q99「カミングアウトとは」
「……ほへぇ?」
呼び出しに応じ、学校へとやって来た識那さん。
そして彼女は真実を目の当たりにして……死んだ。
「識那さーーん⁉」
「息するにゃあ⁉ 識那ァ‼」
「帰って来ーーい! 三重籠ぅ⁉」
「……ハッ⁉ わ、わたし、いったい……」
仕方のないことだ。僕らの間ではすっかり周知の事実となっていても、識那さんにとっては初めて知ることなのだから。
しかも、クラスメイトや先生、生徒会メンバーに先輩など大勢が人間に化けていたわけで。おまけに人間を殺したい凶悪妖怪までいるとなれば、識那さんが気絶するのも無理はない。
「ほんに、すまんかったのう」
「こ、校長先生まで……はぅぅ」
「おやや、また死んだのである」
「やっぱり刺激が強すぎたみたいだな」
「識那さーーん⁉」
「とりあえずさ、柳谷君は球体から元の姿に戻りなよ……」
そんな騒動を何度か繰り返し、識那さんが少しだけ慣れた頃。
彼女が落ち着いたタイミングで、僕は改めて彼女に向き合った。
「……あのね、識那さん」
「ふぇ?」
「今まで、色々なことを秘密にしてて、ごめんなさい。僕なんて改造人間なのに、人間のフリをして騙してて、ごめんなさい」
「……うん」
「これで僕の……僕たちの秘密は全部です。それで、都合のいい話だとは思うけど、もしもこんな僕たちを受け入れてくれるなら……」
「……」
「……あ、改めて、これからよろしくお願いします! 僕と友達に、できれば……その、こ、恋人になってくださいっ‼」
そう言って目を閉じたまま、僕は右手を彼女の前に差し出した。
怖くて彼女の方を見ることができない。
「……」
数秒の沈黙の後、僕の右手に柔らかい何かが触れた。
恐る恐る目を開けてみると、そこには僕の手を握る識那さんの姿が。
「あの、識那……さん?」
「正直ね、ビックリした。秘密って、もっとこう……実はいのりちゃんと黒大角豆さんと二股してるとか、天野先輩と既に肉体関係があるとか、そういう方向の話かなって。内心、ずっと不安でビクビクしてたんだ」
「識那さん⁉ 僕まだ高校一年生だよ⁉」
「三重籠、何言ってんの⁉」
「あはは……でもね、こういう秘密だなんて思ってなかったし、本当にビックリ。それはまあ、わたしの知らない妖怪がいて、光明君が密かに守ってくれてるのかなって予感はあったんだけど。まさか光明君まで人間じゃないなんて」
その言葉が、チクリと僕の胸に突き刺さる。
他の誰に言われても気にならない「人間じゃない」という言葉が、彼女に言われると酷くショックに思える。これは好意ゆえなのか。
「でもね、光明君」
すると、そんな僕を識那さんが自分の方へ引き寄せる。
彼女との距離が、一気に縮まった。
「わ、わたしが好きになったのは、そんな貴方なの」
「え?」
「人間じゃない、光明君。ううん、人間だとか人間じゃないとか関係無く、わたしの目に映る貴方のことが……その、好きになったというか」
そこまで言って、彼女は周りの目を気にして俯いてしまった。
真っ赤な顔から湯気が立ち昇っている。耳まで火照ってるや。
「それじゃあ……」
「……はい。こ、こんなわたしでよければ、こちらこそ」
「――――めでたいのにゃああああ‼」
「わっ、ビックリしたニャ。お姉ちゃん、急に大声出さないでニャ」
「じゃが、確かにめでたいのじゃ!」
「やったポン! 遂に念願成就だポン!」
「やったな、柳谷」
「ギャハハハハ! こりゃ胴上げだなぃ、皆の衆!」
「よっしゃー! やったるぜぇ、海老子!」
