q103「再・勉強会とは」
賑やかすぎる勉強会の翌日。
我が家では再び勉強会が開催されていた。
今度は全員が一年生で、灰谷君や綾垣さんも参加している。妖怪組は念のため部屋で留守番だし、ぬーさんたち三人も今日はいない。
なので、灰谷君はライカさんとニアミスである。別に意図したわけじゃないし、そもそも昨日のだって三人が勝手に来ただけだ。けど、なんかごめんね。
「コーメイ、これ教えてくれ。犬や猿などは〇〇類である。爬虫類かな?」
「おーい、生物部。遊んでないで真面目に勉強しなさーい」
「そうだぞ、灰谷っち。ちなみに答えは魚類だかんね?」
「そんなわけあるか。真面目にやる気がないなら解散する?」
昔の僕なら、大真面目に「分かった! 両生類だ!」とか言ってたかもしれないけど。流石に今となっては楽勝である。鳥類だよね?
そんな冗談はさておき、今回の一年生しかいない勉強会は前回に比べて非常に静かだ。灰谷君がたまにジョークを飛ばすくらいで、他の皆は真剣だからな。
「綾垣さん、これって室町時代でいいのよね?」
「いえ、そこは鎌倉時代だったと思うわ。ややこしいのだけれど」
「なーなー、灰谷っち。この鯨と海豚の違いって何? 目玉の数とか?」
「それは大きさの違いだな。大まかに言うと、ハクジラの仲間で四メートル以下を海豚……って、ちょっと待て。遠野さんが持ってるの、教科書でも問題集でもなく市販のクイズ本じゃないか?」
「というか、正解が目玉の数ってあり得ると思うか? 鯨は四つで海豚は八つでした~とか、どこのモンスターの話だよ」
今のは嘘だ。真面目で静かなのは委員長と綾垣さんと識那さんだけで、他は静かに巫山戯ているだけだったわ。
遠野さんと灰谷君が主犯だが、七曲君も結構そっち寄りなんだよね、意外と。
「さて、やっと期末テストも終わったし、ゲームしようぜ」
「灰谷君、現実を見て。まだテスト前だよ」
「本当にやる気が無いわねぇ。そんなんで大丈夫なの?」
「……知ってたか? こんな巫山戯てる灰谷が学年二十位内の常連で、真面目に頑張ってる俺は百位圏外なんだぜ? 嘘みたいだろ?」
「うん、灰谷君が学年二十位内の常連なのは納得いかないけど、あなたは真面目に頑張っていないから納得だわ。まず、ペンくらい持ちなさい」
このように、さっきから三人が中心になって巫山戯ているから中々進まない。
遠野さんは遠野さんで、識那さんに「ミケちんのヒソヒソってヒソヒソなのかな?」などと小声で下ネタを言って邪魔していた。全部聞こえてるよ?
そうなると遠野さん、識那さんは勉強が進まないわけで。
灰谷君と七曲君も進まない。巻き込まれて委員長と綾垣さんも進まない。
結果、僕以外は勉強が進まないという……今日って何の会だっけ?
