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罪深き魔術師共  作者: ルカ
9/60

9話 VS魔弾 1

 夕暮れが辺りを照らし、影はより深くなり始める。

 デパートの横に設置されている、この自走式立体駐車場は、四階程の高さ、そして、最大収容六百四十台と言う広さを有している。

 それ故に、この中から人を見つけ出すのは至難の技。

 影が濃くなる時間帯、陽の明かりと照明はあれど、物陰は更なる暗さに。

 人が身を隠す為に活用するとなれば、色々と整った環境だった。


 しかし、そんな中でも彼は迷いなく歩く。

 宇都見は、薄暗い駐車場の中を少しずつ上に上がっていく。

 どこに居るのか、完全に見越しているかの様に。


 それもその筈、彼はとても簡単に答えを導き出していた。

 単純、それは誰の目から見ても明らかな、血痕。

 この血の水滴が落ちた跡を辿るだけで、この駐車場に辿り着き、どこの階層かさえ分かってしまう。

 そんな簡単な痕跡の存在を、風間と伊吹は失念していた。

 故に追跡を許してしまった。

 そして……


「……よ、風間」


 宇都見は追跡を完了していた。


「隠れて無いで出て来いよ。もうバレてるぜ?」


 血痕はここで途切れていた。

 姿は見えないが、この階層のどこかにいる。

 宇都見にはその自信があった。


『よぉ宇都見、結構遅かったじゃねぇか。足が遅いのは前から変わんねぇな』


 声の出所は、乱立している車の奥。

 奥の白い車の近くから聞こえてきた。

 宇都見はジリジリと距離を詰めていく。

 冷静にその銃を構えながら、一歩一歩確実に。


「運動神経悪いのは気にしてるって言わなかったっけか? ま、それでも簡単にやれちまうのは、この力の恐ろしいとこだよな」


『いやぁ、ほんっと遅すぎて、もう日も沈みかけだぜ。そんな運動オンチでよ、今までさぞ大変だったろうなぁ。俺だったら情けなくて泣いちゃうね』


「……へー、そうかよ。おちょくるだけなら、さっさと終わらせるぜ」


『あー、もしかして今近づいて来てる? そりゃヤバい、ヤバいなぁ。辞めとこうぜー? もっと平和的によぉ〜』


 五メートル、四メートル、白い車まで距離を詰めていく。

 その内に、宇都見はある違和感に気づく。


(風間だけか……? 伊吹ちゃんもいると思ったんだが……アイツが逃したとしても、俺なら気づく筈なのに)


『俺、遺書なんて書いて無いんだぜ? も〜ちょい時間があったらなぁ……なぁ宇都見よぉ、ちょっとだけ、待ってくれねぇかなぁ』


「遅いっつったのはそっちじゃなかったか? 別に俺は急いで……」


『あぁ神様! どうか! どうかこの俺にお慈悲を〜!』


「……ふざけるのは俺の専売特許だと思ってたんだけどな。お前キャラ変わって……」


『ぎゃーーー! タスケテコロサレルー!』


「……さっきから、会話が成り立たない奴だな。安心しろよ、今その通りにしてやるからさ」


 支離滅裂な言動に嫌気が差し、宇都見は遂にその白い車の奥へ。

 そして、すぐそこに居るであろう風間の方へ回り込む。

 引き金を引くのには一秒もかからない。

 勝敗が決するのも、ほんの数秒程度だった。


「……あばよ風間」




 ただしそれは、そこに風間が居れば、の話だった。




「これは……!」


 

