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罪深き魔術師共  作者: ルカ
8/60

8話 ゼロからイチへ

 未だ状況は最悪。

 アイツを撒くぐらいには遠くまで来れたけど、未だに辺りに人の気配は無いし、俺や伊吹の怪我を治す術も無い。

 つまるところ、助けも呼べない訳だ。


 今出来る事と言えば、大通り沿いに見つけたこの立体駐車場で行方を眩ますぐらいだ。

 ここならそう簡単には見つからない。

 薄暗いし、車とか障害物がいっぱいある。

 全部で四階層、隠れるには持ってこいだ。

 ここなら、伊吹の足の応急処置も出来る。


「これでヨシ……っと」


 くるぶしの大きな傷跡に、ちぎったワイシャツの一部を強めに巻いた。

 外目から見た時に傷の具合を確かめたが、そこまで深くは無さそうだ。

 これなら時期に血も止まる筈。


「傷が浅くて助かったけど、血を流しすぎたな。これからは、すぐに布を押し当てるなりなんなりしろよ」


「……うん」


「全く……無理するからだぜ」


「アンタだって……その怪我どうなってんの? それ、痛くない訳?」


 伊吹は俺の肩に目線を送る。


「馬鹿みたいに痛む。でもよ、不思議と出血が止まってるんだよなぁ。つーか、段々痛みにも慣れてきた」


「アンタ……本当に人間?」


「そう言われると微妙なとこだな……」


 自分でも不思議だ。

 だって銃を撃たれたんだぞ?

 なんで生きてるんだ?

 そりゃ、確かに防御はした。

 でもそれは失敗して、結局肩に食らったんだ。

 どこぞのゾンビやミュータントみたいに、即時再生、すぐ止血、なんて程では無いが、自然と血が止まっていた。

 下手したらこの傷もその内塞がるかもしれない。


 つか、そもそもこの力はなんなんだ?

 気功だとか、チャクラだとか、そういう次元の話じゃない。

 もっと現実的で、物理的で、目に見えた変わり様。

 明らかに異常な体質だ。


「……マジにどうなってんだろうな、俺の体は。銃弾食らっても平気なんて、確実にバケモンだろ。つってもモロに食らったら御陀仏だったろうけどな」


「モロに、って……モロに食らってたじゃん」


「お前そりゃあ、肩にこう、力をグッと……」


 あまりにも抽象的。

 伝わらない気しかしなかったから説明を途中で諦める。


「……まぁ色々あんだよ。それと、アイツ……宇都見と俺は多分同類だな。あんな見事な膝蹴り食らったのに、ケロッとしてたしよ。次に会ったら、マジにただじゃおかねぇ……」


