q10「参拝とは」
身体強化という新機能を獲得した翌々日のこと。
学校が休みなのを利用して、僕は一人で自宅近くの神社に向かっていた。一人といってもアイミスはいるけど。
〖では、モード:身体強化を使用します〗
「うん。よろしくね」
そう言って僕は腕をぐるぐると回す。
昨日は上昇した身体能力に慣れるため、一日中ずっと身体強化したまま過ごしていた。だが今日は一旦元に戻した状態だ。
神社を選んだ理由は、ここが鳥居から賽銭箱のある拝殿に至るまで、かなりの長さの参道を有するから。正直、モード:柳谷光明のままではウンザリするほどに。
しかし強化を試すにはもってこいで、むしろワクワクしている。
「じゃあ、行くよ」
〖昨日と同じ強化でスタートします〗
鳥居から拝殿のある山まで、まずは長々と田畑の間を抜ける必要がある。山の麓に近付くと、拝殿へ続く階段の下までは緩やかな上りだ。
階段から先は車や自転車が入れないので、完全に徒歩で挑むことになる。僕は最初から徒歩だから関係無いけど。
そして数十段の階段を攻略し終えて山の中腹に至ると、漸く拝殿が見えてくる。あとは境内を歩いて抜ければ賽銭箱があり、拝殿に到着となる。
ちなみに境内の左右からは更に登山道があって、山を登ることも可能だ。先には本殿があるらしいが、そこまで行く猛者はあまり見たことがない。
それにしてもこの神社を作った人、実はドSではなかろうか。
「ハア、ハア。やっと山の麓か……」
〖道のりは長いですね〗
「ア、アイミスが応援してくれたら、もっと頑張れる気がする」
〖フレー、フレー、光明。頑張れ、頑張れ、光明。ファイト、光明〗
「よっし、頑張る!」
段々と打ち解けてきた僕とアイミスは、まるで友人同士のように冗談を言い合う仲になっていた。ナビゲーションシステムながらアイミスは良いやつだと思う。
疑似人格だからそういうふうに作られただけかもしれないが、僕は結構好きだ。
「よし、頑張った。階段まで、到着……というわけで今日は帰ろうか」
〖私、ミケが境内に立つ姿が見てみたいです。アイミスを境内に連れてって?〗
「それ、なんだっけ? 昔の漫画のネタだよね? なんでアイミスが知ってるのか分からないけど……もうちょっとだけ頑張ってみようかな」
〖フフッ。頑張る姿、素敵ですよ〗
我ながら単純だなと思いつつ、アイミスに褒められ嬉しくなった僕は、最後の力を振り絞って階段を上っていく。
だが普段の運動不足もあって、境内に着いた頃には息も絶え絶えであった。
ともあれ、境内に連れて行くという約束は果たされたわけだが、そこで僕は奈落の底へと突き落とされる。
〖お疲れ様でした、ミケ。それではスタート地点に戻りましょう〗
「アイミスは鬼なの? それとも悪魔? 人でなし?」
〖アイミスちゃんはナビゲーションシステムです〗
平然とそう言い放つアイミスに、僕は芽生えかけていた友情らしきものをバキバキに壊された気がした。ダイイングメッセージとして境内に「アイミス」と書き残してやろうかしら。
そんな冗談を思い浮かべていると、アイミスが溜め息を吐いた。ナビゲーションシステムも溜め息って吐くの?
〖その状態で戻れと言うほどアイミスちゃんは鬼じゃありませんよ〗
「え?」
〖忘れているようですが、疲労感は調整可能です。なので元気な状態で移動してもらうつもりで言ったんですよ〗
アイミスの言葉と同時に、全身の疲れが抜けて出発前の元気が戻って来る。どうやらアイミスとはこの先も仲良くやっていけそうだ。
「そういえばそうだったね。まだ普通の人間の感覚が抜けないや」
〖その感覚を忘れると危険です。人間社会でカモフラージュするためにも、それは忘れないでください〗
「はーい。それで、ここから戻ればいいんだね」
〖はい。応援は要りますか?〗
「うん、お願い」
元気とともにやる気も蘇り、軽快な足取りでスタート地点を目指す。
だが体力が戻っても身体能力は同じなので、やはり到着する頃には息も絶え絶え、ヘトヘトになった。
〖お疲れ様でした。それでは疲労感を調整します〗
「ア、アイミスって、ドSの才能がありそうだよね」
〖そんな才能はナビゲーションシステムには備わっておりません。それよりも、次は強化率を上げて挑戦してみましょう〗
「はいはい。普通なら完全に心が折れるところだけど、疲労感がゼロになるからいくらでも頑張れちゃうんだよね、悲しいことに」
そう言って再び歩き出した瞬間、僕は自分の体の変化に驚く。
何故ならさっきとは明らかに違い、体が非常に軽く感じられたのだ。その違いはタイムにも顕著に現れることに。
「わあ、もう階段が見えてきたよ」
〖既にさっきより二分ほど早いですね〗
「息が切れてるのは相変わらずだけど……それでも全然違うや」
その勢いのまま、僕は階段を上る。
結果、境内に到着した時点で五分近くもの差が生まれていた。
〖如何に階段でサボっていたかが分かりますね〗
「もっとこう、褒めてくれてもいいと思うんだけど」
〖いい子、いい子。それではスタート地点に戻ってください〗
「……やっぱりアイミス、ドSの才能があると思うよ」
――――そうして、何度も往復を繰り返すこと二時間弱。
僕は最初のタイムと比べて十数分も早くゴールに辿り着けるようになっていた。最初が遅すぎた気もするが、尋常ではない記録更新だ。
「これは凄いね」
〖これが一般的な15歳男性の平均です〗
「えっ⁉」
〖嘘です。これは15歳男性のなかでも突出したレベルの身体能力です〗
ビックリした。元々の僕って、同年代より十数分も遅いのかと思ったよ。
確かに僕の運動音痴、体力の無さは相当だけど、平均値とそこまで差があったら泣くわ。ちょっと本気で焦ったじゃないか。
〖急激な身体能力の上昇は人格への影響が懸念されます。今日のところはこのくらいにしましょうか〗
「うん、充分にすごいよ。まさか僕がこんなに動ける日が来るだなんて」
〖今後は毎日でも参拝に来れますね。いい運動になりそうです〗
「それはお断りします。そもそもこの体だと筋力トレーニングする意味が無いし、毎日通っても時間の無駄だよね?」
〖気付いてしまいましたか。残念〗
こうして僕の参拝修業は一日で終わりを告げた。
あくまで身体強化のテストだったから、明日からは他のことをやろうと思う。
ところでアイミス、僕が気付いてツッコミ入れなかったら、どうしてたの?
本当に毎日やらせる気だったのなら、やはりアイミスはドSだと思う。