q111「覗き魔とは」
――――百々目鬼という妖怪がいる。
その姿は一見、美しい女性……だが、全身に数多の目玉を持ち、異様だ。
彼女は、その目で見つめた人間の精神を狂わせてしまう恐ろしい妖怪である。
そして、妖怪図鑑には他にも複数の目を持つ妖怪が載っている。
手の目、百目、そして……目々連だ。
「……で、今回の首謀者は?」
「祈紀じゃ」
「祈紀だポン」
「祈紀ですニャ」
「河童だにゃ」
「お前ら、裏切り者っ⁉」
「だから止めようって言ったのに……」
今回の犯人一味を摘発した現場で、僕は数多くの視線を感じていた。
だが今回の覗きメンバーに、百々目鬼たち危険妖怪はいない。
「……で、今回の協力者が」
「目々連なの」
「そこの壁に沢山ある目玉が、その?」
「ええ、目々連という妖でございます」
一つ目に紹介され、壁の目玉たちが申し訳なさそうに視線を落とした。
この妖怪、沢山ある目玉が全部でワンセットらしい。
百々目鬼もそうだが、目々連は目玉一つとか一組で一体分ではなく、全部で一つの妖怪である。そして質の悪いことに、目々連は何処にでも移動できるのだとか。
「じゃあ、水族館でも追跡してたってこと?」
「そうだにゃ。それをこうして、別の目玉で見られるのにゃ」
「おお、目玉が水晶玉みたいに大きくなった」
「凄いっしょ。もっと大きくしたら、ホームシアター感覚で見れるんよ」
「へえ、それは凄いね」
「つーわけで、教えてあげたんだから、そろそろ……」
「ウチらの正座、終わりでいいにゃ?」
「それはまだ駄目。あと一時間ね」
「鬼!」
「人でなしにゃ!」
「まあ、この場には人でないやつしか居ないけどポン」
懲りていない二人はさておき、僕は興味津々で目々連の目玉を覗き込んだ。
すると、そこに僕たちの今いる部屋が映し出される。どうやら他の目玉が見ている映像を映しているみたいだ。
「へえ、これは……」
「ケケケ。識那様の着替えシーンや入浴シーンを覗こうと考えていませんよね? 相変わらずのむっつりムフフなことで」
「考えてませんよ! 僕はただ、どういう原理なのかなって思っただけで……」
「ミケちん? そういうのなら、わたしがいくらでも見せたげるぜ? だから、そろそろマジで正座を……」
「原理と言いましても、そこは妖ですので。そういうものだとしか」
「ですよね」
「あの、無視しないでぇ? ホント、マジで痺れて……」
遠野さんが本気で限界らしいので、一旦解除することにした。反省の色が見えなかったら再開させようと思う。
ちなみに琴子は妖だからか、正座も全然大丈夫そうだ。どちらかというと動けずにいる状態が苦痛らしいので、別に正座じゃなくともお座りや伏せでもいいみたいだ。目を離したら動いてそうだけど。
それを言ったら遠野さんも妖なんだけど、個人差があるのかな。まさか遠野さん、辛そうに演技してるわけじゃないよね?
「うああ、痺れてヤバ――――くぁwせdrftgyふじこlp⁉」
「あ、本当に痺れてるんだね。遠野さんのことだから、そういう演技かと思って」
「痺れてる足を急に鷲掴みとは……お、鬼じゃ。真の鬼じゃ」
「酷過ぎるポン。鬼畜だポン」
「悪魔ですニャ」
「というか、無断で女性の生足に触れるのは如何なものかと。ケケケ」
「あ、ごめんなさい。そうですよね、遠野さんは女性ですよね」
「二重に酷くない⁉ ガチで痺れてるっつーの!」
そう言って憤怒する遠野さんに、僕はニコリと笑顔を向ける。
「酷くないと思うよ? 誰かさんみたいに、無断で人のデートを覗き見したわけじゃないからね」
「……本当に申し訳ございませんでした。心の底から反省しております」
「ウチも、ごめんなさいなのにゃ」
「今回はガチで怒ってるみたいポン」
「そりゃそうじゃ。初デートが中継されてたのじゃからな」
「当然の反応ですニャ。お姉ちゃん、反省するニャ」
「他人事みたいに言ってるけど、皆も同罪だからね? 前回といい今回といい、一緒になって見ているのはどういうことなのかな?」
「申し訳なかったのじゃ」
「悪かったポン」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ニャ」
「ケケケ、ぐうの音も出ませんね。申し訳ございません」
「わたしも、止められなくてごめんなさい」
すると、最後に委員長が深々と頭を下げた。
たぶん委員長は止めてくれたんだろうけど、数の差で屈してしまったのかな。
「反省しているようなので、今回だけは許します。でも次は無いからね?」
「はい」
「うむ」
「ポン」
「ニャ」
「うにゃ」
「はいなの」
「あい」
「寛大な御裁き、感謝致します。ケケケ」
「……そういえば、目々連って会話できるの?」
ふと、ずっと無言の目々連が気になって尋ねてみる。
すると目々連は悲しそうに目を潤ませた。
「会話はできないのじゃ」
「ただ、こっちの言ってることは理解してるポン」
「あと、目玉の雰囲気で言いたいことは分かるわね」
「フィーリングってやつ?」
「ああ、それは確かに。なんとなく分かるかも」
「だから、こっちの指示も伝わるのにゃ。たとえばミケたちのデートを……」
「琴子、正座二時間追加ね」
「何故にゃ⁉」
「今のはおのれが悪い」
「お姉ちゃん、反省してニャ」
「懲りないやつだポン」
「琴子、あんた覚えとけよマジで」
「ケケケ。自業自得とは正にこの事でございますね」
――――そうして事情聴取を終えた僕は、琴子たち妖怪組よりひと足先に帰らせてもらうことにした。
学校を出て、暫く歩いた頃。
僕はピタリと足を止め、その場にしゃがみ込む。
「……目々連? もし居たら、出て来てくれる?」
すると、僕が視線を向けた先。道路のアスファルトに一つの目玉が出現した。
目々連は何処にでも存在できるから、知り合いが呼べばこうして出て来てくれるらしい。さっき教えてもらったのが早速役立ったね。
「今、君が見てる映像って、琴子たちに伝わってる?」
すると目々連は器用に、首ならぬ目玉を横に振った。
これは「いいえ」ってことだね。
「それじゃあ、一つお願いしたいことがあるんだけど」
僕の申し出に、目々連が不思議そうに目玉を傾げた。
「もしもまた、琴子たちが覗きをしようとしたら……協力するフリをして、逆に覗いてる面々を僕の方に見せてくれないかな?」
所謂、逆スパイである。
意図を察したのか、目々連が「おぬしも悪よのう?」みたいに厭らしく笑う。
「仏の顔も三度までって言うからね。次に同じことしたら、その時は……」
そう言って、僕は目々連に黒い笑みを返した。
深淵を覗く者は深淵からも覗かれているのだよ、妖怪の皆。
こうして僕には心強い協力者が誕生したのだった。
後に、覗きがバレて過去最大のお仕置きが行われたかどうかは……フフフ。