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q129「美術室の天使とは」



 生物部の手伝いに駆り出された翌日のこと。

 生徒会室で、僕は参田会長から再び任務を与えられた。



「今度は美術部だ」


「え? でも、美術部なら先輩方の方が適任では……」


「次期部長の天野さんからご指名だよ。相当気に入られているみたいだね」


「あ……はい。分かりました」



 天野先輩かァ、随分と久し振りだな。あの人、妖怪なのに部長候補なんだ。

 そんなふうに思いながら、僕は早速彼女に会うために美術室へと向かった。


「天野先輩、元気かなァ? 美術部も新入部員……あれ?」


 ブツブツと独り言を呟きながら歩いていると、なにやら行く先がざわざわと妙に騒がしいことに気付く。

 よく見ると、何処かの教室に大勢の生徒が集まっているみたいだ。これは、いったい何事だろう。


「……うん? あそこって、美術室?」


 すると、生徒が押し寄せているのが僕の行き先だと判明する。

 目的の美術室には、入口からはみ出るほどの人集(ひとだか)りが。


「ええと……あの、これって何の騒ぎですか?」


「え? お前、知らないの? ここの美術部、滅茶苦茶キレイでお淑やかな天使の如き三年生がいるって有名なんだぜ?」


 最後尾の生徒が言うには、美術部に天使がいるらしい。

 まさかね、と思いながら。僕はそーっと室内を覗き込んだ。


「……ああ、やっぱり」


 そこにいたのは、紛れもなく天野先輩であった。

 正確には他の部員たちもいるのだが、部員も仮入部らしき生徒たちも、皆一様に天野先輩に注目している。

 どうやら今は教室の中心に置かれた彫像をデッサンしているらしいのだが、天野先輩以外の部員たちは天野先輩に視線を固定しているのだ。


「おや、柳谷君じゃないですか」


「あ、楠木先生。お久しぶりです」


 その時、僕の後ろから元担任の楠木先生が声を掛けてきた。

 先生は美術教師で美術部の顧問だから、そりゃいるよね。


「なんだか、凄いことになってますね……」


「いやあ、実は毎年恒例なんだよね」


「え、そうなんですか?」


「ほら、皆さん……天野さんの本性を知らないから」


「ああ、なるほど」


 教師が生徒の本性とか言っちゃマズい気もするけど、楠木先生は天野先輩の正体を知っているもんね。協力者だし。

 それにしたって、部員たちまであんな状態なのはどういうことだ?


「毎年恒例って、部員たちは流石に知っているのでは?」


「うちの部は掛け持ちOKだからね。天野さん以外の部員は普段、他の部に行っていることが多いんだよ。それでなくても、美術室の外の天野さんは別人すぎて部員たちですら気が付かないレベルだから」


「そんなことあります⁉」


 どうやら美術部は元々部員が少なく、天野先輩と同じクラスはいないらしい。

 だから単純な話、美術部での天野先輩と普段の彼女を見比べる機会が無いのだ。


 それに加え、恐らく彼女や楠木先生が意図的に美術室を出る瞬間を誰にも見せていないのだろう。ならば普段は別人すぎて気付かないというのも納得……するのは難しいけど、分からないではない。


 でも、それなら僕の時だけ油断し過ぎじゃない?


「毎年ね、こんなふうに大勢が仮入部してくれるんだよ。そのうち何人かは実際に入部して、活動するフリして天野さんを見るだけで終わって、僕が注意する羽目になって。それで怒られるのが嫌だから、掛け持ちの方をメインにして偶に天野さんを見に来るだけになる……っていうのがお決まりのパターンなんだ」


「そんなことあります⁉ そもそも毎年恒例って、彼女はまだ二年生でしょ?」


「ああ、うん。君だから話すけど、彼女……天邪鬼(あまのじゃく)は卒業と入学を繰り返しているからね。のっぺらぼう校長の能力で一般生徒や一般教員は気付けないし、この光景だって見慣れている一般教員は僕だけなんだよ」


「永遠のJK⁉」


 前にそんな話を聞いた気がするが、まさか無限ループしているのが知っている人物だったとは。のっぺらぼう校長も甘やかしすぎじゃない?

