60話 お仕事開始
屋上にて、魔術師四名は一堂に会する。
昼休みと言う制限された時間とは言え、集まらざるを得なかった。
何せ、俺と伊吹が知らなかったのは当然の事なのだが、宇都見でさえ、月城が転入してくるなんてビッグニュースを知らなかった。
「えーっと……まさかとは思うけど、学校に行ってみたくなったとか……」
「そんな訳無いでしょう。私の性格、ご存知ですよね? ですが、まぁ……伝えなかったのはこちらですから、気になるのも分かりますけど」
月城は鉄柵に寄りかかる。
そして、おもむろに視線は伊吹の方へ。
「……?」
「キャラメルチョコレートパフェ、ほうれん草とパンチェッタのスパゲッティ、イチゴバナナチョコホイップのクレープ、カスタードのたい焼きアイス……」
「っ!」
いきなり語り始めたのは、なんだかよく分からない言葉の羅列。
食べ物がどうかしたのだろうか。
俺と宇都見はワケも分からず首を傾げたが、横にいた伊吹の顔からは汗がジワリと滲み出る。
「な、なんで、それを……」
「かなり糖分を摂取していますね。少しはバランスを整えた方がいいんじゃないですか? 伊吹さん」
「だからぁ! なんでそういう事を皆の前で言うかなぁ!?」
「お前、今言ってた奴、全部食べたのか……?」
「いいえ、正確にはあと七品目くらいありますが、まぁ一応プライベートな事ですから」
「もう充分話しちゃってるんですけど……! つかなんで知ってんの!?」
動揺し過ぎてテンションの上がった伊吹を静止させながら、今度は宇都見が口を開く。
「あ〜……つまり、ゴールデンウィーク中に外出中の伊吹ちゃんの動向を観察していたって事かな? 主に食事中とか……」
「そうです。観察、です。随分と高い頻度で外出していた様で、こちらも骨が折れました」
「ストーカーの間違いじゃねぇかな……」
「……月城さん、アンタがアタシの食べた物とか知ってんのは分かった。で、目的は何? まさか、生活習慣見直せとか、お節介言うつもり?」
「ただの仕事ですよ。風間君の事は宇都見君から報告を受けていて、身辺調査も全て完了しています。血液型から誕生日、家族構成に住所まで、全て把握しています」
「そうなのぉ!? こっわ!! つか犯罪臭すんだけど!?」
「ですが伊吹さん、貴方はまだ魔術連盟としても判断しかねる状況なんです。貴方がもしかしたら、別の魔術組織のスパイである可能性もありますしね」
どうやら転入して来たのはそういう意図らしい。
観察なんて、聞こえの良いものじゃない。
要は監視だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。アタシ、この間魔術師になったばっかだし……それに、別の組織? ナニソレ、疑われてるって事?」
「はっきり言えば、そういう事になります。あまり気分が良い話ではないでしょうが、必要な事なんです。先立っては、勝手に貴方の事を調べた事、ここで謝罪します。そして、これからは貴方の学校生活の一部を連盟に報告させて頂きたいんです。どうか……」
月城はそう言うと、ペコリと伊吹に頭を下げる。
腰の低いこいつを見るのは初めてで、違和感すら感じてしまう。
宇都見が、同性には優しいと言っていたのはこういう事だろうか。
「……アタシが連盟に入るには、多分必要な事なんでしょ? じゃあいいけど。で、でも体重とかは、その……あんまり調べられたくないってゆーか……」
「……?」
「とにかく! アタシが怪しくないって証明すればいいんでしょ!? やったろーじゃん!」
「別にそこまで気合いを入れていただかなくとも結構です。私はつかず離れずの距離で伊吹さんを見ていますので」
「結局ストーカーじゃねぇか……」
なんともまたややこしい事態になってきた。
相変わらず月城の態度は最悪だが、口ぶりからして、伊吹の調査が終わるまでの短期間の転入なんだろう。
両隣に癖が強い女が二人もいるなんて気が滅入るが、見方によっては『両手に花』って奴かな。
少し考えて、罵詈雑言を浴びせられるイメージが湧く。
ああ、ちょっと違うか……
何はともあれ、これからの学校生活は意外にも退屈しなさそうだ。
※ ※ ※ ※ ※
放課後。
転校生が来ると言う、人生で数えるくらいしかないイベントに、心踊らない者はいない。
男子も女子も、ひっきりなしに質問の嵐。
どこから来たの?
