q101「勉強会とは」
「……お、お、お、お兄ちゃんに、彼女……だと……?」
「本当に失礼な妹だね、癸姫は。まあ、言いたきことは凄く分かるけどさ」
期末テストに向けて勉強会を開催することになった僕たち。
その前準備として、僕は遂に識那さんを家族に紹介することを決めた。
以前にも妖怪談義で家には呼んでいたが、両親が仕事で妹も出掛けている日を選んでいたので、実はうちの家族と識那さんが我が家で会うのはこれが初めてだったりする。夏祭りで一度顔を合わせたことはあるけど。
「……ハハハ、よもや光明がこんな綺麗な子を連れて来るとは」
「本当に可愛い子ねぇ。まさかとは思うけど、光明に脅されてるの?」
「本当に失礼だな⁉ みんな、酷いや……」
そうやって巫山戯つつ、場の空気を温めてみたものの。
予想通りというか、識那さんはガチガチに緊張してしまっている。
「あ、あ、あ、あにょ!」
「あにょ?」
「あにょ?」
「はぅぅ……」
「父さん、母さん。そこはスルーしてあげて。余計に緊張しちゃうから」
識那さん、噛み噛みだ。今日も可愛いなァ。
そんなふうにバカップルぶりを発揮していると、両親が笑顔で口を開く。
「ハハハ、そう緊張しなくて大丈夫だよ。気楽に話してくださいね」
「それで、うちの子にどんな秘密を握られたの? 光明は話せばわかる子だから、皆で説得して解決しましょうね」
「母さん? いい加減、僕も怒るよ?」
「い、いえ! み、光明君のことが、だ、大好きで、わ、私から、こ、告白させていたただだだきままましゅた!」
「識那さん、落ち着いて。テンパってかなり恥ずかしいこと言っちゃってるし、後半は流石にちょっと噛み過ぎだよ」
彼女の真面目さが伝わって来るが、序盤からそのカミングアウトはちょっと。
フラットにはなるし、今も冷静ではあるけど。告白云々のシーンは、できれば両親には知られたくない系の話なんだけどな。少なくとも初っ端は。
「……は⁉ お兄ちゃんが玉砕覚悟で告白したんじゃなくて⁉ 目が腐ってるの⁉ むしろ五感全てが腐敗してるの⁉」
「おい、妹。またもや僕に失礼だし、その言い方は識那さんにも失礼だぞ」
「あ、ごめんなさい。つい……」
この妹は、普段から僕をどう見てるんだろう。
とりあえず女友達を連れて来るという以前の約束は有言実行でき、兄の威厳は保てたわけだが。友達を通り越して恋人を連れて来たからか、失礼が過ぎない?
「はぁ。識那さんが熱暴走で死んじゃいそうだから、今日のところはこのくらいで終わっていい? また今度にしようよ」
「そうだな。光明は出て行っていいぞ」
「そうね。あとは私たちと三重籠ちゃんでお話しするから」
「僕の家なのに⁉ それから人の彼女を速攻で下の名前呼びしないで⁉」
「ふぇぇ……」
そうやって僕が「人の彼女を」と宣言したのがトドメとなったのか、識那さんは遂に限界を迎えてしまった。今日のところは帰すしかないか。
彼女がフラフラしながら我が家を出た後、僕は家族から取り囲まれてしまう。ちなみに識那さんは密かに僕の分体が付き添い、家まで安全に送り届けた。
「……で、どうやって脅したの?」
「おい、母。いい加減、息子を信じろよ」
「こら、光明。母さんにそんな口の聞き方をするんじゃない」
「父さん、ここは僕の味方をしてくれていいと思うよ? なんで母さんの味方してるか理解不能なんだけど?」
そんな感じで場が温まったところで、僕は本格的に質問攻めに遭う。
癸姫だけは呆然としていたけど、両親の攻めは本当に容赦無かった。というか癸姫、今日はとことん失礼だよね。兄の幸せがそこまでショックだった?
