q131「天邪鬼の館とは」
再開します。よろしくお願いします。
美術室での一件から数日後。
僕は約束通り、天野先輩の自宅にお邪魔することにした。
「お邪魔しまーす」
「お、お邪魔しまーす……」
「べ、別に来てほしくなんてなかったんだからねっ」
今の台詞はわざとだろうか。天野先輩の場合は判断に困るんだよなァ。
そんなふうに思いつつ、僕は隣にいる識那さんに視線を向けた。
「……綺麗な人だよね」
「え? うん。識那さんに負けず劣らず美人だよね」
〖罠の回避に成功しました〗
アイミスがよく分からないこと言ってるけど、スルーしよう。
そんなわけで今日は見ての通り、第三者の識那さんに同行してもらった。べ、別に一人じゃ不安だったわけじゃないんだからね?
そんなことより天野先輩の自宅だが。
明治時代というワードから予想できたことだが、やっぱり普通の現代家屋じゃなかった。外観こそ普通を装っているけど、中身はまるで武家屋敷だ。
「この家、いったいどうなってるんですか?」
「別に、気に入ってなんかないんだからね」
「気に入ってるんですね。というか、ただのツンデレになってますよ」
妖怪天邪鬼ってなんだっけ?
それにしても張りぼて感が凄いな。一歩入れば土間や座敷があって昔の家って感じなのに、外からは全く分からない。
たぶん昔のままだと建築基準法とかに引っ掛かるだろうし、のっぺらぼう校長か誰かが手を貸して隠蔽しているのだと思う。
仮にそこが大丈夫でも、この時代に武家屋敷が建ってたら悪目立ちしかしないし、そこに住んでいるのが妖怪ではトラブルの予感しかしない。
「えっと……先輩は、ずっとこの家に?」
「そうだけど、何か?」
「いえ、随分とレトロと言いますか……」
「失礼ね。だから君のこと嫌いなのよ。レトロと言うけど、わたしにとっては愛着のある現役の我が家なんだから」
「ごめんなさい。そりゃあ愛着はありますよね、並外れて」
百年を越えて代々住み続けた家は数多あれど、百年以上ずっと同じ人物が住み続けている家は滅多に無いだろう。もしかしたら、妖怪の世界ではありきたりなことなのかもしれないけど。
ともかく、そんな愛着のある家をレトロ呼ばわりは失礼だったか。どう考えてもレトロが適切だと思うんだけど、それは言うまい。
「エアコン完備、水洗ウォシュレット完備、エレベーター付きで快適だし」
「このレトロ具合で!?」
「冗談よ。そもそも妖怪だから電化製品なんて必要無いし」
ビックリした。天野先輩でも冗談なんて言うんだね。
同じことを考えていたのか、隣の識那さんも目を丸くしている。
「ねえ、光明君? そういえば、今日はそもそも何しに来たの?」
「……お喋り、かな」
「それだけ?」
「うん、それだけ」
天野先輩の自宅がインパクトあり過ぎで忘れかけていたが、今日の目的は天野先輩と交流することなんだっけ。
最近あまりに会っていなかったから、我慢の限界を迎えたとかで。本気か分からないけど、美術室に何度も呼び出されて公開処刑されるより遥かにマシだから大人しく従おうと思ったのだった。
「一応、お菓子とか飲み物を買って来ましたけど」
「わたし、カ〇ルのチーズ味とな〇ちゃんオレンジしか口にしないから」
「許容範囲が狭すぎる! あとカー〇は販売中止したので入手困難ですよ? 西日本にならまだあるらしいですけど」
「冗談よ。別に何でもいいわ」
今日の先輩はいつもと印象が違うなァ。自宅に友人を招いているからテンション上がっているのだろうか?