「はしたないですよ、久智子。けど、たまにはいいでしょう」
「ホッホッホッ。儂も参加してええかのう?」
「おやや、わらわも是非に」
「ケケケ。わたくしも」
「わあっ⁉」
「きゃあ⁉」
僕たちが無事に恋人となった瞬間、集まっていた妖怪たちが歓喜の渦に包まれた。当人たちは喜ぶ暇も無かったよ、まったくもう。
けれど、まるで自分たちのことのように喜んでくれる皆を見て、僕は打ち明けてよかったなと心から思うのだった。
「そーれ! おめでとー!」
「お幸せにー!」
「励めよ、若人!」
「……ハハッ。識那さん。今後ともよろしくね」
「う、うん! これから末永くよろしく、光明君」
そうして胴上げが終わると、皆が入れ代わり立ち代わり僕らを取り囲む。
識那さんは流石にまだ少し怖いのか、僕の腕にギュッと抱き着いている。
「三重籠、ごめんね。ずっと嘘吐いてて」
「そんなことないよ、いのりちゃん。話してくれてありがとう。大好きだよ」
「大好き、いただきました! 早速ミケ君から略奪愛カナー?」
「おい、止めろ、餓鬼。他人の幸せに水差すな、クソ餓鬼」
「いやあ、おめでたいですねぇ。クラスでお祝いの会でも開きましょうか?」
「それは止めといた方がいいと思う、楠木先生。別に、わたしたちだけでなら開いてあげないこともないけどさ」
「相変わらず素直じゃないねぇ。柳谷のこと、気に入ってるくせに」
「ケケケ。愛されてますねぇ、むっつりムフフのくせに」
「なにそれ? よく分かんないけど、今は言わない方がいい気がするわ?」
そんな中、識那さんが一層ギュッと僕に抱き着く。
そりゃあ恋人同士にはなったけど、いきなりそんな大胆に……?
そう思って彼女を見ると、何故かガタガタ震えながら青褪めている。
どうしたのかと彼女の視線を追うと、そこには凶悪妖怪たちが勢揃いしていた。
「およよ、感動で涙が止まりません。本気で鳴いてもいいかしら?」
「その初々しい姿、永遠になるようわたくしの眼力で見殺してあげましてよ」
「いやいや。もっと愛を確かめ合えるよう、纏めて絞め上げて差し上げますとも」
「二人しておいらをおぶってくれよ。そしたら初めての共同作業になるだろ?」
「ひぃっ⁉ み、光明君、た、助けてぇ‼」
「こらこら、識那さんが本気で怯えてるでしょうが。彼女を怖がらせるなら、もう分体を殺らせてあげないからね?」
僕のひと言で、凶悪妖怪たちはすごすごと退散する。
言っていることはアレだけど、見事に手綱を握った気分だ。
「パパ、すごいカッコイイの。あの問題児たちが一瞬で黙ったの」
「本当に凄いね、これは。まるでサーカスの猛獣使いだよ」
不本意な称号を貰った気がするが、とりあえずこれで識那さんが凶悪妖怪たちに脅かされる心配は無くなったはず。
これからも色々な妖怪と出会うだろうけど、二人一緒なら大丈夫だと思う。
……いや、僕ら二人と大勢の仲間の支えがあれば、かな?
「あん? 誰か来たみたいだよ。なんかキチキチって音が……」
「あ、馬鹿⁉ 今開けたら……」
「あら、大百足様じゃありませんか。お祝いに駆け付けてくださったのですね」
「……ふぇぇ」
「わあっ⁉ し、識那さーーん⁉」
「流石に大百足様は、まだ刺激が強すぎたみたいね」
「前途多難じゃな。まったく」
「にゃははっ、相変わらず賑やかだにゃ」
そうして僕らはカミングアウトに成功し、新たな一歩を踏み出したのだった。
それにしても識那さん、今日は何回気絶したんだろう? 体、大丈夫かなァ?