q113「年初めとは」
年越し初詣を終え、僕は友人たちと別れて帰宅した。
あとはひと眠りすれば元旦である。僕、眠らないけど。
――――そして、朝。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。明けましておめでとう」
「明けましておめでとう、お父さん、お母さん。お兄ちゃんも」
「あらあら、今年は寝正月は誰もいないのね。みんな、明けましておめでとう」
我が家では、新年の挨拶はしっかりと行うのが暗黙のルールである。
家によっては挨拶が適当だったり、今風に「あけおめ、ことよろ」で済むかもしれない。けれど我が家は父の意向でそういういい加減なのは許されないし、たぶん破ったら小遣いが消滅するだろう。
僕も妹も、それが分かってるから決して巫山戯たりしないのだ。
年明け早々に大事な小遣いを失う愚行など、誰がしようか。いや、しない。
「光明。去年は勉強を頑張っていたから、お年玉は多めにしておいたぞ」
「わーい! ありがとうございます!」
「癸姫。いつもしっかりしていて、素晴らしいな。これからも光明を支えてやってくれ。はい、お年玉」
「やったぁ! ありがとう、お父さん。お兄ちゃんのことは任せて!」
「え? 僕、支えられたことあったっけ?」
「あらあら、そんなこと言うものじゃありません。癸姫はお兄ちゃんが大好きだから、陰で支えてくれているのよ?」
「ちょっ、お母さん⁉ そ、そんなことしてないし、今の話に「お兄ちゃんが大好き」のくだり要らなかったよねぇ⁉」
うん、今年も賑やかになりそうだ。
さて、軍資金も手に入ったことだし。早速灰谷君とゲームでもしようかな?
「まさかとは思うが、灰谷に連絡しようとか思っとらんじゃろうな?」
部屋に戻るや否や、妖怪組からツッコミが入る。
というか、エスパーかな?
「えっ? そ、その通りだけど。駄目なの?」
「いや、そこは識那が先だポン。彼女なんだから、ポン」
「どっちでもよくない? 向こうには順番なんて分かりっこ無いんだし」
「……ミケ? ここにいるのを何方と心得るニャ?」
「パパ、学習しないと痛い目みるの」
「……そうでした。歩く情報拡散機が居たんでしたね」
「にゃ? 今の、どういう意味にゃ? ウチ、よく分からなかったにゃ」
危ないところだった。歩く情報拡散機に見聞きされる以上、プライベートなんて無いと思わなきゃ駄目だ。前科もあるからね。
琴子が「真っ先に灰谷に連絡してたにゃ」と識那さんに伝える光景が、実にハッキリと目に浮かぶよ。あのままだったら実際そうなってただろうし。
そんなわけで、僕は冷や汗を掻きながら識那さん、灰谷君の順番で新年の挨拶をメッセージで送る。その後は特に順番に拘らなくていいから楽だったな。
遠野さん、委員長、七曲君と、綾垣さんまで送ったところで、僕は増えに増えた友人たちの連絡先を眺め、去年の慌ただしい日々を思い返す。
「本当に、沢山の人たちと知り合ったものだね」
「にゃ? 急にどうしたにゃ?」
「いや、だってさ? 急に妖怪が見えるようになって、それから琴子と出会ったり、識那さんや遠野さんと仲良くなったり、鈴子やポンちゃん、妖怪の皆やクラスの皆、生徒会や先生たち……凄く沢山の出会いがあったなと思ってさ」
「言われてみれば、そうじゃのう。ワシのところも、馬鹿猫たちと一緒じゃった」
「何気に、出会ったのは俺の方が先だったポン。懐かしいポン」
「ありゅじしゃま~あにょときかりゃ~しゅきぃ~」
「まあ、急に妖怪が見えたと言う以前に、そもそも人間じゃなくなったんだけど」
「ですが、そのおかげでわたしはお姉ちゃんと再会できましたニャ」
「ぼくも、こうしてパパの娘になることができたの」
「僕の娘ではないけどね。でも、本当に色々なことがあったなァ……」
そんなふうに想いに耽っていると、識那さんたちから次々と新年の挨拶が返って来たようで、スマホの通知音が連続して鳴り出した。
「おっと、次々と来たね」
「皆、遅い起床だにゃ」
「いや、ミケが早すぎるんだと思うポン」
「ミケ、寝てないからニャ」
「昨夜も初詣で会って、今日も朝からだなんて……パパ、今年も凄すぎるの」
「光理は今年も言い方に気を付けようね? それにしても……禍奈先輩たち生徒会メンバーや七曲君と綾垣さんの友達までメッセージを送ってくれるなんて予想外だよ。ちょっと忙しくなっちゃうなァ」
「そう言いながらも、嬉しそうなのじゃ」
「ギャハハハハ! 新年早々、天邪鬼だなぃ!」
「あ、ぬーさん。明けましておめでとうございます。そういえば本家本元の天邪鬼さんからも、ツンデレたっぷりなメッセージが来てましたよ」
今年も当然のように不法侵入していたぬらりひょんと挨拶を交わすと、僕は未だ鳴り止まないスマホを鎮めようと必死になるのだった。
結局、僕が灰谷君とゆっくり通信できたのは午後になってからで。
数多くの友人知人を有難く思う一方で、そんなふうにスマホが妖怪たちにまで普及しまくっていることに、改めて驚愕するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少しだけ慌ただしかった元日とは打って変わって、二日はのんびりであった。
というのも、メッセージをくれた友人知人たちのほとんどが親戚や関係者に挨拶回りがあるらしく、忙しくしていたからだ。
我が家の親戚は遠く離れた都道府県の片田舎にあるらしく、両親だけで行くことはあれど、僕や癸姫は一度も会いに行ったことが無く。
たまに盆正月以外で顔を合わせることはあったが、こちらから挨拶回りというのはやった経験がない。それはそれで楽だからいいんだけど。
そんなわけで、僕は正月の残りを自宅でだらだらと過ごすことに。
校長先生たちに挨拶すべきかとも思ったのだが、あちらも忙しいだろう。わざわざ忙しいところに邪魔せずとも正月明けにしよう。
決して面倒臭いから引き籠るというわけではないので、悪しからず。
「お兄ちゃ~ん。暇だからお年玉ちょうだーい」
「癸姫。今年はもっと国語の勉強を頑張りなさい。日本語がおかしいよ」
「あ、ごめーん。言い直すね。お兄ちゃん、お金欲しいからお年玉ちょうだい」
「ド・ストレート⁉ 僕は癸姫の将来が不安だよ……」
「大丈夫だって。あたし、将来はお兄ちゃんのお嫁さんになるもん」
「媚びがあからさま過ぎて、全くキュンとしないんだけど? それから、今の感じだと僕が養わないといけないって意味になるよね? お断りだよ?」
「またまた~? 本当は嬉しいくせに~」
「まったくもう……そんなことより、暇ならゲームでもする?」
「あ、誤魔化した。仕方ないなぁ、付き合ってあげるか~」
「……そりゃどうも。さて、何やろうか?」
こうして、僕の正月は大半が妹の相手で終わった。
非常にのんびりできたと言えなくもないが、正月らしさの欠片も無いなァ。
そんなふうに思いながらも、僕は新年も変わらず続く非日常な日々を想像し、小さく溜息を吐くのであった。