q116「遭難とは」
家族でスキー旅行にやって来た僕は、現地で妖怪組の皆と合流する。
そして現在、僕はゴーグル形態の光理と共に華麗な滑りを見せていた。
「光明殿! この、すのぉぼぉど……というのも楽しいものですな!」
「……そうだね。楽しいね」
「パパ、ファイトなの。練習すればきっと……たぶん、上手になると思うの。とりあえず、漫画みたいに雪に埋もれてないで一旦起き上がるの」
もちろん嘘だ。ある意味で華麗にスベってはいるが。
僕の分体にドッキングして人間のフリをしているイリエは、人生初の雪山なのに何故かスキーもスノボも華麗に乗りこなす。不思議だなァ。
そういえば、到着するなり何処かへ消えた妹はどうしているのだろう。
妖怪組の皆も、雪遊びするぞとコース外へ向かったきり姿が見えないのだが。実は既に帰ってたりしないよね?
「おお、光明。相変わらずの鈍臭さで安心したぞ」
「父さん。引っくり返ってる愛息子に最初にかける言葉がそれなの? そんなことより、癸姫は大丈夫かな?」
「その状態で妹の方を心配するなんて、本当に優しい子だな。父さん感動だ。ちなみに癸姫なら、向こうで元気に遊んでるぞ」
「そっか、流石だね、癸姫は。父さんも、僕のことは気にせず楽しんでよ」
「相分かった。光明は転んでも自分で起き上がれる子だから、父さん大して心配してないぞ。それじゃあ、また後でな」
「うん。また後で」
そう言って、父さんは僕を放って何処かへ行ってしまった。
信頼してくれるのはありがたいんだけど、密かに起こしてくれることを期待していたからガッカリなんだが。あと高校生なのに幼児みたいに言わないで?
「……ふぅ、まったくやれやれだぜ」
〖現在の転倒回数は二十二回です。そのうち、あまりに見事な転びっぷりに周囲から賞賛され、拍手喝采だった回数は……〗
「待って。止めて。僕のハートにトドメを刺しに来ないで」
〖冗談です。どうしても必要とあらば、運転をサポートしますが?〗
「自動運転の車みたいに言わないでくれる? 前に頼んだ時は頑として聞き入れなかったくせに、このタイミングで掌を返されるとむしろ憐れだよ」
「光明殿? 何を一人でブツブツ言っておられるのですか?」
うっかり声を出してアイミスと話していた僕に、イリエが近付いて来る。
さっき滑って行ったのに、もう戻って来たんだね。このまま頑張ったら、そのうちオリンピックに出れるんじゃない?
「イリエ、凄いね。どうしてそんなに上手なの?」
「はて……? 何故かと聞かれると自分でも分かりませぬが」
「わあ、天才ってやつだ」
「恐らくは、長年に渡って海神様の起こす荒波に揉まれた結果かと」
「ああ、なるほど。四方八方から海流に揉まれる海の中に比べたら、足下と重心にだけ集中すればいいスキーなんて楽勝ってことなのかな?」
〖シレッとスキーについて語っていますが、まともに滑ることができていない人に何が分かるのですか?〗
(どうして僕の心を圧し折りに来てるの? というか、話の腰を折らないでよ)
もういっそ、恥も外聞も捨ててイリエに教わろうかしら。
イリエならスキーでもスノボでも、なんならサーフィンやスカイダイビングだってあっという間にマスターして教える側に回れそうだよね。
そんなふうに考えていると、不意に光理が話に割って入る。
「パパ、ちょっとマズいかもなの」
「え? どうしたの急に」
「むむ? 光理殿か?」
「今さっき、琴子たちがコース外で雪の穴に落ちちゃったの」
「……はい?」
「……むむ?」
言っている意味が分からず、僕はイリエと一緒に首を傾げた。
雪の穴って、落とし穴でも掘ったの?
「なんか、ズボッていってキャーッてなったの。そしたら上がれなくなったみたいで、にゃーにゃー鳴いてるの」
「……ゴミのバケツにハマった猫の、おもしろ動画の話?」
「違うの。今回はマジでガチなの。わりと真面目にピンチなの」
「……え? マジで?」
青天の霹靂に、頭が付いて行かない。どういう状況だ?
自分たちだけで大丈夫だと言い張っていた琴子たちがピンチだって?
(……アイミス。詳しい状況、分かる?)
〖はい。どうやらスキー場が管理するエリアの外まで行ったらしく、折り重なった木々の上に積もった雪を踏み抜き、その下まで落下したようです〗
(それって、大丈夫なの?)
〖大丈夫とは言えません。木々と大量の雪でできた空洞のようで、飛行能力が無い限り自力での脱出は不可能と思われます〗
(嘘……でしょ? つまり、それって……)
〖遭難、あるいは孤立無援の状態と言えます。さらに運悪く、あちらのメンバーが体の小さい妖ばかりであるがゆえに、積雪の圧力に抵抗できていません〗
(そんな……)
状況を理解し、僕は一気に青褪めた。
たかが雪の穴くらいと軽く見ていたが、想像するに琴子たちは生き埋めになっているということではないか。つまり、本気で命の危機だ。
そんな状況でも頭が冷静になってくれるのはありがたいが、考えれば考えるほど焦りが募る。助けに向かうにしても、コース外では手の打ちようがない。
僕が向かえば周囲の人に不審がられるし、辿り着く前に止められるだろう。かといってレスキュー隊に頼むにしても、妖怪では無理だ。説明のしようが無い。
「ど、どうしよう……そんな場所、勝手に行けないよ」
「ならば、我が助けに向かいましょう」
「それだって同じことだよ。コース外に行こうとしたら、スキー場の人に止められちゃう。光理、件としてどうにかできない?」
「無理なの。見ることや伝えることはできても、物理的にどうこうはできないの」
「そんな……」
刹那、僕の脳裏に死という言葉が浮かぶ。
琴子や鈴子は幼児みたいなものなんだから、早く助けに行かないと長くはもたないのではないか?
そもそも、生き埋めになっているとしたら既に危険な状態かもしれない。周囲にどう思われるかなんて四の五の言ってないで、今すぐ助けに行かなきゃ。
焦るあまり、そもそもスキーが下手なのを忘れ、僕は一心不乱に駆け出した。
その結果、再び漫画みたいにゴロゴロと転がってしまい、余計に無駄な時間を費やすのであった。こんなことしている場合じゃないのになァ。