「おーっす! 若人たち、頑張ってるかぁ!」
「うわ、何しに来たんだよ。癸姫」
そんな救いようのない状況に、闖入者が現れる。
ご覧の通り、妹の癸姫である。小学生のくせに、言い回しが中年っぽいぞ。
「わあ! ミケちんの妹さん⁉ 可愛い~!」
「おやおや、ありがとう、お嬢ちゃん。君はいい子だねぇ」
「おいコラ。年上に向かってお嬢ちゃん言うな。それと勝手に乱入するなよ」
「お兄ちゃん、可愛い妹が取られないかと心配なのは分かるけどさぁ? もっと心を広く持たないと彼女に嫌われるよー? ねー、三重籠お姉ちゃーん」
「ふぇぇ⁉ えっと……」
「誰が可愛い妹だ。あと、まだ会うの二度目なのに、識那さんに馴れ馴れしいぞ」
「つーか、この妹、自分のこと自分で可愛いって言ったぞ?」
「流石だな、コーメイ妹。やるな」
「小学生なのに、よく高校生の集団に突っ込んで来れるわね。度胸が凄いわ」
「この兄にして、この妹あり……なのかしら?」
癸姫の乱入で、勉強会は完全にカオスである。
さっきから集中できていなかったが、こうなってしまうと、もう勉強どころじゃない。皆の意識が完全に癸姫へ向いているからね。
「いったい何しに来たんだよ? 邪魔するならあっち行ってな」
「お兄ちゃん、冷たーい。いつもみたいにお膝の上でナデナデしてぇ?」
「おい待て。そんなん一度もやったことないんだけど? 皆の前でとんでもない嘘を吐くなよ。僕のあだ名がシスコンになっちゃうだろ」
「ねえ、シスコン君。わたしのこともナデナデしてぇ?」
「ほら見たことか! 遠野さん、悪ノリしないでよ……」
「シスコーン、俺のこともナデナデしろよ」
「七曲君まで⁉ 人をユニコーンみたいに呼ばないで? あと気味が悪いよ……」
「あはははは! お兄ちゃんの友達、みんな面白い……痛っ⁉」
そんなカオスを終わらせてくれたのは、意外にも父であった。
癸姫の頭に、容赦の無い拳骨が振り下ろされたのだ。
「コラ! 姫……じゃなく癸姫、光明たちの邪魔をするんじゃない!」
「いったぁ~い! 急に何すんのよ、お父さん!」
「何すんのじゃないだろう。すまないね、皆さん。気にせず続けてください」
「あ、ちょっと待って! あたしもお兄ちゃんたちと遊びーたーいー!」
「……みんな、妹と父がお騒がせしました。気を取り直して、勉強しようか」
禍を転じて福と為す、である。
ひと騒ぎ起きたおかげか、そこからは皆の集中力が上がり、勉強会らしくなった。絶対に感謝したくないけど、癸姫と父の功績だ。
しかしながら、妹は構ってほしいとか言ってくるタイプじゃないんだけどな。
僕に彼女ができてから、妙に僕に絡んで来る頻度が増した気がする。僕から識那さんを奪うつもりだろうか?
「……というか、そろそろツッコミ入れていいか?」
「うん? どうしたの、灰谷君?」
すると、唐突に灰谷君が口を開く。
シンと静まり返っていた僕らの間に疑問符が浮かんだ。
「これ、どういう面子なんだ? コーメイと識那さんだろ、遠野さん、俺、委員長は同じクラスだから分かるとして、綾垣さんと七曲さんは何故に?」
「ああ、そういえば説明してなかったね」
「守……七曲君はわたしの昔馴染みなのよ。放っておくと全く勉強しようとしないから、強制参加させたってわけ」
「私は生徒会繋がりで声を掛けてもらったのよ。なんだか部外者っぽいけど、楽しそうだから来てみようかなーって」
「綾垣ちゃん、部外者ってこと無いよ。ミケちんの友はわたしらの友だよ」
「優しいガキ大将がいるわね。でも、遠野さんの言う通りよ。こうして一緒に集まったんだから、わたしたち既に友達だと思うわ」
「ありがとう、二人とも。とっても嬉しいよぉ」
「つまりは俺たちも、もう友達だぜ? 灰谷」
「おお、陽キャのオーラが眩しいぜ。陰キャの俺は浄化されて消滅しそうだ。けど、ありがとう、七曲君。素直に嬉しいよ」
「フフッ。みんな仲良しだね」
そう言って笑った識那さんに、全員の視線が集まった。
本人は自覚が無いのだろうけど、この美少女スマイルの破壊力は凄いのだ。こうして会話が一時停止するほどに。
「ふぇっ⁉」
「……今、めっちゃ可愛かったな」
「うん。コーメイの前で言うのもアレだけど、本当に可愛かった」
「でしょ? 僕が識那さんに惚れた理由、分かってくれた?」
「うわ、惚気が酷ぇ。ムカつくわー」
「お熱いわぁ。でも、本当に可愛かったわねぇ……」
「ふぇぇ……」
皆から可愛いの集中砲火を浴び、識那さんは真っ赤になって気絶した。
ちょうどキリもいいので、このタイミングで一旦休憩となり。
その後、彼女が復活してから再開した勉強はそこそこ捗り、夕方には解散となった。
今日の勉強会を思い返してみると、お喋りと癸姫の乱入、そして識那さんの可愛さを布教したくらいしか浮かばないのだが。
こうして僕は、七曲君や遠野さんらの本番に大きな不安を残したまま、二日間に渡る勉強会を終えたのだった。