何が好きなの?
ってかラインやってる?
そんな声がたくさん聞こえてくる。
おまけに、今をときめくあの″伊吹涼香″と面識があると言うのだから、それもまたクラスメイトの好奇心に火をつける。
「ねぇねぇ、月城さんってどこで伊吹さんと知り合ったの? つーか、宇都見君とも何気に仲良くなかった?」
「つかさー! この後どっか行かない!? 今日丁度皆で遊び行く約束しててさ」
「あ、え、えっと……」
そして、何か聞かれる度に月城はどもりまくる。
アイツがやけにテンパってるのは、俺に対する時のな、人を小馬鹿にする態度しかしてこなかったからだろう。
普通の接し方を知らないんだ。
しかし、ここで今までの様な塩対応をすれば、孤立するだけでなく、伊吹の監視もしづらくなる。
だからあんなに緊張している、と。
可哀想と思う気持ちと、ちょっとざまあみろと言う気持ちが混在している。
「あー、ごめんごめん。ちょっと月城さんはアタシと寄るとこあるからさ。みんなまた今度ね」
「ちぇー。ざんねーん」
「じゃ、またねー」
群衆を掻き分けて入って来た伊吹が皆をなだめると共に、人混みは消えていく。
今やクラスメイトは、伊吹の言う事ならなんでも聞きそうな勢いだ。
「苦手? ああいう感じ」
「……好みではありません。そもそも、学校は学び舎の筈なのに、プライベートの事ばかりじゃないですか。ここの人達は意識が低い様ですね」
「ずーっと勉強してたらつまんないでしょ。月城さんもさ、連盟の仕事ばかりしてたら退屈しない? なんか趣味とか無いの?」
「別に……大した趣味なんてありません」
流石の伊吹も月城の態度に疲れたのか、小さく溜め息をつく。
「……そういえば、アタシの事観察するとか言ってたけど、もしかして家までついてくる気? 流石に親の目とかあるし、普通に無理なんですけど」
「いいえ。学校にいる間だけで結構です。なので、今日はもういいです」
「へぇー。じゃあさ、マジでこの後どっか行く? クラスの皆も遊びたがってたし、いっその事呼んじゃう?」
「いや、行きませんよ……それに、大勢は嫌いとさっき言ったでしょう」
「んー……じゃあ、二人きりで買い物! それならいいっしょ? この間のお礼もしたいしさ」
尚も食い下がる伊吹に、月城は困惑の表情を見せる。
「まぁ、そういう事なら……」
月城がスクールバッグを肩にかけた次の瞬間、ポケットからバイブレーション。
取り出したスマホの画面に表示された通知を見ると、面倒くさそうに溜め息を吐く。
「あー……その、すいません。さっきの話はまた今度に。残念ながら″お仕事″が入りました」
そして、今一度伊吹の目に観察する様な眼差しを向ける。
「というか……出来れば伊吹さんにも手伝ってもらえればな、と」
「アタシ……? まぁいいけど」
若干困惑しつつも伊吹は了承する。
仕事……ようやく、そういう話が出てきたか。
もうそろそろ帰ろうかと思ってたぜ。
「へいへいへいへい、月城さん。な〜んか忘れちゃいねぇかい?」
俺がなぜこんな教室の隅っこで女子達の動向を見計らっていたかと言うと、こういう瞬間を待っていたからだ。
俺も仕事についていってみたい!
と言う圧倒的知的好奇心である。
「……はぁ」
「おい、溜め息つくなよ」
月城は眉間にシワを寄せながら、再び小さく溜め息をつく。
「……ええ、ええ。分かりました。風間君の同行も許可します」
とても嫌々と言った感じであった。
「マジ? いえーい!」
「アンタなんかテンション高くない? もしかしたら危ない仕事かもよ?」
「おいおい、分かってねぇなぁ。遂に俺達の実力を見せる時が来たんだぜ?」
「まるでお遊び気分ですね……まぁいいです。それに、良い機会ですしね……」
「ん……?」
含みのある様な言葉だったが、その変わらない表情と、変わらない語気からは、何も読み取れなかった。
「いえ、こちらの話です。二人とも、さっさと行きますよ。場所はここから二キロ離れた地点。外に車が用意してあります」
命に関わる仕事になるかもしれないってのに、月城はポーカーフェイスを貫いたまま、スタスタと歩き始める。
「お仕事開始、です」
相も変わらず、機械の様な態度で。




