q120「格の違いとは」
無事に念願の日焼けを果たした雪女のユノさん。
喜ぶ彼女を前に僕が罪悪感に苛まれていると、不意にノックの音がした。
「うん? 癸姫かな? はーい」
音がした部屋のドアに目を向け、僕は返事をしながら扉を開けた。
すると、廊下にいたのは土下座スタイルの何者かであった。
「……は?」
呆気に取られる僕の前で、その二人がゆっくりと頭を上げた。うち一人は見知った顔で、僕の口から自然と名前が零れた。
「ぬーさん⁉ じゃあ、もう一人って……」
そちらに目を向けて、僕は更に呆気に取られることに。
何故なら、そこにいた人物の頭部には顔が無かったからである。
「あがっ…………うん? あれ、もしかして……校長先生?」
「如何にも。のっぺらぼう、馳せ参じましてございます」
いつもと違う態度の彼にキョトンとするが、僕はすぐにその理由を悟った。
彼の視線は僕ではなく、ユノさんの方に向けられていたからだ。
「あらまあ、随分と堅苦しいですわね。そんなの別に構いませんから、そんなところに居ないでこっちにいらっしゃいませ」
「畏まりました」
「ええ……?」
フランクなユノさんとは反対に、のっぺらぼう校長はお偉いさんにでも対応するみたいな丁寧さだ。いつも「ギャハハ」と笑っているぬーさんまで大人しい。
そして二人は部屋に入ると、またすぐに土下座スタイルへ移行した。
「この度は、遠路はるばる……」
「ちょ、ちょっと待ってください! これ、何がどうなってるんですか?」
「すまぬな、柳谷君。神妖様へのご挨拶が済むまで待ってもらえるかの?」
「あら、別にいいですと申し上げましたわよ? まったく、律儀ですわねぇ」
「あっ、そういうことか」
ここに来て、僕は漸く状況を理解することができた。
いつも通り軽い琴子やフレンドリーなユノさん、それに今の彼女の見た目ですっかり忘れかけていたが、そういえば神妖というお偉いさんなんだった。
のっぺらぼう校長やぬーさんだって大妖とかいうお偉いさんのはずだけど、神妖といえばその上なんだもんね。現在の見た目がアレだから、そうは見えないが。
「ほら、頭をあげてくださいまし」
「ははっ、仰せの通りに」
「ユノさん、本当に凄い方だったんですね」
「あら、信じておりませんでしたの? けれど肩書きなんて、自ら誇示するようなものではございませんわ。本当に凄い者ならば自然と周りが敬うものでしょう?」
なんて立派な妖怪だろうか。理想の上司に選ばれそうである。
でも、それはつまり現在進行形で敬われている自分は本当に凄いんだぞと言っているように聞こえなくもないんだが。考えすぎかな?
「お久しぶりでございます、神妖様。お姿を拝見できることを大変嬉しく……」
すると、ユノさんの姿を目にした校長の動きがピタリと止まった。
顔が無いから表情の変化も分からないけど、なんとなく察しが付くわ。
「……?」
「……だ、なぃ」
のっぺらぼう校長とぬーさんが顔を見合わせ、互いに首を傾げている。
うん、これって日焼けした雪女の変貌ぶりに戸惑ってるよね、たぶん。
「ええと、校長先生」
「は! な、なんじゃろか、柳谷君」
「かくかくしかじかで、こちらは神妖の雪女、ユノさんで間違いありません」
「そ、そうじゃったか。神妖様、大変失礼いたしました」
「あまりの変化に我が目を疑ったなぃ」
「おーっほっほっほっ! どうです、素晴らしい肌でしょう? 心行くまで賞賛して構いませんことよ。おーっほっほっほっ!」
ドラマに登場するセレブのような高笑いで、ユノさんが誇らしげに胸を張る。
だが一方の大妖コンビは、ギャルのような異様さに言葉を失っていた。
「……ほ、ほう! こ、これは、えー、その……み、見事な小麦色の肌でございますですのう! 流石は神妖様でございますですじゃ」
「だ、だなぃ! 念願叶ったみたいで我が事のように嬉しいなぃ! なぃ!」