すると先輩は僕たちをとある部屋に招き入れ、座卓の脇に敷かれた座布団をスッと指差した。
「別に、お構いなんてしないんだからね」
「えっと……気兼ねせず寛いでってことですかね? とりあえずお菓子と飲み物を出していいですか?」
「好きにすれば? わたしの分なんて要らないんだから」
「先輩の分もありますから、大丈夫ですよ」
「別に、嬉しくなんかないし」
そんな僕たちのやり取りを見ていた識那さんが、隣で何か言いたそうにしている。前もって先輩がこういう人だと伝えてはあるけど、初見だと複雑だよね。
「あの、わたしも座ってよろしいですか?」
「……別に」
「あ、ありがとうございます。その……お邪魔します」
「本当に邪魔……じゃないけど、ゆっくりして……なくてもいいし」
そこまで言って、先輩も識那さんも無言になってしまった。
これはいったい何だろう。もしかして先輩なりに気を遣っているのか?
でも天邪鬼の性質がこんがらがって、ワケ分からなくなってるなァ。
「たぶん先輩は、邪魔どころか来てくれて本当に嬉しいから、是非ゆっくりしていってね……と言いたいみたいだよ」
「か、勝手に意訳しないでよっ!」
「でも、合ってますよね?」
「……べ、べ、別に合ってないし!」
「あはは、先輩焦って……」
「随分仲いいんだね。二人は付き合ってるのかな? かな?」
識那さんの台詞にギョッとして隣を見ると、彼女の目が笑っていない。
これは僕でも分かる、明らかに怒っているやつだ。
「いや、そんなわけ……」
「わたしと彼が付き合ったら駄目なの?」
「ちょっと先輩!?」
「だ、駄目ですよ! 彼はわたしと付き合ってるんですから!」
「本当に? じゃあ証拠見せてよ」
「しょ、証拠?」
なんだか変な話の流れになってきたが、大丈夫だろうか?
そんなふうに思いつつ二人のやり取りを静観していると、天野先輩は識那さんにとんでもないことを言い放つ。
「ここでキスしてみせて」
「キ、キス!?」
「そう。接吻」
「な、なんでそんなこと……」
「できないの? それじゃあ、わたしが代わりに……」
「それは駄目っ!」
一歩進み出た天野先輩に、識那さんが慌てて立ち上がる。
すると彼女は何を思ったか、そのままの勢いで僕にキスをした。
「……あの、識那さん?」
「ふぇっ!? あ、あの、ごめんなさい。わたし、焦っちゃって」
「いや、嬉しいけど。でも先輩の前だし……」
「そ、そうだよね!? わ、わたし、なんてことを……」
そう言って耳まで真っ赤になった識那さんを眺め、天野先輩は何故だかニヤニヤと笑みを浮かべている。
識那さんはテンパっていて気付いてなさそうだが、もしかして識那さんを揶揄って遊んでいるのだろうか。
「ふーん? ラブラブなんだね」
「そ、そうです! だ、だから先輩さん、彼に手出ししちゃ駄目です!」
「分かったわ。それじゃあ、はいコレ」
「え? なんですかコレ?」
天野先輩が突然差し出してきたのは、何かの鍵であった。
意味が分からず首を傾げる僕に、彼女はあっけらかんと告げる。
「うちの鍵。いつでも遊びに来て、勝手に入っていいよ」
「はぁ!?」
「い、いいわけないでしょ!?」
「あ、君にも。はいコレ」
「…………え? なんで、です……か……?」
異性に合鍵を渡す行為なんて、誘惑する意味合いしか思い浮かばない。そう思いきや――――何故か次の瞬間、合鍵は識那さんの手にも渡る。
「……え? 何これ?」
「……本当に、なんで?」
あまりに意味不明で僕たちが呆気に取られていると、先輩はまたしても飄々とした台詞を言い放つ。
「別に、二人のことが心底気に入ったわけじゃないんだからね? 友達だなんて……思ってないんだからね?」
そう冗談っぽく言って、天野先輩は美術室にいる時みたいに綺麗に笑った。
なんだか今日の天野先輩は、天邪鬼というより普通の上級生という感じだ。この人、本当に妖怪天邪鬼なのかな?
そんなことを思いつつも、その後は僕も識那さんも暫く先輩と普通にお喋りをして過ごし、そこそこ楽しく過ごしたのであった。
合鍵の衝撃が大き過ぎて、心ここに在らずだったけどね。