q118「神妖とは」
「へえ、ここがあなたのおうちですの?」
「なんで居るんですか!? 付いて来ないでって言ったのに……」
スキー旅行を終えて帰宅すると、目の前に雪女の融乃さんが居た。
たしか雪山で撒い……お別れしたはずなんだけど、どうして僕の家に僕より先に来てるんだろうか。不思議だなァ。
「帰りは楽ちんだったにゃ」
「え? 琴子たちまで。どうやってここまで?」
「神妖様に運んでもらったのじゃ」
「流石なの。フワッでビュンだったの」
「迎えの妖たちには連絡しておきましたわ」
「それはどうも。それで、いったい僕に何の御用で?」
「あら? わたくし、先程も言いましたわよ。わたくしが日焼けするため、その人知を超えた頭脳でもって知恵を貸してほしいと」
「僕は知りませんとハッキリ言ったはずですが?」
ユノさんと微妙に話が噛み合わない。
さてはこの妖、人の話を聞かないタイプだな?
「まあまあ、そう無下にするなポン」
「わたしたちを助けてくれた恩がありますニャ。少しくらい考えてあげてニャ」
「うん、まあ、それは本当に助かったけど……」
「更に言うなら、我らをここまで運んでいただいた御恩もございますぞ」
「それは僕に関係無いよね?」
「イケズですわねぇ。とりあえず、こんな場所で立ち話もなんですわ、家に上がってからゆっくり話しませんこと?」
「それ、どちらかというと僕の台詞ですよね? まあ、いいですけど……」
そうして、なし崩し的に僕の部屋に上がることになった一行。
家族の反応を見るに、ユノさんの姿も見えてはいないようだけど。ここからは念話に切り替えた方がよさそうだ。
(とりあえず、一ついいですか?)
「うん? どうかしましたの?」
(服を着てください。思春期の男子の部屋に、水着のお姉さんはマズいので)
「あら? もしかして欲情なさったのかしら。確かに男を惑わす美貌の持ち主ではありますけれど、こんな密室で鼻息を荒くされると若干ドン引き……」
(いいから早く服を着ろおぉぉぉ!)
まさかの、雪山から水着のまま到着した痴女……もといユノさんに着衣を促し、漸く僕らは話を始められた。
見えてないからセーフだけど、こんな現場を母や妹に目撃されたりしたら切腹モノだよ。もしくは識那さんや遠野さんにもね。
「初心ですわねぇ。たかが水着くらいで」
(僕、一応恋人がいるんですよ。その辺はもっと気を遣っていただけませんか?)
「それなら話は伺ってますわ。わたくしたちのことが見えるんでしたわね」
(そこまで分かってるなら、はじめっから配慮してくださいよ。もしもこの現場を見られたらどうするつもりなんですか?)
「ミケ、何か忘れとらんか?」
「たぶん、もう手遅れだポン」
「……お姉ちゃんがすみません」
「絶対に防げない災害みたいなものなの」
(しまった! もう、どこか遠くの橋の下に捨ててくるしかないのか……?)
「にゃ? 何の話にゃ?」
僕たちの冗談に、当事者はポカンとしていた。
けど、本当にどうしよう。歩く情報漏洩マシンがいては確実に今日のことが識那さんたちに伝わってしまう。
彼女たちなら説明すれば分かってくれるだろうけど、水着の美女と一緒にいたのは事実だ。面倒は避けられないし、遠野さんには絶対弄られ続けるよなァ。
「……状況はなんとなく理解できましたわ」
(え?)
「琴子ちゃん? 今日のこと、誰かに話したりしないですわよねぇ?」
「ふにゃああああっ!? も、もちろんでございますにゃ‼」
すると突然、ユノさんの微笑みに琴子が震え上がる。
僕には彼女がただ笑ったようにしか見えなかったんだけど、どうしてそんなに怖がっているんだろう?
(えっと……?)
「ウフフ。これで大丈夫ですわ。彼女、今日のことを決して言いふらさないと約束してくれましたので」
(そ、それはありがとうございます。でも、琴子のことだから……)
「大丈夫なのじゃ。神妖様に睨まれては、流石の馬鹿猫もミスせんのじゃ」
「俺たちまで冷や汗が出たポン」
(え? 今の微笑みが?)
「ミケには分からないでしょうけど、神妖様が今みたいに本気を出したら、わたしたちは絶対に逆らえないのですニャ」
「今の、滅茶苦茶怖かったの。妖同士にしか分からないオーラが全開で、当人の琴子以外も圧し潰されそうだったの」
「あら、失礼いたしましたわ。久しぶりなもので、調整が甘かったですわね」
そう言ってニコニコ笑うユノさんに、僕は首を傾げるばかりであった。
妖同士にしか分からないらしいから、僕には全く理解できないんだもの。綺麗なお姉さんがニコニコしているだけにしか見えないよ、マジで。
(まあ、そういうことなら信じます。厄介事を未然に防げて助かりました)
「これで貸しが更に増えましたわね。これならきっと、わたくしにも快く協力してくださいますわよねぇ?」
(うっ……)
ここまで計算尽くだったのだろうか。意外と腹黒そう。
けれど、ここまで色々されてしまっては流石に断り辛い。多少協力するくらいはしてあげないと、寝覚めが悪そうだ。
(……分かりました。僕にできる範囲でよければ、協力させてもらいますよ)
「わあ! やりましたわ! これで念願叶いますわねぇ!」
「おめでとうございますニャ」
「小麦色の肌の神妖様、早く見てみたいの」
「ミケも大概、お人好しじゃのう」
「ありゅじしゃま~さしゅが~しゅき~」
「相棒、頑張れポン」
(まだ、できるとは言ってないですからね? 早合点しないでくださいね?)
こうして僕は、押しかけてきた神妖のユノさんに結局根負けするのだった。
それにしても琴子の一件で凄いようにも思えるし、反面ただの変わった妖のようにも見えるし、神妖ってよく分からないままだなァ。