「……アンタら、友達だったんじゃ無かったの?」


「……どうかな」


 ほんの数十分前にはそう思ってた。

 ヤバい事に片足突っ込んでる俺を手助けしようとしてたんだから。

 でも、実際は違って、アイツこそがそのヤバい事の元凶で、しかも、人間じゃない力を持っていた。

 友達どころか、命まで狙ってくるとは思わなかった。


 でも、今までの高校生活は、常にアイツが近くに居た。

 放課後はラーメン食べに行ったり、カラオケ行ったり、家庭の事を愚痴ったり、それも全部、客観的に見たら友達みたいなものなのかもしれない。

 伊吹の目から見てもそう見えたんだろう。


 だからかな、やっぱ少しだけ、悲しいな。


「……あー、その、まぁ、宇都見は確かにアンタの事殺そうとしたけどさ、別に他の知り合い作ればいーじゃん。人なんて、星の数程いるんだし……」


「お前それ……振られた奴に言うセリフだぞ……」


「えっ……そ、そうなの……」


 こいつなりの励まし方なんだろうが、いかんせん下手過ぎるな。

 友達が少ない訳が分かったぜ。

 語彙とかボキャブラリーが貧困なんだ。

 まぁ、そんな事を口に出したらパンチが飛んで来そうだから言わないが、こいつはこいつで心配してくれてるのかもしれない。


「とにかく、アイツの事はもうどうでもいい。どの道、次会ったら命の保証はねぇ」


「……でもどうすんの? アタシもアンタも怪我してんじゃん」


「それでも気合で脱出だ。さっきまではちょっとグロッキーだったが、ちっとは楽になってきた。幸い、野郎もまだここには気づいてねぇ。今の内に行こうぜ」


「アンタ……またアタシをおぶるつもり……?」


「たりめーだ。その足で歩けると思ってんのか?」


「……だったらパス」


 伊吹は座り込んだ姿勢のまま、俯き気味にそう言った。


「は? 何言ってんだ?」


「パス。もうほっといてよ。いいんだよ、アタシの事は」


 そのまま伊吹はそっぽを向く。


「馬鹿言うな。わざわざ助ける為にここまでやったんだぞ」


「頼んで無いし……第一、アンタに得無いでしょ。アタシは足動かないんだし」


「大丈夫だろ。血は止まったんだ。後は逃げるだけ……」


「だから! 元々そんな事頼んで無いじゃん……! 誰が! いつ! 頼んだ!? アタシはもう迷惑かけたくない! アタシにかまってたらアンタまで殺されるでしょ!?」


 俺の方を見上げるその顔は、少し赤くなっていた。

 そんな伊吹を見て、膝を曲げて目線を合わせる。

 何せ、今のこいつは立って俺を睨みつける事すら出来そうに無いから。


「お前……それ系のセリフばっかだな。そんな事言われて、ハイハイ分かりましたって普通はなんねぇだろ」


「でも実際そうでしょ!? アタシを連れてったら、いつか追いつかれる。今だって、アタシの怪我のせいで足止め食らってる。それじゃ逃げても意味無いじゃん……!」


「……お前、良い奴なのか悪い奴なのか、分かんなくなってきたな。最初は腹立つ女と思ってたけどよ」


「腹立つ女でどうもすいませんね……!」


「はっ、やっぱり元気そうじゃねぇか。大丈夫だ、そんだけ元気なら一緒に逃げられる」


「……絶対、無理だよ」


 その時の伊吹の表情は悲観的と言うより、冷め切った表情だった。

 その諦めは、今のこの状況だけを意味するものでは無いと思えた。

 もっと深く、暗い、()()


「……アタシさ、あんまり良い人間じゃないんだよ。この状況でどっちか一人死ぬ運命なら、アタシが選ばれるべきだと思ってる。悲しんでくれる友達なんていない。出来た事も無い。だからアタシじゃなくていい」


「どっちが残るとかじゃないだろ……! 良い人間じゃないって……お前は俺を助けてくれたじゃねぇか!」


「アンタの評価は知らないけどさ、アタシは自分の事が大っ嫌い。死ねば良いと思ってる。風間がアタシを見捨てて、それで生き延びられるんなら、絶対にそうするべきなんだ」


「お前……! そんな事、両親の手前で言えんのか!?」


「言えるよ。母親は物心ついた時からいないし、父親はアタシの事を腫れ物くらいにしか思ってない。むしろ、死んだところで清々するんじゃない?」


「で、でも……」


「さっき命を助けたから何? そんなんで情が湧いてんの? 勝手にアンタが助けようとしたから、そのお返しをしただけ」


「でも! 死にたくねぇだろ!? だからさっきまで必死に走ってたんだろ!?」


「そんなの……!」




 その時、伊吹の目元が微かに潤んだ。




「死にたく無いに……決まってんじゃん……!」


 いつも不機嫌そうで、強気で、かと言って弱音は吐くし、ネガティブ思考。

 そんな女の悲しそうな顔は、必死に助けを求める様に見えた。

 感情を隠す事すら厭わない程に、哀切を俺にぶつけていた。


「死にたい訳無いじゃん……! 本当だったら、もっとまともに生きて死にたかった……! アタシだって! 誰かに必要とされて、愛されて、普通に死にたかったよ……! なのに、いつもアタシは……独りだ……」


「伊吹……」


 ああ、似ている。

 俺も昔はそうだった。

 誰かに必要とされたくて、愛されたくて、何か役に立てる事は無いかって、下手な事をし過ぎたんだ。

 気づけば誰もいなくて、孤独だった。

 心の中で周りの人間を見限っても、奥底にはやっぱり、誰かと一緒に居たいって気持ちはあるんだ。


 それを誰にも伝えられなくて、塞ぎ込んで、そのまま腐っていくだけ。

 伊吹も多分そうなんだ。

 俺と同じで、この寂しい日常を変えたいと思っていたんだ。


 普通の人生、なんてのは簡単に見えて難しい。

 それが、俺達みたいなはぐれ者だったら、尚の事。

 手を差し伸べてくれる奴なんてそうそういない。

 でも、だからこそ、欲するんだろ。

 俺達だって人並みに幸せになりたいと。

 例え気難しい一匹狼でも、誰かと手を取りたいと。


 だったら、まだ死ぬには早い。


「……まだ、変えられる」


「……え?」


 ここで終わってたまるか。

 まだ終わらない。

 終わらせはしない。

 こいつの好物すら知らないんだ、趣味も、音楽も、それすら知らずに終わるのは勿体ないだろ。


 せっかくこうやって未だに生きてんだ。

 ここでマジに踏ん張って、生き残って、後でバカ話として、話に花を咲かせんのも悪くは無いだろ。


「……お前の()()()()、変えようぜ。誰かに必要とされて、愛されて、そっから死のうぜ。それで、クソみたいな連中じゃなくてよ、もっと色んな奴等と出会って、最高の人生だって思えたその時に、盛大に死のう」