なんとか褒めようと四苦八苦する二人の姿に、僕は必死に笑いを堪えた。
特にぬーさん、いつもの訛りはどうしたの? 普通に話せるんじゃない。
「そうでしょう、そうでしょう! 長年の夢が叶いましたわ!」
「素晴らしいですじゃ、神妖様」
「だ、だなぃ」
「それもこれも、全て人間さんのおかげですわ! 彼のこと、我ら妖一同でもって全力にてお支えしてくださいまし。いいですわね?」
「ははぁ」
「仰せのままに」
「うぉい⁉ そ、そんなことしなくていいですからっ!」
「いけませんわ。それではわたくしの気が済みませんもの」
急に矛先が自分に向き、僕は慌てて口を開いた。
しかし次の瞬間、のっぺらぼう校長とぬーさんが僕の肩をガシッと掴む。
「ならんぞ、柳谷君」
「だ、なぃ」
「えっ?」
「神妖様と儂らでは格が違うのじゃ。御命令は絶対、甘んじて御受けせい」
「そう、正に神の如き御方だなぃ。おめぇさんはただ黙って従えばいいなぃ」
「いや、僕は人間だから関係無いですし。ねえ、ユノさん?」
僕がそう言った瞬間、大妖コンビが慌てて僕とユノさんの間に割り込んだ。
「も、申し訳ございません! 若さゆえの過ち、何卒お許しを!」
「この人間、悪気があってのことではありんせんなぃ! おぃがよーく言い聞かせておきますんなぃ、何卒ご容赦いなぃなぃ!」
落ち着いてほしいな、二人とも。特にぬーさん、それ何語?
僕が困ってユノさんをチラッと見ると、何故か彼女は僕にウインクをした。
「彼の言う通りですわよ。彼はわたくしの大恩人なんですから、わたくしより彼の言葉が尊重されるべきではございませんこと?」
「仰る通りでございますですじゃ」
「その通りだなぃ。おぃもそう思うなぃ」
「掌返しが速すぎる!」
普段と比べると見る影もない大妖コンビに、僕は呆れて何も言えなくなる。
きっと立場が上の大妖だからこそ媚び諂ってるんだろうけど、傍から見たら情けないことこの上ないんだが。
……そんなふうに思っていると、再び部屋のドアがノックされる。
また誰かが来たのかと油断し、僕が扉を開けると――――
「ちょっと、お兄ちゃん? さっきから煩いんだけど」
「え? 癸姫……ヤバッ⁉」
無警戒に扉を開けてしまったが、部屋にはのっぺらぼう校長やぬーさんがいる。
その姿を癸姫に見られてはマズいと、僕は慌てて癸姫の前に立ち塞がった。
「何よ? 何がヤバいの? 何を隠してんのよ?」
「い、いや、別に……」
「……えいっ!」
「わ、わあ⁉」
「……何よ、何もないじゃない? な~に焦ってんの?」
「……え?」
スルリと僕の横をすり抜けて部屋に入った癸姫だったが、彼女はキョトンとしてつまらなそうに部屋から出てしまう。
だがしかし、部屋の中にはまだ妖たちがいる。もしや、見えてないのか?
「……さっきから誰と喋ってたの?」
「え? あ、ええと……ス、スマホ! スマホで友達と、ね」
「……そう? それなら仕方ないけど、もう少し静かにしてよね」
「あ、うん。ごめんね」
そうして癸姫が部屋から去った後で、僕は驚きのあまり声を出してしまっていたことを反省し、再度念話に切り替えた。
(ええと……今さらですけど、校長先生とぬーさんの姿って見えないんですか?)
「こりゃ、すまんかったのう。儂らもこうして妖の姿になっとる時は、見えるも見えんも自由にできるんじゃよ」
「おぃがそこに協力すれば、気配さえ無くせるなぃ。さっきも、それでこの部屋まで気付かれずに来れたなぃ」
(なんだ、ビックリしたァ。それならそうと、先に行ってくださいよ)
「罰として、お二人はこの人間さんに絶対服従ですわ」
「仰せのままに」
「分かったなぃ」
(状況をややこしくしないでください! まったくもう……)
そうして、想定外の来客で巻き起こった騒ぎは、漸く終わりを迎えたのだった。
それにしても皆さん、そろそろ帰ってくれないかなァ?