「いつからそういう感じだったの? 向こうから告白されたって本当?」
「誠実なお付き合いをしているのか? 向こうのご両親と挨拶はまだか?」
「言い辛いことだけど、羽目を外しすぎちゃ駄目よ? 避妊はしっかりとね?」
「デートは日が暮れるまでだぞ? なんなら、毎回うちでデートしなさい」
「質問するなら一問一答形式でお願いします。あと高校生なんだからデートくらい自由にさせて? なんで我が家限定で……おい母、避妊とか言うの止めて?」
「お兄ちゃんに、彼女……」
「おーい、妹? そろそろ蹴飛ばしていい? 戻って来ーい」
やはり事前に顔合わせしておいてよかったな。勉強会本番で初顔合わせしてたら、グダグダでどうしようもなかったに違いない。
まあ、両親も喜んでくれてはいるみたいだし、いいんだけどさァ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして数日後、勉強会本番。
僕の家には識那さんをはじめ、遠野さんと委員長、七曲君、あと何故か天野先輩とカナ先輩、根古先輩、そして妖怪組の皆が集結した。
流石に凶悪妖怪たちと妖怪先生たちは呼ばなかったけど、言わずもがなぬーさん、あと何故かろくろ首とライカさんが勝手に来て居座っている。
まさにぬらりひょんの本領発揮だね。ろくろ首とライカさんは意味不明だが。
ちなみに灰谷君や綾垣さんは、それぞれ部活や生徒会の用事で不参加である。
まあ、妖怪メインの集会だからと裏工作で校長たちにお願いし、そういう日をピックアップしてもらったんだけどね。ごめんよ、灰谷君、綾垣さん。
「……お兄ちゃんに、友達……?」
「癸姫、知ってた? 温和なお兄ちゃんの堪忍袋にも限界ってあるんだよ? 本気の拳骨を落とされたくなかったら、少し黙って?」
「あらあら、皆さん。我が家と思って寛いでくださいねぇ」
「ギャハハハハ! 言われるまでもねぇなぃ!」
「ぬーさんは少しくらい気を遣ってください。まったくもう、しっかりと両親にも見えるよう調整してからに……」
「ハハハ、賑やかでいいな。父さんも有給休暇にした甲斐があったよ」
「なんでだよ⁉ しっかり働いてくれない⁉」
「まあまあ。有給休暇は正当な権利ですから、いいではありませんか。ケケケ」
開催前はどうなるかと一抹の不安はあったけど、両親も皆も互いに受け入れてくれたみたいで何よりである。
この面子にしようと最初から決めていたわけじゃないけど、いざ始まってみれば勉強会というより人外たちの親睦会だな。識那さんは人間だけど。
えっと、整理しておくと……うちの家族に見えていないのは妖怪組の琴子、琴音、鈴子、ポンちゃんくらいか。光理は眼鏡モードだから関係無いし。
それ以外はぬーさんも見えるモードで、一つ目はライカさんとして来ているし、ろくろ首も首を伸ばさず見えるモードらしいので問題無い。天野先輩、カナ先輩、根古先輩は元々問題が無いし、遠野さんと委員長、七曲君も同じく。
なお、イリエは今日も今日とて僕の部屋の警備役を自主的に頑張っている。
「あらあら、ライカさんもぬーさんもろーたんも、臨時職員さんなんですねぇ」
「ええ、そうなんですよ。生徒が羽目を外しすぎないよう学校から派遣されまして。我々までお邪魔してしまって申し訳ございません」
「ハハハ、構いませんよ。学校側の配慮ということでしたら、納得です。確かに、これだけ男女が揃うとなれば心配でしょうからな」
「親御さんがいらっしゃると事前に分かっていれば問題無かったのですが。一応、正式な業務として派遣された都合上、今日は一日お世話になります」
「ハハハ、いつでもいらっしゃってください。ま、早速一杯どうぞ」
「父さん、お酒はあっちで飲んで? 僕たち未成年だよ? お酒臭いってば」
「ギャハハハハ! ノンアルコールだでなぃ! おめぇたちも飲め飲め!」
「おやや、ノンアルコールでも駄目であるぞ。お酒は二十歳からであるな」
かなり無理があると思うんだけど、何故か両親はすんなりと納得している。
たぶん、ぬーさんの能力か何かだろうから、ライカさんの説明は正直何でもいいのだ。十年くらい留年してる生徒と説明しても納得しそうで怖い。
まあ、あっちはあっちで交流してくれているみたいだし、僕らは真面目に勉強会を始めるとするか。居間を使わせてもらえたおかげで、これだけの大人数でも余裕で使えるのはありがたいね。
こうして、僕らの賑やかすぎる集会が始まったのだった。