「風間……」


「俺もお前も同じ嫌われ者。互いに嫌な事ばっか起きてるから、お前の怒りも悲しみも分かる。俺だって今さっき裏切られたんだからな。今んところは、最悪な目に遭ってばっかりだ。だからそろそろ良い事が起きる。そう思ったってバチは当たらねぇだろ」


「……」


「それに、どうせ死ぬんなら足掻いてからだ。墓穴掘るのは、それからでもいい筈だ」


「……何それ。やられたら意味無いじゃん」


「意味無くはねぇさ。足掻いたら足掻いた分、あの野郎は貴重な時間を浪費した事になる。それってさ、すっげぇザマーミロって思わねぇか?」


「はは……確かにね……」


「お……」


 初めてだ。

 初めて伊吹の笑った顔を見た。

 なんだよ、しかめっ面より全然可愛いじゃねぇか。


「……もし、助かったら、何か変わる?」


「変えるんだよ。お前も、俺も……」


 安心した。

 これだったら大丈夫だろ。

 気力さえあればなんだってやれる。

 この調子ならあの野郎だって……




「もしも〜〜〜し!!! 風間く〜〜〜ん、伊吹ちゃ〜〜〜ん、出ておいで〜〜〜!!! 怖くないからさ〜〜〜!!!」




 辺りにアイツの声が鳴り響く。

 いつもやかましいと思ってる声も、今日は格別にやかましく聞こえる。

 遂にここまで来られた。

 うまく伊吹を逃がせると思ったんだが、そううまくはいかないな。


「あーあ、せっかくの雰囲気が台無しだ」


「ホント、うるさい男は嫌いなのにさ」


 とうとうバレたってのに、伊吹は顔色一つ変えない。

 今はそれが少し頼もしい。


「で、どうすんの? このままじゃ二人揃って本当に御陀仏だけど」


「……そうだな。じゃあ、これを渡しておくか」


 元々、これを渡す為に来たんだ。

 随分と紆余曲折あったが、ようやく渡せる。


「これ、お前のだろ?」


「風間……! これ……!」


「落とした所を見てたんだ。渡そうと思ってたんだが、タイミングがな……ほれ、受け取れよ」


 取り出したブローチを見た伊吹は嬉しそうにめを見開いた。

 やはり、大切な物だったっぽいな。

 もしかしたら、お返しに何か甘〜いご褒美を……


 と、思った俺の気持ちとは裏腹に、伊吹は掌で壁を作る。

 『返すな』と言わんばかりに。


「え、伊吹?」


「タイミングって……まさか、今渡すって事は、アタシを逃がすって事?」


「そりゃそうだろ」


「はぁ……アンタって本当……まぁいいや。受け取る、受け取るよ」


「だったら受け取れって……」


「でも、今じゃない」


「うぇ?」


 伊吹は拳を握りしめ、再び立ち上がる。

 その痛々しい傷跡も、本当にかすり傷にさえ思える程に。


「宇都見とやる気なら、アタシも手伝う。それに、こっちも一発くらいお返ししないとね……!」


「で、でもお前……!」


「アタシだって一丁前に心配くらいするよ。後になって、死にました、なんて聞くのは目覚めが悪過ぎる。そうでしょ?」


「……かーっ! お前はなんて良い奴なんだ! そうだよな!! 一発かまさねぇと、気が済まねぇよなぁ!? よっしゃ、あの野郎を叩きのめすぜ!!」


「うん。色々揉めたけど、今は協力関係。あのクソ野郎、ぶっ殺す……!」


 ヤバい状況の筈なのに、気持ちが高揚してきた。

 試合が始まる直前の様な、やってやるぜって言うこの気持ち。

 伊吹も悪くない顔つきだ。

 少し口角が上がっている気がする。


「……ゼロ、いや、イチくらいにはなったかな」


「あ? なんの話だ?」


「…………別にっ!」


 そう言ってほくそ笑んだ伊吹はとびきり楽しそうだった。

 ただ嬉しくて笑っただけじゃない。

 これから、宇都見の野郎をどう料理してやろうかって言う、悪い笑みだ。

 でも、それで良いよな。

 優等生じゃない俺らにはそのくらいが丁度いい。

 不敵な笑いがよく似合う。


 とびきりの悪い笑顔で、この絶望感をお返ししてやる。


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