表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪深き魔術師共  作者: ルカ
7/60

7話 逃走

 信じられる人間なんてこの世にいないのか?

 ほんの少しでも信じたらそれは罪なのか?

 ダチだと言ったあの言葉はなんだったんだ。

 俺はどこまで恥を晒せばいいんだ。

 少しでも歩み寄ろうとした結果がこれだとしたら、あまりにも酷だ。


 ふざけるなよ。

 馬鹿にしやがって、腹が立つ。

 今まで俺に対して喋りかけてきたのは、心の底で嘲笑う為なのか?

 その為に近づいて来たのかよ。

 探すのを手伝ってくれたのも、俺を利用していただけなのかよ。


「……おい、宇都見。そんなんでくたばんねぇよなぁ……?」


 はらわたが煮えくり返る感覚が体中に伝播する。

 アドレナリンって奴が、脳の髄まで染み込んでくる。

 自然と拳も震えてきやがる。


「この嘘吐き野郎が……! 大人数で、武器持ち込んで、無抵抗の女を撃ちやがって……! 底辺野郎がよぉ……!」


 まだどてっ腹に一発食らわしただけだ。

 こいつも同じ力を持ってるんなら、くたばる訳がない。

 そして、こいつは銃を持っている。

 だから、近づいてまたぶん殴る。

 意識がなくなるまでぶん殴る。


「いたたた……なんで、そんなに怒るんだ?」


「……馬鹿だとは思ってたがよ、そこまで脳味噌が腐ってるとはな。言わなきゃ分かんねぇか」


「ああ、馬鹿だから分からないな……ははは」


 ぶっ飛ばして、塀に思い切りぶつかったってのに、ピンピンしていやがる。

 何事も無かったかの様に膝のほこりを払う仕草は、俺を更に苛立たせる。

 この野郎は今までの奴と違う。

 明らかに違う()()がある。


「風間……お前とやり合う予定は無かったんだが、伊吹ちゃんのボディーガードをするんなら話は別だ。死んでも文句は言えないぜ」


「やってみろよボケ野郎……!」


「なら遠慮なく」


 近づくより先に、宇都見はどこからか取り出した銃を構える。

 見た目はピストル、銃には詳しくないが、警察とかが持ってる奴と同じ奴に見える。

 でもって、間近で向けられると思わずたじろぎそうになる。

 本物を向けられた事なんて、今の今まで一度も無いのだから。


 しかしビビるな。

 俺の力で受け止める。

 これは言わば()()みたいなものだ。

 纏えば鉄だろうがぶっ壊せるし、鉛玉くらいなら弾いてくれる筈。


「来やがれ……!」


 さっき聞いた音と同じ音。

 乾いた発砲音が鳴り響くと共に、両手に力を凝縮させる。

 大丈夫だ。

 俺なら出来る。

 この手で捉えられる。

 そして、これと同時に、視力に限界まで()()()()を割けば、見えない事は無い。


「……甘いぜ風間」


「……!」


 宇都見の不穏な言葉の直後、まっすぐに飛んでいた筈の弾道が切り替わる。

 俺の両手を避ける様に、目の前で二回曲がって再びこちらへ先端を向ける。


 完全に不意を突かれた。

 逃れる術なんて無かった。

 この弾は絶対に俺に当たってしまう。

 だが、当たるなら、その部位に力を込める。

 目では追えてるんだ。

 場所なら把握出来る。


「ぐっ……!」


 目で追った銃弾は、右の鎖骨にクリーンヒットした。

 場所が分かったから、例の力で防御した。

 けど、瞬間的に防御なんて出来る訳が無かった。

 何年もかけて作られた城じゃない、即席で作った簡易的なハリボテ。

 これはそういう事だ。

 準備するには時間が数秒足りなかった。


 信じられない程の激痛だ。

 今までの人生で一度も達した事の無い痛み。

 頭がおかしくなりそうだ。

 体中の全神経が右肩の痛覚を伝達して来やがる。

 どうも人間の脳味噌はちゃんとしすぎだ。

 こんな痛み、わざわざ俺に伝えるなよ……!


「おー……おー……おーおーおー! 手じゃなくて肩にぶち当たったのに、なんで立てるんだよ!? 痛みのショックで立ってらんない筈なのによぉ!?」


「けっ……こんなん、蚊に刺されたくらいだぜ……!」


 完璧な防御とは言えない。

 発狂しそうなくらいに傷は痛む。

 でも、まだ立つ事は出来ている。

 ハリボテの防御とは言え、少しは和らげられたみたいだ。

 だったら勝機はあるだろ。

 なんか知らないが、宇都見の野郎はビビってる風だ。


「おーおーおー! マジにこのままじゃ俺は殺されちゃうなぁ! だったらまだまだ撃ち込むしかないなぁ! 腕、足、頭、首、脇腹にこめかみに心臓に! それでも立ち上がったらどうしようかな! あははははは」


 いーや、俺の勘違いだった。

 猿芝居見せやがって、相変わらずふざけた野郎だ。

 まだまだ撃ち込むだと?

 もう一発でも撃たれたらキツい。

 それに、なんで銃弾が曲がったんだ?

 まだその謎が分からない。


 それとも、こいつは俺の知らない力、そういうものを持っているって言うのか?

 銃弾を曲げてしまう、最早()()の様な、俺じゃ太刀打ち出来ない様な力を。


 とにかく、このまま正面から向かってもただ犬死にするだけだ。

 避けられる訳も無いし、受け止めようと思っても弾は曲がる。

 だからと言って、どうやって逃げる?

 背中を見せた瞬間に蜂の巣にされてアウトだ。

 命乞いなんざ、死んでもしたくない。

 既に死にそうだが。

 しかし他に手は思いつかない。


 どうする?

