q102「続・勉強会とは」
皆で我が家に集まり、期末テストに向けての勉強会が開催された。
全員での顔合わせが済んだ後、ぬーさんとろくろ首、ライカさんは別室で僕の両親と酒盛りを始めてしまったので、結局僕らだけで勉強することに。
「なあなあ、ミケ君。ここ教えてよ」
「いや、二年生のは分かりませんって。天野先輩と根古先輩に聞いてください」
「おい、クソ餓鬼。後輩の邪魔すんな。すまんな光明、俺らまで」
「べ、別に呼んでくれなんて頼んでないんだからね。けど、ありがと……」
今日はついでで、二年生の三人も参加している。
まあ、妖怪仲間ということで構わないだろう。識那さんとも面通し済みだし。
「なあなあ、ミケちん。二人で二階に行こうぜ? もち、ミケちんと三重籠がな」
「ふぇぇ……ま、まだそういうのは早いよぉ……」
「いや、何をまんざらでもない感じになってるの? あなた、意外と……」
「柳谷。ここってどうやって解けばいいんだ?」
「七曲君はマイペースだね。でも、その聞き方って数学とかじゃない? 世界史でそんな聞き方されても、教科書を読めとしか答えられないよ?」
そして僕ら一年生は互いに教え合う形で勉強を進める。
とはいっても、遠野さんと委員長、七曲君は長く生きているからテストくらい楽勝だと思うけど。今さらだが、この勉強会ってやる意味あった?
「にゃははっ! 賑やかで楽しいにゃあ」
「お姉ちゃん、静かにニャ。みんな真面目に勉強中なんだからニャ」
「馬鹿猫妹、馬鹿猫には言うだけ無駄じゃぞ」
「まったく、やれやれだポン」
「けど、こうして普通に会話できるようになったのは嬉しいの。パパ、ぼくたちをこんなになるまで悦ばせちゃって、悪い男なの」
「光理、識那さんが理解してくれてるからって、下ネタ言い放題なわけじゃないからね? 引き続き、言い方には気を付けて?」
妖怪組は相変わらずである。
識那さんの前でも光理と会話できるようになったのはよかったけど、変なこと言い出さないかと冷や冷やするよ。今もパパって呼んでるし。
「ほらほら、真面目に勉強してちょうだい。守も、普段サッカーばかりだからテストがボロボロなの、反省して」
「え? 七曲君ってそうなの? てっきり長生きな分、成績いいとばかり……」
「所詮、通せんぼする妖だからな。頭の回転なんて必要無いし」
「開き直んなよ。それ言ったら餡子こそ、小豆研ぐだけの妖だけど委員長だぞ?」
「いや、本物の委員長ではないけどね? あと、誰が小豆研ぐだけの妖よ」
「そこは合ってるだろ。小豆洗いが小豆研ぐ以外の動きしてたら怖ぇよ」
「まあ、燃えてるだけの馬鹿よりマシよね」
「辛辣ね。別に火車は燃えてるだけじゃ……いえ、ごめんなさい。燃えてる以外に何の特徴も無いし、存在意義も無かったわ」
「天野先輩、普通に根古先輩を虐めるの止めてあげてください。根古先輩、ガチで泣きそうになってるじゃないですか」
そんな賑やかさの中でも各々、自ら決めた課題をクリアしていく。
たまに休憩を挟んだり、無駄話をしていても、そこは純粋な学生とはひと味違うよね。というか、違わなかったら問題だけどさ。
「光明君? ここ、教えてくれない?」
「うん、いいよ。識那さん。えっと、ここはね……」
このメンバーの中で唯一の純粋な学生、純粋な人間の識那さん。
彼女はすっかり慣れたのか、オドオドすることもなく皆に馴染んでいる。冷静に考えると凄いことだよね、人外の中で普通にしてるって。
告白の時もそうだったけど、彼女は案外度胸がある。
決して弱い人間なんかじゃないのだ。気弱で臆病なところはあるけれど。
「なあなあ、ミケちんはいつまで識那さん呼びなん?」
「え……」
「ふぇ……」
「そうだそうだ。彼女なんだから、下の名前で呼べぇ」
「おい、餓鬼。止め……」
「そろそろいいと思うにゃ。夫婦なら当然にゃ」
「お姉ちゃん、二人はまだ夫婦じゃないニャ」
「まあ、当人同士のタイミングってもんがあるポン」
「付き合って数ヶ月でもあるまいし、急かしてはいかんのじゃ」
「パパ、ファイトなの。顎クイして壁ドンからの、急接吻なの」
「いや、急接近みたいな言い方してるけど、今ここでそれ全部やったら頭おかしいですから。件様、人間化したらそんな感じなんですね」
