q115「スキー場とは」
正月が明け、僕は家族とスキー旅行にやって来た。
家族と言ったが、妖怪組も一緒だ。ある意味、同居家族だよね。
「ひゃっほーぅ! お兄ちゃん、早く早くぅ!」
「そんなに燥いで怪我するなよ?」
「うにゃにゃにゃにゃ! 鈴子、琴音、雪だるまを作るにゃ!」
「たわけ。こんな場所じゃと怪奇現象になるわ。もうちっと外れに移動せんか」
「恐怖……無人の雪原に突如出現した雪だるまの怪、とかでバズっちゃうニャ」
「突如というか、人間目線だと徐々に出来上がっていく感じだと思うポン」
(……皆も、危険な場所に行っちゃ駄目だよ? 時間前に戻ってね)
「パパ、ぼくが見張ってるから心配要らないの。思う存分ナンパしてていいの」
(ありがとう、光理。でもナンパじゃなくスキーに来てるの、忘れないでね)
必要な物をレンタルして外に出るや否や、癸姫と妖怪組がマイペースに飛び出して行った。癸姫は運動神経がいいし、スキー場も何度か経験しているから心配要らないだろう。いざとなれば父さんや母さんがフォローしてくれるはずだ。
妖怪組の皆も、光理が件の分身を通じて見張っててくれるから大丈夫だと思う。琴子は心配だが、それ以外の三人が付いているからね。
「それじゃあ、僕も行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。だが、本当に一人で大丈夫か?」
「あらあら。前回までは碌に滑れなくて、父さんと一緒だったのに」
「大丈夫だよ。昨日、動画配信で滑り方のコツを予習しておいたから、今日は一人で頑張ってみたいんだ」
「そういうことなら、まあ頑張ってみなさい」
「あら、現代っ子ねぇ。時の流れを感じるわ」
時の流れ……? 動画配信で予習するのが今風ってことかな?
それはともかく、僕は両親と別れて颯爽とゲレンデを滑り出す……のは無理なので、恐る恐るスタートを切った。
今日の光理はゴーグルに変化してもらっているので、光理を見ているんだか、外を見ているんだか分からない。妙な感じだ。
そうして光理と一緒に進んでいると、ふと後方から誰かが近寄って来る。
「光明殿! 無事に合流できましたな!」
「やあ、来たね。人生……じゃなく妖怪生で初のスキー場は、どんな感じ?」
「素晴らしいですな! 見渡す限り白一色で、まるで空に見える雲の世界にでも来てしまったようですぞ」
「あはは、メルヘンチックだね。その体も問題無いかな?」
「バッチリでございまする! 流石は光明殿の御業でございますな!」
「喜んでもらえたみたいで、僕も嬉しいよ。何か不具合があったら言ってね」
すると、その人物がテンション高くサムズアップで応える。
ガッツリと防寒してゴーグルとマスク完備なので、見た目では誰なのか分からない。どうやら作戦は成功したみたいだ。
「それじゃあ、初スキーといこうか。イリエ」
「ハッ! 必ずや、すきぃをマスターしてご覧に入れましょうぞ」
「うん、頑張って。でも気負うよりも楽しんでね」
僕の隣で二本足で立つ人物の正体は、イリエである。
種明かしをすると、今の彼は僕の分体を利用して人間のフリをしている。西洋のデュラハンという怪物に近いが、頭の無い僕の分体にドッキングしている形だ。某ロボットアニメの方が分かりやすいかな?
人魚の尾鰭や胴体は分体が包み込む形で保護しているため、激しい動きでもすっぽ抜ける心配は無い。それと、手足はイリエと連動して動くように調整し、前もって練習もしてきたので大丈夫なはずだ。
防寒具まみれで蒸し暑さと呼吸困難が過酷に思えるが、イリエは妖怪だからその点も問題は無い。というわけで、今日は僕が付きっきりでスキーを教えるつもりだ。
「それじゃあ、最初はゆっくり行くよ。まず、両手に持ったストックを……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから数十分後。
練習を繰り返した僕らは、軽快に滑る者と盛大に転ぶ者とに分かれていた。
もちろん、軽快に滑っているのは僕。そして転んでいるのはイリエである。
「……おかしい。こんなはずじゃなかったのに」
「おお! あちらの御仁が装着している、すのぉぼぉどとやらも楽しそうですな」
「ねえ、イリエ? 本当に今日が初めてなの?」
「それはもう。雪山自体、今日が初でございますな」
「……くっ、殺せ」
嘘だ。転んでいる方が僕で、軽快に走り回っているのがイリエである。
一体全体、どうしてこうなった?
「パパ、格好悪いの。でも、そんなパパも素敵なの」
「フォローありがとう、光理。でも、こんなはずじゃないんだよ? 宇宙パワーでスイスイ滑れる予定だったんだけど、球体の不具合かな?」
〖ただの実力です〗
(おかしくない? 宇宙の叡智でもって、スキーすら滑れないって)
〖使いこなせていないミケの問題です。球体の性能は関係ありません〗
雪山より冷たいアイミスの反応で、僕はハートを凍えさせていた。
せめて、球体のメンテナンスだから……とかの理由があれば救われたのに。
「光明殿! 我慢なりませんゆえ、すのぉぼぉどをレンタルして来ても宜しいか?」
「うん、いいよいいよ。僕は気にせず、好きに楽しんで」
「ハッ! 感謝致す!」
「わあ、本当に気にしないんだね。ちょっとだけショックだわァ」
イリエは楽しくて仕方ないのか、ひっくり返った僕には目もくれず走って行く。
普段があんな感じだから駄目な子と思い込んでいたが、実はとっても優秀だったんだね。
もしくは僕の分体が優秀なのかな。
本体はこんなんだけど。
「パパ、頑張って練習するの。千里の道も一歩から、なの」
「そうだね。これから残り九百九十九里を進まなきゃいけないと思うと憂鬱だけど、頑張ってみるよ。改造人間は心が折れることが無いから最高だよね」
「パパ、目が死んでるの。ネガティブ思考してないで、楽しく頑張るの」
「……ハァ、そうだね。僕は怪我や死ぬ心配が無いんだし、何回転んでもいいから七転び八起きの精神で頑張ってみるかァ」
「その意気なの。駄目だったら、帰ってからぼくのおっぱいを貸すから泣いていいの。だから精一杯頑張ってみるの」
「おっぱいじゃなくて、胸ね。胸を貸す。それに、今の光理はまだ小学生くらいだから、そもそもおっぱい無いでしょ? こんな時まで下ネタ止めて?」
そうして、結局僕は光理に励まされながらマイペースに練習を重ねるのだった。
次の球体の機能、スポーツ万能とかだったらいいのになァ。