59話 月城理乃、現る
誰しもが憂鬱になる日。
それはどんな日だろうか。
予想出来るのは、夏休み終わりの九月初めの日。
長い休みの終末を嘆いたり、宿題や課題が終わってなかったり、人間関係に不安があったり。
十人十色、様々な理由があるだろう。
長い休みってのは、時に人から″慣れ″を奪う。
冬休み、そして春休みも同様。
年末年始をダラダラと過ごしたり、環境の変化に一喜一憂したり、こちらも理由は様々。
当然、ゴールデンウィークも。
人はゴールデンウィークと言う文化に心躍らせる。
買い物に行くも良し、家でのんびりするも良し。
社会人は有給を利用して旅行に行く者だっている。
そして、今年のゴールデンウィークは特に……
というか、うちの高校の生徒は特に浮き足だっている。
ゴールデンウィーク手前に起こった神隠し事件。
あの日から報道は殺到。
マスコミに映りたがる学生共。
それら全てをお祭り騒ぎにしたいメディア。
この数週間でムサヤマの名前は更に流行を加速させた。
そして、某タレントの不倫やら、動物園でパンダが生まれたとか、すぐに別の流行りに移り、廃れ、誰もあの事件を話さなくなった辺りで、憂鬱な登校日を迎えたワケだ。
そんなかったるい気分の本日は、衣替え前の癖して夏序盤くらいの暑い日となった。
時期的に中間テストも近い。
加えて、祝日はしばらく来ない。
それらの理由が憂鬱さに拍車をかけている。
何はともあれ、退屈な日常に慣れるか不安だったが、そんな感情はいつの間にか消えていた。
普通に生きているだけでも、娯楽は山ほどあるし、面倒くさい事も山積み。
その他大勢となんら変わりないノーマルな日常だ。
つまらない学校生活が今日からまた始まる。
「おっ! 風間じゃーん! おっはー!」
自転車のベルの音と共に立ち漕ぎで登場したのは七瀬。
怪我はすっかり治った様で、本人は怪我した事も、学校が襲撃された事すら覚えていない。
その方が魔術師にとっては好都合だけどな……
「おー、また学校でなー」
「おっ先〜!」
急いでいるのか、元気なのかは分からない。
ただ、風の影響か、スカートがめくれていた。
ギャルと言う生き物はスカートを折り曲げてミニスカにしたがるからな。
それで、更にめくれて中がバッチリ見えてしまったワケだ。
憂鬱な気分も、ラッキーカラーのピンク色で少し和らいだ。
今日はツイてるな……
※ ※ ※ ※ ※
魔術連盟からの連絡は今のところ無い。
何か仕事を頼まれるワケでも無ければ、ヒトミの捜索について進展があったワケでもない。
俺はこんな事をしていていいのだろうか。
本当に宇都見の言った通り、普通の学校生活を送るべきなのだろうか。
伊吹はどうしてるだろう。
あの時は意気投合してくれた。
一緒になって、『影のヒーローってかっこいい!』みたいな会話をした気がする。
伊吹の奴も、きっと落ち着かないんじゃないか。
心の何処かで燻ってるんじゃないのか。
そうだよな、伊吹。
教室の窓際、壁に寄りかかりながら自席の方に目をやると、何やらワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎ。
「マジでゴールデンウィーク、ちょ〜楽しかったねー! ホント、伊吹さん呼んでマジ正解!!」
「それな! つかさー、そのカラーめっちゃイケてない!? どこの美容院行ってんの?」
「ああこれ? 普通に、武蔵新山の美容院だよ。ほら、あの大きい通りの」
伊吹の周りには人だかりが出来ていた。
それも、クラスの女子連中だ。
七瀬や黒木じゃない。
伊吹本人も楽しそうに会話を弾ませている。
いつの間に、あんなコミュニティを広げていやがったのか……?
