q97「告白とは」
大切な言葉を紡ごうと開いた僕の口は、半開きのまま止まった。
識那さんから贈られた言葉が、告白が、僕の心と頭を満たす。
僕の中にあった彼女の印象が、一気に覆されたように思えた。
美少女で、可愛くて、少し弱気で、消極的で……絶対に自分から告白なんてするタイプじゃないだろう。そう考えていたのに。
いつの間にか、心のどこかで彼女を守るべき存在だと思い込んでいた。
人間を超越した技術の詰まった球体。そんな力を手にした自分が、弱い彼女を守ってあげるべきだと勝手に思い上がっていたのだ。
けれど、彼女はそんな僕なんかよりずっと強かったみたいだ。
気持ちに気付かないフリをして、逃げて、覚悟を決めたつもりになって、剰え彼女を上から目線で見ていた僕なんかより、ずっと。
「……ハハッ」
その瞬間、僕は自分が改造人間だとか、僕たちが妖怪の見える人間だとか、そんなことが全てどうでもよく思えてしまった。
彼女はただの人間。そして僕も、臆病でヘタレな、ちょっと変わった人間。あくまで、ただの人間でしかないということを思い知ったのだ。
「……先に言われちゃったね、識那さんに」
「……えっ?」
一所懸命に抱え込んでいた思い上がりを捨てて、僕は素直な気持ちを口にする。
大層な装飾も、回りくどい言い回しも必要無い。彼女と同じように、真っ直ぐ。
「僕も……好きです。識那さんのことが好きです」
心はフラットになる。けれど、積み上げた想いは決してゼロにはならない。
そんな僕の積み重ねた想いを受け、識那さんは涙を滲ませた。
「……本当に?」
「うん。本当だよ」
「……夢、みたい」
「現実だよ。夢じゃなく現実で、僕は識那さんが好き……です」
そこまで言って、少し気恥ずかしくなる。
真っ直ぐに気持ちを口にしたのはいいが、流石にストレートすぎたかな。
「……ふぇぇ」
すると識那さんは両手で口を押さえ、ボロボロと涙を溢し始めた。
いつもの彼女。だけど、いつもよりずっと可愛く見える気がする。
「泣かないで、識那さん」
「ご、ごめんね。けど、嬉しくて……」
「僕も。好きって言ってもらえて、すごく、すごく嬉しいよ」
「ふぇぇ……」
焚き火の前で泣いていた時とは違う、温かい涙。
そんな彼女を見て、僕の心は中々フラットにならないでいてくれた。これって、もしかしてアイミスの仕業かな。それとも仕様?
「あははっ。識那さんってば」
(……ここは、識那じゃなく三重籠って名前呼びするといいの)
するとそこで、甘々で青春一色の雰囲気に耐えられなくなったのか、漸く光理が口を挟んで来る。ここまでよく耐えてくれたね。
けれど、冷静に考えると光理とアイミスにだけは全部聞かれていたんだよな。
そう思うと、かなり恥ずかしいな。まあ、彼女たちだけなら別にいいか。
(えっと、今のって全部聞いてたよね? なんだか照れるなァ……)
(もちろん聞いてたの。当然、全て中継済みなの)
――――刹那、光理の言っている意味が分からず混乱する。
時が、完全に止まった気がした。
(…………うん? ちょっと待って? 今、中継って言わなかった?)
(言ったの。一世一代の告白、ぼくだけ独り占めするわけにはいかないの)
(…………ひ、ひ、光理? 何処の誰に中継したのか、全部洗いざらい教えてくれる? まさかとは思うけど、前みたいに世界中……?)