 どうする?

 どうする?

 どうする?


 ダメだ。

 思考が完全にパンクした。

 これはどう足掻いても……詰……み……





「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」





 けたたましい雄叫びと共に、上空から鋭いニーキックが炸裂する。



「へ?」



 それはまるでリング際のプロレスラーの様に。

 そして、宇都見の首をへし折らんとする勢いで突き刺さった。

 そのいきなりの状況を全く飲み込めず、空にヒラヒラと舞うスカートをただ眺めているだけだった。


「ぐぉあ! い、いってー!」


「これでも食らえ!」


 そこにすかさず、ポケットから取り出した砂の塊を、まばたきする宇都見の眼球目がけて投げつけた。

 最早やり口は完全に悪役(ヒール)にしか見えない。

 しのごの言ってられないが……!


「うぅっ! もしかして、伊吹ちゃんかぁ!? 酷い事するもんだな……!」


「風間……! こ、こっち……!」


 颯爽と現れた伊吹はそのまま俺の手を引く。


「え、お、おい……!」


「逃げなきゃ死ぬでしょ!? どう考えても!!」


「おいおい! 俺を置いてくつもりか〜? 寂しいねぇ!」


 宇都見がこちらへ銃口を向ける。


「や、やべぇぞ!」


「大丈夫……! 見えてなきゃ当たらない! 筈!」


「そうは言っても……!」


 銃を向けられてまともになんかいられるか……!


 二発目。

 再びその銃身から超高速の一撃が放たれる。

 今回は受け止めるよりも逃げるのが先決だ。

 第一、また防げないかもしれない。

 だから逃げる。

 だが、この銃弾の直線上、射線から逃れるには、急いでこの雑木林のある曲がり角を曲がらなくてはいけない。



「う、うおぉぉぉぉぉ!!!」



 背中のすぐ側を高速な何かが横切った。

 まるでワイシャツを滑る様に、コンマ数センチと言う近さで。

 マジに紙一重、マジにラッキーだ。

 今度こそ死ぬかと思った。


「風間……!?」


「当たってねぇ! そんな事よりも早く逃げっぞ!」


 なんとか避けられた。

 角も曲がれた。

 この後はただ、突っ走るだけだ。

 家路をひたすらに目指して、こんな狂った日常からおさらばするんだ。

 明日、明後日、これからがどうなるかは分からないが、今この瞬間だけは生き延びる事だけ考えろ。

 走ればそれが叶うんだ。


 そうさ。

 ただ、後はただ突っ走るだけ。

 走る、走る、走る。

 逃げる、逃げる、逃げる。

 あの狂気じみた悪魔から逃げ果せるだけで。

 たったそれだけで……


「あぁ、ダメ……」


 俺の手を引いていた伊吹の手が自然と離れる。


「伊吹?」


 気がつけば、俺の視界の下。

 追われてる途中だと言うのに、そのまま膝を突いてしまった。


「嘘……動けなく、なっちゃった……」


「お前……!」


 かすり傷、そう言う風に言っていた。

 しかしそれは取り繕う為の朝だった。

 よくよく見れば、伊吹は足にも銃弾を受けていた。

 右足の足首辺り、ソックスの裏から血が滲んでいた。

 こっちも直撃こそしてないんだろうが、肉を掠め取るくらいの傷を負っている風に見える。

 余計な心配をさせない為にこっちの傷は黙っていやがった。

 今までよくこれで走っていたな、と感心する。

 こんな怪我で良くあんな膝蹴りを繰り出せたもんだ。


「もう最悪……! なんでこんな目に……! クソッ! クソッ!」


 目の前の女はひたすらに怒る。

 理不尽な状況に。

 理不尽な現実に。

 理不尽な運命に。

 その気持ちはこの肩の激痛よりも痛いくらいに分かる。

 俺も怒っている。

 コイツが死ななきゃいけない理由なんて一つも無い。

 だのに、ここまで来て結局ダメでした、なんて事は許せない。


「ふざけんな! ふざけんな! アタシが何をした!? アタシが誰かを傷つけた!? アタシが! アタシが! 何を……!」


 伊吹の足は動かなくなった。

 そりゃあそうだ、撃たれたら誰だってそうなる。

 俺みたいな人間もどきじゃ無いんだ。

 後ろからは宇都見が追って来ているに違いない。

 このままこうしてたら、追いつかれて殺される。


 だからと言って、囮にしたり、時間稼ぎに使うのか?

 見捨てるのが賢い選択だってのか?

 自分の命を守る為なら、他人は死んでも良いってのか?


「……ありえないな」


「ちょ……! 風間!?」


「静かにしてろよ。傷が開くぞ」


 元々、コイツを助ける為にここまで来たんだ。

 そんな選択肢、ハナから存在しない。


 抱き抱える様な形で伊吹を持ち上げる。

 お姫様抱っこは流石に恥ずかしいが、誰かに見られてる訳でも無いし、今はそんな事言ってる場合でも無い。


「なんでここまですんの……?」


「……いいから、少しくらいカッコつけさせろよ」


 体は相も変わらず痛みに蝕まれてる。

 でもまだ走れる。

 あの力のお陰もあるだろうが、不思議と死なずにいる。

 そして、ここにいるコイツのお陰もある。


 なんでここまでするのか?

 その答えはもう出てるだろ。

 伊吹だってさっき、逃げればいいのに、わざわざ助けに来ただろ?

 なんだかんだ見殺しには出来ないよな。

 あの時助けに来てくれたのは確かに嬉しかったさ。


 だけど、やっぱり、()()は賢くなれそうにないな。

 自分より他人を優先しちまう馬鹿のままだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