいるリビングへと戻った。すると二人は僕らを、妙な表情で出迎える。


「コーメイ。お前、人んちのトイレで……」


「へ?」


「……花子。先輩と仲良くなるのは別にいいのだけれど、他人の家でそういうことするのはどうかと思うわ」


「え? そういうことって……?」


 そこで僕たちは、漸く灰谷君たちが言っていることの意味を理解した。


「ち、ち、違うよ⁉ 僕たちはただ話をしていただけで、それ以上のことは何も無いからね⁉ 僕には識那さんがいるし!」


「あ、あ、あたしも違うからっ! 変な誤解しないでよ、五月ちゃん!」


 考えてみれば、僕たちは二人でそれなりの時間トイレに籠っていたわけで。

 たぶん灰谷君か滝村さんのどちらかが様子を見に来たのだろう。普通ならトイレの前で話していそうなものだが、何故か僕らは二人ともトイレの中に入って何かしていたという状況であって。



 その後、僕と川谷さんは二人の誤解を解くために必死になり。

 結局ペット自慢もそこそこに、微妙な雰囲気の中で解散する羽目になったのであった。なんてこった。



次話は一週間ほど空くかもしれません。

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