q117「雪女とは」
「……少し、落ち着きましたか? 人間さん」
「はい、お手数をおかけしました」
――――琴子たちが生き埋めになったと知り、完全にテンパる僕。
そんな僕の前に現れたのは、想像もしていなかった相手だった。
「そもそも、ウチらは生き埋めくらいで死なないのにゃ」
「たわけ。まずは心配してくれたミケに礼くらい言うのじゃ」
「まあ、確かに春まで生き埋めでも死なないポン。けど、春まで動けないのは普通にキツいポン。助かってよかったポン」
「元々の原因、お姉ちゃんなんですけどニャ? だからそっちは危ないと……」
「それにしても、テンパるパパ、可愛かったの。改造人間なのにポンコツなの」
「光理? ピンチだって言ったの、君だよね?」
「ピンチはピンチなの。それは嘘じゃないの。だって雪女が助けてくれなかったら、下手すると本当に春まで埋まってたと思うの」
そう言われて、僕は雪女の方をチラリと見る。
すると彼女はにこりと愛想笑いをし、軽く会釈した。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいか」
「別に構いませんわ。それに妖のことならば、わたくしが責を負うのが本来の形。どちらかというと人間さんにお礼を言われる方が異様ですわ」
雪女はそう言って口元を隠しながら笑った。
バタバタしていたせいで驚きが半減してしまったけど、目の前にいるのは彼の有名な雪女である。実在するんだね、今更だけど。
そう、生き埋めになった琴子たちを助けてくれたのが雪女だったのだ。
急に吹雪いてきたと思ったら、目の前に琴子たちと雪女がひょっこり現れたからビックリしたよ。一瞬、白昼夢かと思ったわ。
「あなたたちも、燥ぎすぎて人間さんに迷惑をかけては駄目ですわよ。事情はのっぺらぼうたちから聞いていたから、いいですけど」
「大丈夫にゃ。ミケとはマブダチだから、ちっとも迷惑じゃないにゃ」
「たわけ。それを決めるのはミケの方じゃ」
「いくらなんでも神妖様に失礼すぎるポン」
「お姉ちゃんは怖いもの知らずニャ。そこがいいところでもあるニャ」
「姉馬鹿が酷いの。でも神妖様は優しいから、たぶん大丈夫だと思うの」
和気藹々と話しているが、彼女の正体は神妖という位の高い妖怪らしい。
琴子たちは普通の妖怪で、のっぺらぼうや大百足なんかが大妖という上の位、神妖といえばそのさらに上である。
人間で言うと、僕たち一般市民が天皇様や皇后様にお目通りするようなものだろうか。それなのにタメ口なんて、僕らの常識からしたらあり得ないよね。
けどまあ、琴子だし。怒られるにしてもいい薬になるから、静観するとしよう。
「それにしても……そろそろ頭を上げていただけないかしら」
「滅相もござりませぬ。我のような賤しき者が神妖様にお目通り致すなど、有ってはならぬ事。我のような下賤の身など、どうかお気になさりませぬよう」
「イリエ、雪女さんが困ってるから。逆に失礼だと思うよ。普通にして?」
「ははぁっ! 主の命とあらば!」
あっさり掌返しをしたイリエはさておき、僕は改めて雪女と向き合った。
神妖とやらがのっぺらぼうたち大妖と何が違うのか、僕には分からないのだし。普通に話してもいいよね?
「それで、雪女さん」
「わたくし、融乃と申しますわ。気軽にユノちゃんとでもお呼びいただければ」
「呼べるかァ! おっと、失礼しました。それでユノさん……」
「もう、イケズですわねぇ。ユノっちとかユノたそでもいいんですのよ?」
「ハハハ、ご冗談を。それでユノさん、質問があるのですが」
お茶目な雪女……改めユノさんに向き合った僕は、さっきから気になっていたことを聞いてみることにした。
実は、彼女と出会ってからずっと気になっていることがあったのだ。
「ええ、なんなりと」
「……どうして、水着姿なんですか?」
「あら? もしかして刺激が強過ぎましたかしら?」
「いや、確かに刺激的ではあるんですけど、そういうことじゃなくて」
「じゃあ、どういうことですの?」
「だから、真冬の雪山に水着姿はおかしいでしょうって話ですよ。それ、見ているこっちの方が寒いんですけど」
そこまで質問して、僕はハッとなる。
人間基準で考えていたけど、そもそも雪女なら真冬の雪山でも暑いのか?
「ひょっとして、このくらいの気温だと暑くて耐えられないとか?」
「いえ、今日は適温という感じですわね」
「じゃあ何でだよ!? 適温なら適した服を着てくださいよ!」
「ミケ、グイグイ行ってるのにゃ」
「いくら神妖様が優しいからといって、遠慮のないやつじゃの」
「俺らには今更だけど、どうしてもツッコミ入れたくて仕方がなかったポン。その気持ち、分からんではないポン」
「お姉ちゃんに負けず劣らず怖いもの知らずですニャ」
「でも、神妖様は本当に優しいから大丈夫だと思うの」
おっと、いけない。ポンちゃんの言う通りツッコまずにはいられなかったんだけど、流石に失礼だったか。
それにしてもこの感じだと、皆は水着でいる理由を知っているのか?
「大変失礼しました。つい」
「いいえ、もっと砕けていいくらいですわ。それより、この格好をしているのには深~いわけがあるんですのよ」
「わけ? それはいったい……」
するとユノさんは、神妙な面持ちで語り始めた。
その雰囲気に呑まれ、僕は思わずゴクリと息を呑んだ。
「……日焼けするためですの」
「は?」
「日・焼・け、ですわ! だってわたくし、全然日焼けしないんですのよ!?」
「……ひ、日焼け?」
「そうですわ! 長年生きてきて、未だに一度も日焼けしないんですの、信じられます? 人間のようなこんがり小麦色の肌、憧れますわ~」
「…………はい?」
あまりにくだらない理由に、僕はキョトンとして皆の方を見る。
すると皆はやれやれという感じで溜め息を吐き、苦笑いをした。
「この御方、昔っからこうなのじゃ」
「何度無理だと言っても聞かないにゃ」
「なぁーんですってぇ? 無理じゃありませんわよ、絶対にいつの日か、小麦色の肌になってみせますわ」
「……えっと、白い肌じゃ駄目なんですか? 透き通るような真っ白な肌も綺麗で素敵だと思うんですけど」
「そんな美辞麗句、聞き飽きてますわ。白くて美しいのなんて雪女なのだから当然のこと。ですから、わたくしは唯一無二の日焼けした雪女を目指すのですわ」
「はァ、そうですか……」
神妖って、何だろう?
これならいっそ、のっぺらぼう校長の方が立派な気がするんだけど。
「ミケのたらしが効かんとは、流石は神妖様じゃの」
「筋金入りだにゃ」
「拗らせすぎですニャ」
「凄い御方のはずなのに、これがあるから拍子抜けするポン」
「神妖様、夏は辛いからって冬の日差しにチャレンジしてるの。けど、数百年経っても一ミリも変わってないの。諦めない心が強すぎなの」
「……えっと、本日は助けていただき誠にありがとうございました。それじゃあ、僕たちはこの辺で失礼しますね」
「待って! 人間さん、特別な人間なのよね? だったら何かいい案はない? どうしたら小麦色の肌になれると思う?」
「し、知りませんよ。付いて来ないでくださ……その姿で抱き着かないでぇ!」
こうして、威厳より変人っぷりが際立つ彼女を前に、僕はそそくさとその場から逃げ出そうとするのであった。
なんだか、ま~た変な知り合いが増えてしまったなァ。