 それにしても、卒業した先輩が新一年生で入って来たら一人くらい気付きそうなものだけど。その辺りは流石大妖怪の能力と言うべきなのか。


「それにしても……正規の部員たちまで、この有り様とは」


「うん、凄いよね。彼女の猫かぶり」


「そっち⁉」


「この後、デッサンを回収するんだけどさ。毎年、正しいデッサンを提出するのは天野さんだけなんだよね。他は皆、天野さんをデッサンして寄こすの」


「そんなことあります⁉」


「全員、魂を籠めて描いてくるから質が悪いんだ。私も怒るに怒れなくてね」


「籠めてるっていうか、魂抜かれてません⁉ あと先生は甘やかしすぎ!」


 そう言いつつ、僕は本来の用事を思い出してハッとする。

 この状態で、僕はいったいどうすればいいんだろう。


「そういえば、楠木先生」


「はい、なんでしょう?」


「僕、生徒会長から美術部の手伝いを命じられて来たんですけど。なんでも天野先輩のご指名だとかで……」


「ああ、そんなことを言っていたね、天野さん。君に会いたいからって、かなりゴリ押ししていたみたいだよ」


「なんて迷惑な推し活!」


 すると僕のツッコミが聞こえたのか、教室の中から天野先輩の呼び声が。

 もう、嫌な予感しかしない。


「おーい、ミケくーん! 待ってたよぉ」


 その瞬間、美術室にいた全員の視線が僕に向いた。

 これは目々連だらけの部屋に閉じ込められるより怖いかもしれない。何故なら、全員の目に嫉妬の炎が宿っているからだ。


「あ、はい。お呼びでしょうか、先輩」


「うん、ずっと待ってた。会いたくて会いたくて、夜も眠れないほどに」


 その瞬間、全員の視線から殺意が溢れ出た。

 うん、もう普通に百々目鬼の視線より遥かに恐ろしいんだけど。予想はしていたけれど、天野先輩のバーカ。


「先輩、冗談はそのくらいに。それで、生徒会に何の用でしたか?」


「別に、生徒会には用事なんて無いよ? ただ単に、わたしが君と会いたかったから呼び出しただけだもん」


「先輩、冗談はマジでそのくらいに。これ以上、火に油を注がないで。僕の命が惜しかったら、ほんと、マジで」


 今にも全方位からナイフで刺されそうな四面楚歌の中、アイコンタクトで天野先輩に「マジでヤメロ」と訴える。

 すると彼女は状況を理解したのか、テヘペロの表情で僕にウインクした。


「おいおいおいおい、お前さんは何処の何方(どなた)でしょうかねぇ?」

「うちらの天野様……もとい、美術部に何か御用でしょうかぁ?」

「いったい、天使様とどういった関係性で? あぁん?」

「随分と仲よさそうですけど、ファンクラブにはご入会済みですかぁ? まだなら、聖女様の半径三十メートル以内は立ち入り禁止なんですけどぉ?」

「きるきるキルきる斬る切る伐るkill(キル)……」


 ああ、これはヤバい。マジでヤバい。

 天野先輩の呼び方が様付けとか天使様とか聖女様なのはスルーできても、ファンクラブとか殺意とかがガチ勢すぎる。


 ところでファンクラブ未入会者がクラスメイトだと、常に三十メートル以内にならない?などと現実逃避しかけたが、今はとにかく彼女を黙らせる方が先だ。

 これ以上彼女に喋らせたら、僕の生命の保証はできない。


「ええと、冗談しか言わないのであれば僕は失礼しますね。生徒会の仕事も残ってますし、天野先輩のような美人といると識那さん(カノジョ)に怒られますので」


「ええっ⁉ わたしというものがありながら、他の子とも付き合ってたの? ミケ君、酷い。わたしとは遊びだったのね……」


「ああああ! 火にダイナマイト!」


 その瞬間、見えない刃で数十回くらい刺された気がした。こっちが必死に消火活動に勤しんでいるというのに、この意地悪妖怪と来たら。

 幸い、ここに少年漫画のような異能者はいなかったので命拾いした。けれどマジで殺意は限界突破してるよね、これ。


「はい、はい! お巫山戯(ふざけ)はそこまでです! 皆さん、彼は本当に生徒会の一員として来ているので、道を開けてくださーい!」


 すると、状況を見かねた楠木先生が助け舟を出してくれる。教師が割って入ったことで、皆も今までのが本当に冗談だと理解したらしい。

 まるでモーゼのように道ができ、僕はやっと美術室へと入ることができた。


「えっと、生徒会補佐の柳谷です。皆さん、お見知りおきを」


「わたしの夫で……」

「それでは皆さん、真面目にデッサンを続けてください。柳谷君と天野さんは私と一緒に、隣の準備室へ移動してもらえますか?」


「はい、分かりました」


「了解でーす。ちぇっ」


 楠木先生、グッジョブ。あとで百億万円お渡ししますね、心の中で。

 それにしてもドッと疲れた。用件を聞くだけでこんなに疲れるとは、思いもしなかったわ。今後、天野先輩と絡む時は気を付けないと。



 未だ嫉みの視線は感じるものの、こうして僕は漸く本題に移るのであった。



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