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q119「日焼けとは」



(ユノさん⁉ 大丈夫なんですか⁉)


「あら、融けてしまいましたわね」



 呑気にそう呟く、雪女のユノさん。

 だが、本人の呑気さとは裏腹に事態は深刻であった。


(ど、どどど、どうしよう⁉)


「大丈夫にゃ」

「落ち着くのじゃ」

「神妖様には屁でもないポン」

「見た目はグロテスクですけどニャ」

「驚くのも無理はないの。けど、見た目に反してノーダメージなの」


(ほ、本当に……?)


「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、この通りですわ」


 ユノさんがそう言うと同時に、彼女の体が元に戻る。

 まるで、融けて崩れる雪だるまの映像を逆再生したみたいだ。




 事の発端は、ユノさんの日焼けに協力する話になったところで。

 夏の日差しが駄目、けれど冬の日差しでは弱すぎるというから、ならば夏と冬の中間でギリギリ融けないあたりを探ればどうかと僕が提案したのである。


 そこで、僕の熱操作の機能を応用しつつ紫外線も調整してみたのだが、どうやら少し強過ぎだったらしい。結果、ユノさんの体はみるみる融けたというわけだ。

 彼女の見た目は普通の人間と変わらないから、目の前で人がドロドロに融け出すなんてホラー以外のナニモノでもない。正直チビるかと思ったよ。


(ああ……本当に大丈夫なんですね)


 みるみるうちに再生が進み、ユノさんはすっかり元通りになった。

 漫画みたいに「ハァハァ、死ぬかと思ったぜ」なんて苦しそうな様子もないし、本当にノーダメージだったみたいだ。心配して損した。


「体が崩れるのは気分がいいものではありませんが、腐ってもわたくし神妖と呼ばれる存在ですわよ。このくらい、なんてことありませんわ」


(それならよかったです。けど、この方法はショックが強いですね)


「あら、問題無くてよ? 続けてくださいます?」


(けど、また融け……)


「何事もチャレンジですわ。怖気づいて何時までも登らないでいたら、その山の高さなんて分かりませんわよ?」


 なんだかカッコイイなァ。今の時代、登らずとも科学の力で計測できるけどね。

 それはともかく、チャレンジャーなユノさんの意思を尊重し、僕は再び熱操作と紫外線調整のために機能を使い始める。


「あら、また融けてしまいましたわ」


(……では、もう少し弱く)


「今度は全く影響ありませんわね」


(では、今度はもう少し強く)


「あら、またまた融けてしまいましたわ」


(……微妙に弱くします)


「まだ融けてしまいますわねぇ」


(毎回ショッキングな画を見せられる僕の身にもなってぇ⁉)


 こういうの、SAN値減少って言うんだっけ? TRPGで聞いたことあるな。

 普通なら、目の前で人が融けるなんてのをリアルで見たら、誰でも発狂モノだ。いくら僕がフラットになるとはいえ、こう何度も見せられては心労が溜まるわ。


「大丈夫ですわ。あとちょっとじゃありませんこと」


(僕が大丈夫じゃないんです! そもそもリアルで人が融けるなんて、普通の人は一生見ること無いからね⁉)


「わたくし、人ではありませんからねぇ」


(ごもっとも!)


 そうして少し取り乱したが、その後フラットになった僕は実験を再開した。

 確かに彼女の言う通り微調整の段階だから、あと少しなんだよなァ。


(では、このくらいなら……)


「あら、融けませんわね」


(もう少しだけ強く……)


「まだ弱いですわ。もっと、くださいな」


(もうちょっとだけ……)


「ああ! いいですわ! そこ、そのくらいの強さがいいですの!」


「なんだかエロいことしてるみたいだにゃ」

「たわけ! 二人は真面目なんじゃから、茶々を入れるでないわ! たしかにワシもそう思ってしまったけれども!」

「ぼ、ぼくの専売特許が奪われてしまったの。ぼく、負けてられないの」

「厄介な専売特許だポン。相棒、ヤバいやつに目を付けられたポン」

「お姉ちゃん、神妖様にも怯むことなくマイペースで立派ニャ」


 外野が煩いけど、ユノさんとの実験は順調だ。

 どうやらちょうどいい強さが見付かったみたいだし、あとは暫くこのまま維持すればいいのかな。日焼けってどのくらいでなるものなんだろう?


「あ……」


 すると間もなく、ユノさんの肌に変化が現れた。

 彼女の肌は、美しく真っ白な状態から徐々に変化し――――



「……融けましたわ」


(ですよね!)



 ――――やがて、じわじわと融け始めたのであった。


 少し考えれば分かることだけど、ギリギリ融けない強さでもそれを浴び続けたら融けるに決まってる。春だろうが秋だろうが、アイスがいずれ融けるのと一緒だ。

 雪女とアイスを一緒にしたら怒られそうだけど、たぶん合ってると思う。


「なら、もう少し弱めでやってみませんこと?」


(結果は同じだと思いますけど)


「何事も続けることが大事ですわ。人類だって、コツコツ挑戦し続けたからこそ宇宙にだって到達できたのではなくて?」


 さっきから微妙に名言っぽいことを言うけど、微妙に心に響かないんだよなァ。

 それは言葉が悪いわけじゃなく、やってることがやってることだからだ。もういっそ、ペンキでも塗ったらいいんじゃないかな?


