q133「後輩とは」
灰谷君の長台詞は読み飛ばして大丈夫です。
「これは世界三大奇蟲と言ってな。世界三大奇蟲とはウデムシ、サソリモドキ、ヒヨケムシのことなんだが、その奇妙な姿が忌避されがちだが実際は蠍やタランチュラみたいな毒の危険も無く飼いやすい種類でそもそも奇蟲なんかは週に一度くらいしか餌を食べないから世話だって大変じゃないしもっと人気が出てもいいと思うんだがやはり見た目の……」
「灰谷君、ストップ。いきなり飛ばしすぎだよ」
灰谷君のペット自慢が過熱する中、僕はブレーキ役として彼と後輩の間で立ち回っていた。その後輩たちが灰谷君の暴走を気にしていないみたいだし、必要無いかもしれないけれど。
それにしてもこの二人、早口で捲し立てる灰谷君を気にもせずマイペースでいられるの、ちょっと凄いかも。
僕だったら先輩の家にお邪魔したりしたら、先輩をヨイショしなければと気を張ってしまうかもしれない。
「花子、こっちにタツノオトシゴいるんだけど。ウケる」
「い、言い方が悪いよ、五月ちゃん。でも可愛いね」
そんな二人を見ていると、僕はホッと温かい気持ちになった。
件のおかげで二人を助けられたこと、本当によかったと思えるよ。
(本当に、件には感謝だね)
〖謎のヒーロークダンにも感謝ですね〗
(止めてくれる? 僕の古傷を的確に抉ってくるの)
アイミスと戯れていると、僕を横から見つめる視線が。
そちらを見ると、そこでは相変わらず灰谷君が「もっと質問してこい」と目で訴えていた。さっきまでかなり質問した気がするけど、おかわり必要?
「えっと……あ! その水槽の魚、見たことあるよ。エンゼルフィッシュだっけ」
「おお、正解だ。ちなみにその上の水槽で泳いでるのはコリドラスと言って、滅茶苦茶種類が多くてな。コレクション性もあるからついつい色々と飼って……コレクション性と言えばレオパとかコーンスネークのモルフもコレクション性があって、あとタランチュラも地表地中樹上性とか原産地によってバードイーターとか分類で……そういえばハムスターだってそうだよな。ゴールデンやジャンガリアンだって色柄で多少のコレクション性があってキャンベルのプラチナとか……」
「そういえば鳥も多いよね。手乗りの子とかいるの?」
「おお、いるぞ。文鳥も手乗りだしセキセイインコも……」
「こっちのウサギ、可愛いね。ふわもこだァ」
「そいつはネザーランドドワーフと言って、あのピーターラビットのモデルになったと言われる種類でな……」
仕方がないので、次々に質問を繰り出して灰谷君が満足するまで攻め続ける作戦に出た。これだけ種類がいるなら彼もそのうち疲れるはずと高を括ったけど、全然衰える気配が無いのはきっと気のせいだろう。
というか、彼は脳内に謎の球体でも埋め込んでいるのだろうか。よくスラスラと豆知識が出続けるよなァ。僕なんて素なら、中学校の勉強すら怪しいのに。
「先輩、ちょっとトイレ借りてもいいですか?」
「おっと失礼。一旦休憩にしようか。三人ともリビングで休んでくれ」
「あ、あとでまた見せてくださいね」
「ああ、是非とも。コーメイも寛いでくれ」
「うん、ありがとう」
ナイスだ、滝村さん。おかげで灰谷君の早口無限豆知識が止まってくれた。
しかも彼が気を利かせてくれたから休憩タイムとなり、僕たちは腰を下ろせることになった。僕はともかく後輩たちは立ちっ放しで辛いだろう。
「俺は飲み物を準備するから、座って待っていてくれ」
「あたしはトイレ」
「せ、先輩。手伝います」
「じゃあ僕は先に席を取っておくね」
「いや、うちはファミレスじゃないのだが」
冗談だったのだけれど、結局僕だけが着席する流れになってしまった。
後輩が手伝いに行ったのに、僕だけなんだか悪いなァ。
そう思っていると、川谷さんがテーブルに菓子を運んできた。
そしてそのまま僕の正面に座ると……何故か、僕の顔をジーッと見つめた。
「……うん? どうかした?」
「い、いえ。その……」
「なに? 気になることがあれば、なんでも聞いていいよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
後輩からの質問なんて、少しドキドキするなァ。
灰谷君のことか、それとも生徒会のことかな……なんて思って待ち構えていたところ、彼女からは予想外の問いかけが。
「柳谷先輩って、中学生の頃のあたしと会ったことあります?」
「え?」
一瞬、ドキッとしてしまった。
何故なら会ったことがあるから。謎のヒーロークダンとして。
でも、そういう意味ではないだろう。きっと町中でとか、そもそも中学校でも先輩後輩なのだから会う機会はあったと思うし。
しかしながら彼女たちの顔を見た記憶は無い。生徒数が多いとは言えないが、それでも全員の顔なんて覚えているはずないのだから、当たり前か。
「たぶん、無い……かな」
「そう、ですか」
「どうして? どこかで僕を見かけたことでもあった?」
「あ、いえ……その……」
モジモジとする彼女に、僕は首を傾げた。
どうしてそんな質問をしたのか気になるけど。僕のそっくりさんという可能性もあるのだし、見かけたなら見かけたと言ってくれればいいと思う。
「……柳谷先輩って」
「うん?」
「仮面を付けて、あたしたちを助けてくれた人……だったりします?」
「ブフォッ⁉」
思わぬ質問に、僕は盛大に取り乱した。
どうしてバレたんだろう。それより、まずは冷静に取り繕わないと。
「な、ななな、なん、なんのこと?」
あ、駄目だ。この反応では自分ですと白状しているも同然。
想定外すぎて反応しちゃったが、喋る前に球体のフラット機能で落ち着くこともできたのに。僕の馬鹿め。
「う、うそ……まさか、本当に……?」
「あ、いや……その……」
「ほ、本当に柳谷先輩が、あの時の……?」
「……ち、違うよ? 僕がそんな凄い人なはず無いじゃん? 何を根拠に?」
取り乱しながらも、僕は必死に否定しようとする。
それにしたって、どうしてバレたんだろう?