「件様、気が緩んで素が出てるんだと思う。べ、別にミケ君と常に一緒で羨ましいとか、全然思ってないんだからね」
「誰もそこまで聞いてないぞ。本当に柳谷のこと気に入ってんなぁ」
なんだか途中から別の話になってたけど、僕と識那さんは皆から集中砲火を浴びてしまう。そういえば、なんとなくずっと識那さん呼びのままだったけど、恋人なら下の名前でも普通なんだよね。
だけど、そう呼ぶとなったらなったで、一つ問題があるんだよなァ。
「……三重籠さん? 三重籠ちゃん? それとも三重籠?」
「ふぇぇ……」
「どっちにしても、まだ無理っぽいね。この通り気絶しちゃうから」
「……可愛いなあ、この子」
「三重籠……しっかりしろよ」
「つーか、サラッと呼べるのな。柳谷は」
「相変わらず、たらしだにゃ」
「ヘタレたらしが普通のたらしに進化したポン」
「それって進化かニャ?」
「識那はこの先の人生、大丈夫なんじゃろうか……」
名前呼びは、どうやらもう少し先になりそうだ。
兎にも角にも、こうして賑やかなまま勉強会は続いて行く。
僕らは時に面白おかしく、時に真面目に過ごしていったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて、日も暮れてきて、ひと区切り付いた頃。
僕らの勉強会一日目はお開きの空気になり始めていた。
なお、勉強会はメンバーを変えて明日も開催する予定だ。次は灰谷君や綾垣さんも呼んであげなきゃね。
「……」
「あ、ぬーさん。ライカさんも。うちの家族、変なことしませんでしたか?」
「……いえ、別に何も。ケ、ケケ……」
「そう、ですか? なんだか三人とも顔色が悪くないですか?」
「おやや。ひ、久々の酒盛りで疲れたであるかな?」
「そう、だなぃ。今日のところは帰るとするかなぃ」
「そうですね。のっぺらぼう様にも相談……いえ、皆さんが楽しんでおられたと報告しに行かなければなりませんのでね。ケ、ケケ……」
「そう、ですか? それならいいですけど。本当に大丈夫です?」
「あ、ああ、大丈夫だなぃ。それじゃあ、またなぃ」
そう言って、ぬーさんたちは足早に去ってしまった。
本当にどうしたんだろ? いつもなら最後まで居座るくらいなのに。
「あれ? ぬーさんたち先に行っちゃったの?」
「なら、俺たちも帰るとするか」
「ミケ君、今日はお邪魔しました。サービスしてあげられなくてごめんね。そういうのは、また今度ねぇ?」
「待って。識那さんに誤解されるジョークは控えてもらえません?」
「悪いな、光明。クソ餓鬼が迷惑かけて」
「火車ってば、すっかり餓鬼の保護者だね。いいコンビだよ」
「それな。二人が生徒会に入るって決まった時は、どうなるか心配だったけど。楽しそうで何よりだわ」
「柳谷君もいるし、安心だよね。わたしたちも色々と助かるわ」
「……じゃ、じゃあね。光明君、また明日」
「うん、またね、識那さん。あとでまたメッセージ送るね」
「ヒューヒュー、にゃ」
「こら、お姉ちゃん。冷やかしてないでさっさとお暇するニャ」
「いや、俺たちは帰らないポン。妹までボケたら終わりだポン」
「パパ、この後はぼくたちの番なの。ゆっくり可愛がってほしいの」
「……光理よ、そういう質の悪い冗談は止めるのじゃ。眼鏡の時に、識那に踏み潰されて壊されても知らんぞ?」
そうして皆が帰るのを見送り、妖怪組も部屋に戻った後で。
僕は一人で居間に戻ると、家族とともに後片付けをする。
「今日はありがとうね。協力してもらっちゃって」
「いいのよ。たまにはこういう賑やかなのも楽しいわ」
「そうだぞ。また連れてきなさい。いつでも大歓迎だ」
「……お兄ちゃん、あんなに仲良しな友達がいたんだねぇ」
「ありがとう。そして癸姫は兄を見直してくれたかい? そういえば、お酒の席はどうだったの? なんだかぬーさんたちの様子が変だったけど」
「……ハハハ。少しばかり強引に飲ませすぎてしまったかな? あとで光明からも謝っておいてくれるか?」
「あらあら。あの大……職員の皆さんも、是非また呼んでちょうだいね」
「……う、うん。いいけど、変な絡み方とかしないでよ?」
大人同士の雰囲気って、僕にはよく分からないなァ。
そう思いながら、僕は楽しかった今日を締めくくったのだった。