(もういっそ、何かで茶色に塗ってみたらどうです?)


「それはもうやりましたわ」


(やったんかーい!)


「けど、それではやっていることがギャルと同じですの。わたくしはあくまで、本物の小麦色に焼けた肌を手に入れたいわけですから」


(今時、ギャルももうやってませんけどね……)



 その後、彼女の言うがまま実験を続けたが、弱めて長時間やろうが何をしようが結果は同じであった。うん、知ってた。

 駄目元で紫外線だけにしてみたが、それも結果は同じ。そもそも雪女と人間の肌って構造から違うと思うんだけどなァ。


(いっそ、強火で一気に焼いてみますか? なんちゃって……)


「それももうやりましたわ」


(やったんかーい!)


「けれど、ただただ融けるばかりですの。一応、試してみます?」


(ただただ融ける姿を見せられる僕の心労を鑑みてください。嫌ですよ)


「他に何かアイディアはありませんの?」


(ええ? 他にって言われても……)


 こうなってくると、最早アイミスに頼るくらいしか方法が無い。

 けど、雪女を日焼けさせる方法なんてアイミスでも無理じゃないかな。というか普通に呆れられて終わりな気がするけど。


(ねえ、アイミス? 一応聞くけど、そんな方法無いよね?)


〖ありますよ〗


(あるの⁉)


〖あります。宇宙最高の叡智を舐めないでください〗


(ごめんなさい。こんなことなら、最初からアイミスに聞けばよかった)


 そうしたら美女がドロドロに融解するのなんて見ずに済んだのにね。

 そんなふうに思いつつ、僕は宇宙の叡智とやらを教授してもらう。


(……ユノさん。方法が見付かりました)


「……え? ほ、ほ、本当ですのっ⁉」


(はい。早速やっちゃっていいですか?)


「ま、ま、まだ心の準備ががが……い、いえ、やってくださいまし」


(では、早速)


 すると間もなく、彼女の真っ白な肌はスーッと見事な小麦色へ変わった。

 その様子に、ユノさんは言葉を失って驚愕するばかりであった。


(どうですか?)


「…………何百年と叶わなかった夢が、こんなにあっさりと」


「にゃ? いったい、どうやったのにゃ?」

「何が起きたか全く分からんのじゃが」

「詳しく説明するポン」

「できるだけ分かりやすくお願いしますニャ」

「パパ、二十文字以内で答えるの」


(光理、それはちょっと無理があると思うよ)


「で、で、ですが、本当にどうやったんですの?」


(えっと……)


 種を明かせば、実に単純な方法である。

 ものすごく簡単に言えば、肌に色を乗せただけ。彼女がかつてやったというギャル式のメイクと同じなのだ。


 けれど化粧やなんかでは、触ってそれが落ちてしまうとバレるわけで。そうなれば彼女は納得できず、また振り出しに戻ることだろう。

 しかしながら、そこは宇宙の叡智である。単に色を塗ったのとは違い、彼女の肌に施したのは色落ちすることのない科学の色彩なのだ。


(……企業秘密です)


「そ、そうなんですの?」


(はい。ですが、間違いなく日焼けと呼べる結果かと)


「……とても嬉しいですわ。人間さんに頼んでみて正解――――いいえ、大正解でしたわね、フフッ」


 そう言って朗らかに笑う彼女を見て、僕は幸せな気持ち……ではなく、少しばかりの罪悪感を抱いていた。

 何故ならこの方法、実は彼女を騙していると言えなくもないからである。


 そもそも雪女の肌は白。それが変化することなど無いと、アイミスはハッキリ断言した。つまりは日焼けなんて絶対に不可能なのだ。

 ではどうして小麦色の肌を手に入れられたかというと、単に僕の分体を応用してそう見せかけただけ。科学の色彩なんて言ってはみたが、その実プロジェクションマッピングのようなもの。彼女の肌に一枚分プラスしただけの、超単純な詐欺行為であった。


 だから触ろうが伸ばそうが、なんなら普通の日焼けと違っていくら時間が経過しようが元に戻ることは無い。僕が解除しない限りはね。

 けど、本当は彼女の肌は真っ白なままなのだ。ゆえに少し心苦しいわけで。


「ああ……ついに、憧れの小麦色の肌……」


「すげぇにゃ」

「まさか本当に叶えてしまうとは、天晴じゃ」

「流石は相棒だポン」

「流石ぼくのパパなの」

「流石ですニャ」

「ありゅじしゃま~しゃしゅぎゃ~」


(…………ウン、ソウデスネ)


 しかし、今さら真実を告げることなどできようか。いや、できない。

 だけどユノさんが幸せそうだし、別にこれでいいんじゃないかな。メラニン色素(ひやけ)も僕の分体も似たようなものだと思うし、たぶん。


 そう考えて自分をも騙しつつ、僕は一連の騒動に幕を下ろしたのであった。



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