(その辺はぼくも学習してるの。もちろん、校長室に居る皆だけに、なの)
(…………おっ、わああああァ⁉ な、何してくれてんの⁉ う、嘘だよね⁉)
さっきまでの甘酸っぱい青春色から一転、僕の顔は一気に青一色に染まる。
よく耐えてくれた……なんて褒めてる場合じゃなかった。この子、とんでもないことを仕出かしてくれていたみたいだ。
(ひひひ、光理⁉ その校長室には、誰が居るのかな⁉ 一人残らず教えて‼)
(の? えっと、のっぺらぼうと楠木、ぬらりひょん、ろくろ首、二口女、山姥、琴子、琴音、鈴子、ポンさん、一つ目、鳴き女、オバリヨン、一反木綿、百々目鬼、餓鬼、火車、天邪鬼、ぬりかべ……)
(どんだけいるのさ⁉ 僕の知らない妖怪まで居るじゃん⁉)
(あと、河童と小豆洗いも、なの)
(ぐはァ⁉ 居ちゃったか、遠野さんと委員長もバッチリ見ちゃってたかァ‼)
その衝撃はさっきの告白を上回り、僕の心は真っ白になった。
なんというか、全て台無しにされた気分だ。全世界よりはマシだろうけどさァ。
(なんか、二人が一緒に帰ったことを、琴子が祈紀に言ったの。そしたら祈紀が、面白そうだからって皆に伝えて、全員で校長室に集まったの)
(……そっか。あの二人、あとでオハナシしないとね。本気で、全力で)
(パパ、顔が怖いの。識那が首を傾げちゃってるの)
(……あっ)
そこで漸く、僕は置き去りの識那さんに気付く。
僕が念話で光理と話している間、彼女は青褪める僕をずっと見ていたのだろう。
「……えっと」
「どうしたの、光明君? 急に変な顔して」
「あ、いや……」
「もしかして、やっぱり嫌になった……とか?」
「ち、違う! そんなこと、あるはずないでしょ⁉」
「……そっか、エヘヘッ」
喜びの表情から一転して青くなる僕に、不安を感じていたのかもしれない。
安堵したのか、識那さんは再び照れた表情で頬に手を当てる。
「これって、所謂、りょ、両想い、だよ……ね?」
「う、うん。そうだね」
「……エヘヘ」
喜ぶ識那さんに対し、僕は気が気じゃなかった。
なにせ、この「エヘヘ」とかやってる姿も中継されているわけだから。
(光理、とりあえず今すぐに中継とやらを切ってくれる?)
(けど、ぬらりひょんがそのままやれって言ってるの)
(分体を取り上げられるのと、どっちがいい?)
(今すぐ切るの。ぼくはいつでもパパの味方なの)
そうして目下の課題を解決し、僕は改めて識那さんに向き合った。
彼女とは確かに両想いになれたけど、もう一つクリアしなきゃいけない問題が残っていたのだ。それも、巨大すぎる大問題が。
「あのさ、識那さん?」
「なぁに、光明君?」
「……この先の話、なんだけど」
「だ、だよね? つ、付き合うわけだから。デ、デ、デートの日取り、とか?」
「いや、付き合うっていうのは……もうちょっと待ってほしいんだ」
その瞬間、彼女の表情が絶望に染まった。
二人して赤くなったり青くなったり、忙しい日だよね。まったく。
「ち、違うよ? 僕も識那さんとお付き合いしたいとは思ってる」
「……ふぇ? じゃあ、どうしてそんなこと言うの?」
「あのね、実は……識那さんに見せたいものが、見てほしいものがあるんだ」
「……ふぇ?」
「だからね、僕に少しだけ時間をください。きちんと話がしたいから」
そう言って、僕は識那さんの目を真っ直ぐに見つめた。
すると彼女も、僕の真剣な眼差しに何かを察したのか。そのまま目を逸らさずに真っ直ぐ見つめ返してくれる。
「……分かった。わたし、待ってます」
「ありがとう。準備ができ次第、連絡するから」
「うん。ずっと、待ってる」
「……ありがとう」
そうして僕は、両想いになったはずの識那さんと決定的な答えを出すことなく、もう一つの覚悟を決めたのだった。