 車の影の奥にあったのは、なんの変哲も無いスマートフォン。

 唯一変わった点と言えば、そこから風間の音声が流れている事くらい。


『お助けを〜! お代官様〜!』


 追跡される事を風間は既に予想していた。

 どの位置、どの階層から来ても、気づかずに車の位置まで近づいてくれる様にと、誘導する為の音を流していたのだった。


「録音して流してやがったか! くっだらねぇ事を!」


「……その下らねぇ事に騙されてる奴がいるとぁねぇ」


「なっ!」


 今しがた聞こえたその声は、録音されたものでは無かった。

 声が聞こえた場所が分からず、宇都見は辺りを見回す。

 しかし、見えるのは車、車、車。

 人影は見当たらない。


 何故なら、この声の出所は横でも後ろでも無い。


「もしや!?」


 上を向いた時、刹那に見えたもの、それは人一人ギリギリ通れるくらいの穴だった。

 宇都見が来るより前に、風間が()を使って空けた穴。

 上の階層も、ここと変わらない暗がりの為、近づいてもその存在に気づく事が出来なかった。


 宇都見は陽動にまんまと嵌められていた。

 録音した音声でおびき出し、奇襲をかける。

 それこそが風間の作戦だった。


「作戦、成功だな……!」


 そして、上から下へ飛び降りた風間は、すぐさま宇都見を羽交い締めにする。

 そこにすかさず……


「今だ! 伊吹っ!!」


 赤い容器を持った伊吹が横から現れる。

 その容器の形状は四角く、蓋の辺りを乱雑に破壊したもの。

 何故破損しているのか、それは中の液体をぶちまけやすくする為だった。


 伊吹は遠心力に身を任せ、思い切りその容器から液体を飛び散らせる。

 そして、着色されたオレンジが、宇都見の体を覆い被さる様に付着した。

 にやりと伊吹は笑い、その空になった赤い容器を明後日の方向へ投げ捨てた。


「ぺっぺっ! 調子に乗りやがってクソ!」


 謎の液体をかけられて、とうとう我慢が出来なくなった宇都見は、力任せに拘束を振り切る。


「うおっ!」


「風間っ!?」


 そのまま後ろ蹴りで飛ばされた風間は、宇都見が構えた銃が目に入ると共に、両腕をクロスさせ、防御体勢に移る。

 が、この至近距離、そう間に合う筈も無かった。

 その上、あの湾曲する銃弾を、避ける術はまだ見つけていなかった。


「サヨナラだ!」


 その刹那、宇都見の頭にある思考がよぎった。

 引き金を引く指が止まる程に、その思考が彼の体を押さえつけた。


(液体、オレンジ色の液体、赤い容器、あれはガソリンか? そうなるとどうなるんだ? もし、俺が銃を撃ったら……!)


 この時、風間は宇都見の考えを読み取っていた。

 得体の知れない液体をかけられた宇都見が、この状況を理解すると言う事を。

 引き金を引く指が止まったのが、何より合図代わりとなっていた。


 銃を構えた時、風間が防御した理由、それは銃弾を警戒したのではない。

 銃を撃った時にガソリンに引火して、こちらまで火が及ぶ可能性があったからだった。

 だから防御しようとした。


 そして、宇都見が撃たないと分かるや否や、風間は拳に()を込める。


「すまねぇ。馬鹿だと言ったが撤回するよ。ただ、俺よりは馬鹿だったがな……」


 コンマ数秒の思考、躊躇いは、風間が再び接近する時間を与えた。

 分かっていても撃てない。

 この状況下で宇都見がとれた行動はただ一つ。



 飛んでくる拳をただ見つめるのみ。



 拳に秘められたそれは、人の命すら奪いかねない、危険な神秘。

 人智を超えた悪魔の様な力。

 それでも、彼はその力を振るう。

 己が道を切り開く為に。


「食らえ宇都見ぃぃぃぃ!」


「う、おぉぉぉぉ!!」


 揺らぐ闘気と共に、拳は男の顎へ突き刺さる。

 そのまま宇都見は体一つ分吹き飛んだ。

 拳の衝撃で体が浮いてしまう程に。


(痛ぇ……! 痛ぇぞ畜生ぉ……!! だが! このままやられてたまるかよ……!)


 それでも、宇都見は追撃に備えて立ち上がる。

 無論、この一発でやられる彼では無かった。


(……!? これは……!)


 しかし、後少しの所で立ち上がれない。

 体が震えてうまく動かない。

 頭を突き刺す様な目眩に視界が霞んでしまう。


「なに、が……おお……!」


「どうだ? 立てねぇだろ?」


「あ、あに、なにをした……! おあ、おまえ……」


(なんだぁ!? 口もおかしい! 呂律がうまく回らない! フラフラする! クラクラする! なんだよこりゃあ……気持ち悪りぃ!!)