「……前に先輩にその話をした時「シャイだったんじゃないかな、顔を隠しているくらいだし」って言ったじゃないですか」
「え? ああ、言ったね」
「どうして顔を隠していたこと、知ってたんですか? 新聞にもヒーローの仮装としか書いてなかったはずなのに」
「えっ⁉」
「それがずっと引っかかっていたんです」
そこまで指摘されて、僕は新聞の記事を思い返す。
そして指摘通りのミスをしていたと気付き、愕然とした。
「えっと、それは……ヒーローの仮装といえば仮面だと思ってさ」
「違うなら、さっきからどうしてそんなに動揺を?」
「あー……そういえば、現場にいた人からも聞いたんだった、かな?」
「……あの時、その場にいたのはあたしたち四人と先生だけです。先生はその人を見ていなかったそうなので、そうなるとあたしたち四人のうち誰かですよね? そのうちの誰ですか?」
「え、ええと……」
しどろもどろになって、僕は思わず彼女から目を逸らす。
この川谷さんって子、普段は大人しそうなのに、ここぞという時は全力で捲し立てるなァ。これはもう言い逃れできそうにない。
「……あら? どうしたの、花子?」
「あ! ご、ごめん、僕、ちょっとトイレ」
お手洗いから戻って来た滝村さんを見て、僕はチャンスとばかりに入れ替わりでトイレに逃げ込むことにした。
後輩の女子のすぐ後に入るのもデリカシーが無いかと思ったが、今はそれどころじゃない。とにかく一旦川谷さんから離れて冷静にならないと。
「……逃がさない」
背後から冷たい声が聞こえた気がした。
けれど、流石にトイレまで追ってくるはずもないのだし。
そう思って僕はトイレに駆け込むと、カチリと鍵をかけて漸くひと息吐く。
さっきのは想定外すぎたなァ。まさか、仮装までしていたアレがバレるとは。
「ふぅ。参ったなァ……」
独り言を吐き出すと、僕はこれからどう誤魔化したものかと悩み始めた。
思い切ってこの場から逃げ出し、今後彼女たちと会わないよう立ち回るというのも一つの手かもしれない。無理がある気がするけど。
あとは正直に打ち明けつつも、重要なポイントは隠し通すとか……。
「ハァ。どう隠したものか……」
「どうして隠すの? 本当のことを話せばいいじゃない」
「まさか、そんなわけにもいかないでしょ。僕が改造人間だ~なんて話したところで、信じてもらえるわけないし……うん?」
ふと、僕は我に返る。
今、僕は誰と話していた?
「……あれ?」
てっきりアイミスの声かと勘違いしたけど、今のは頭の中ではなく何処かから声がしていた気がする。
しかし、トイレの中に誰かいるだなんてことはあるはずがない。いたら見て分かるし、それ以前に僕が使っているトイレに他人がいるわけない。
「……誰か、いるの?」
そう、いるはずがないのだ。
だがしかし、妙な感覚に嫌な予感がして、僕は思わずそう言った。
「……いるわけないよね」
「は~ぁ~い~♪」
「……え?」
すると、不意に僕の背後から声がした。
そちらに視線を向けるが、誰の姿も無い。
「……えっと、誰か……いる?」
「は~ぁ~い~♪」
さっきのは聞き間違いで済んだかもしれない。
だが、今度はハッキリと聞こえてしまった。明らかに誰かが返事をしている。
それでも僕の目には誰の姿も見えていない。
いったいこの場所で何が起きているのか分からず、困惑しながら僕は急いでトイレから出ようとドアノブに手を掛けた。
「……あれ? 開かない?」
「クス、クスクスクス……」
だが、ドアノブはビクともしない。慌ててドアを強くノックするが、まるで空気を叩いているみたいに何の手応えも無い。
目に見えているのは灰谷君の家のトイレに間違いはない。だけど、まるで別の空間にでもいるかのように現実感がない。本当にどうしてしまったんだ。
「何が、どうなって……」
「ねぇ、遊ぼうよ」
「え?」
トイレのドアに背を向けて、僕は誰もいないはずの室内を見つめる。
その声は、少し低い位置から聞こえたような気がした。
「……誰? 何処にいるの?」
「クスクスクスクス……」
不気味な笑い声とともに、それまで誰もいなかった僕の目の前にワンピース姿の小柄な少女が現れた。
少女は蓋が閉まったままの便座に座り、長い髪を顔の前側に垂らしている。その隙間から、ニタリと笑う口元が覗いている。
「あ~そ~ぼっ?」
少女の口から、野太い声が響いた。
それは、化け物のようであった。