 宇都見は焦点の合わないまま、立てずによろけるばかり。

 明らかに体に異常が起こっていた。


「……俺が殴った時、お前の脳は強く揺れちまったんだ。そうなると、ゲボ吐きそうなくらいにグロッキーになる。ボクシングとかだってそこを殴るだろ? 喧嘩も同じ要領だ。まぁ、お前みたいな喧嘩もした事ねぇ軟派野郎には、馴染みのねぇ感覚だろうよ」


 脳震盪、それはスポーツ等で特に見られる外傷性脳損傷。

 脳が揺れる事によって神経伝達に支障が生じ、目眩、吐き気、頭痛、場合によっては意識すら失う事もある。


 先程、顎に食らったダメージで、宇都見の脳は大きく揺れ、脳震盪を引き起こしていた。

 それほど重い症状では無いものの、戦いの最中と言う事を考えれば致命的。

 短時間で回復出来るレベルとは言え、今は立つ事すらままならない。


「やっ……べぇな。マジにやべぇ……」


「吐きそうな気分はどうだよ、えぇ? ガソリンまみれで銃も撃てねぇ。脳味噌がシェイクされて立つ事も出来ねぇ。このままもう一回ぶん殴ればお前はおしまいだ」


「ああそうだな……よくぞここまで追い詰めてくれたもんだよ。お前は馬鹿じゃないと言ってくれたが、違う。馬鹿さ、とびきりのな……」


「……何言ってんだてめぇ」


「俺は馬鹿だった。ガソリンかけられて、余計な事にブルっちまった。これが馬鹿と言わずしてどう言えばいい?」


 宇都見は銃を構える。


「……! お前、正気かよ……!」


「正気さ……! 俺は撃とうとしてんだぜ……!? 構えろよ、風間蓮斗……!」


 宇都見の目は本気。

 決死、そんな言葉を体現した様な集中力、態度。

 この超至近距離、勝ち目は薄くとも、宇都見は諦めるどころか逆に闘志を燃やす。


「だったらやってやるよ……!」


 膝をつく宇都見にとどめを刺す為に、風間は右足に力を込める。

 その距離一メートル圏内、最早、宇都見に回避する術は無かった。

 それ故、咄嗟に引き金を引こうにも、指に力が入らず、さっきと同じ状態だった。


 それ故に、自分が食らうであろう一撃をただ見守るのみ。


「クソッ……!!」


 強烈な下段回し蹴りが宇都見の下腹部にヒットする。

 下から蹴り上げられた体は宙に浮き、先程よりも遠くへ吹き飛ぶ。

 コンクリートの壁に思い切り叩きつけられた宇都見はその体勢のまま動きはしなかった。


「文句は言わねぇよな、宇都見。お前からふっかけて来たんだからな」


「ぁ……ぐぅ……!」


「まだ意識あんのかよ……ったく、勘弁してくれ」


 宇都見は未だに倒れない。

 朦朧としながらも、その意識をギリギリ保っていた。

 まさに執念、しぶとさの塊。


「や、やったの……?」


 そこに、タイミングを見計らっていた伊吹が恐る恐る物陰から声を出す。


「おー、伊吹か。中々良いガソリン捌きだったぜ。お陰でアイツを思いっ切りぶん殴れた」


「はぁ……いきなり床に穴空けるわ、車からガソリン奪うわ、めちゃくちゃだと思ったけど……なんとかなったっぽいね」


「……そうだな。後はアイツを気絶させて、警察に突き出してやる……! 銃刀法違反かなんかで捕まんだろ」


「アタシらも器物損壊で捕まらなきゃいいけど」


「そ、それは黙っててくれよ……」


 戦いは終えたと、冗談混じりの会話をする二人。

 宇都見はもう動かず、二人が新たに傷を負う事も無かった。

 すべてがうまくいった。

 そう思って顔を綻ばせる風間だった。





 銃声が聞こえるまでは。





「ん……?」


 計二回の銃声、瞬時に起きた出来事に、風間は体が反応しなかった。

 唯一動けたのは目線のみ、音の方へ目をやると、宇都見は確かに銃を構えていた。

 そして、その銃口は自分では無く、明らかに伊吹の方を向いていた。


(やばいな、体が動かない。アイツは火を恐れて攻撃しない筈なのに、どうして撃った? それでいて何故引火しなかった? どうして? どうやって? いや、今はそれより……!)



「伊吹ぃぃぃぃぃぃ!!!!」



「え?」



 まるで走馬灯を見た時の様な長い思考の末、風間は伊吹を突き飛ばす。

 この限られた時間で出来る事はこれしか無かった。

 銃弾を防御する程の時間は無い。

 それでも、そうするしか無かった。


 そして、二発の銃弾が少年を貫く。

 

「風間……?」


 少女の目の前には、血濡れた体。

 終わりを告げるその音は、彼女の耳にしつこくこだまする。

 そして同時に悟った。

 目に見える血飛沫と、耳に聞こえた銃声は、全くの現実であると。


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