「うわ、めっちゃ近場〜! 私もカラー入れよっかなー。でも親がうるさいかも〜」
「分かるわー。アタシも親が厳しいからさー。ま、逆に反抗して染めてやったけどね。ピアスも開けちゃった」
「伊吹さん、やっる〜!!」
なんて事だ。
伊吹の奴、めちゃくちゃスクールライフをエンジョイしてやがる。
今まで友達なんてほとんどいなかった癖に……
「ムキー!! なんかムカつくぅ〜!!」
「おいおい、心が狭い奴だな。それとも、伊吹ちゃんが取られて嫉妬してるって感じかい?」
共に壁に寄りかかりながら、イケメンはそう言った。
「っせー! そんなんじゃねぇし! 俺が言ってんのはな、まだ完全に危機が去ったワケじゃねぇのに、浮かれ過ぎだって話だ! ヒトミは未だに行方不明。アンジェの奴は神出鬼没! あ〜んな風に呑気してる場合か!」
「そりゃあ、やる気に満ち溢れてて殊勝なこった。でも俺は言ったぜ? 仕事はねえってさ」
ため息混じりに、呆れた表情を見せてくる。
「……だ、だからって何もしないワケには……なんか落ち着かねぇんだよ……」
「別に、今まで通りじゃんかよ」
「違うだろ。一月前とは全然ちげぇ」
「……そうかぁ? お前は特に変わってねーよ。どちらかと言えば、伊吹ちゃんの方が変わったよな。彼女の周りにはあーちゃんとヨルカちゃん。その二人と仲が良いからか、評判も良くなって、今度はクラスメイトだ」
伊吹の笑顔が目に映る。
本当に楽しそうだ。
愛想笑いなんかじゃない。
むしろ、俺が魔術師絡みの話をアレコレしたら、楽しい気分を台無しにしかねない。
「なぁ……お前はアレを邪魔するのか? 連盟の仕事って奴は、わざわざ今の伊吹ちゃんの時間を取ってまでやる事なのか……?」
「それは……」
朝のHRのチャイムが鳴り響く。
「ま、お前も友達とか彼女とか、作ってみれば? そういうありきたりな高校生活も、案外悪くないと思うぜ」
宇都見は俺の肩に手をポンと叩いて自席に戻っていく。
俺が間違っているのか?
魔術連盟の一員になれたって現状に、ただ酔ってるだけなのか?
このゴールデンウィークは結局何も出来なかった。
使命感に駆られて、魔術連盟に連絡をしてみたが、俺の出る幕はどうにも無いらしい。
俺は魔術師の中じゃ、所詮は有象無象なのか?
俺なんかじゃ、何も役に立たないってのかよ。
勝手に自問自答して、勝手に傷つきながら俺も自席に戻る。
「ねぇ、風間」
伊吹は散って行ったクラスメイトを見送った後、フランクに話しかけてきた。
「アンタ宇都見と何話してたの? なんか揉めてた?」
「別に……どうでもいいだろ。お前には関係ねぇ」
「はぁ? ナニそれ。なんで機嫌悪いワケ? アタシに当たんないでくれる?」
一瞬であちらも不機嫌モードに。
「あー…………すまん。機嫌は別に悪く無いんだ。本当に世間話してただけなんだ」
ちょっと考えてから、素直に謝っといた方が得策だと思った。
ここで今までみたいに突っぱねると、また面倒くさい事になる。
この女は俺に似ていて、すぐ喧嘩腰になるからな。
「あっそう。喧嘩でもしてんのかと思った。なんかそういう雰囲気に見えたからさ」
「ご心配どーも……」
それに、今の伊吹に反発した所で、貧乏クジ引くだけだ。
女子連中は今やこいつを慕っているし、周りには仲良いですよってアピっといた方が、何かと得しそうだ。
なんて……そんな打算的な友好関係を考えてる俺は嫌な奴だな。
そもそも、伊吹は俺と宇都見の仲を心配してくれただけなのに。
「はい、朝のHR始めまーす」
教室に入るや否や、高橋先生はそう告げた。
今度ばっかりは、魔術師が化けてる、なんて事は無い。
どっからどう見ても、ただの先生である。
「の前に……さ、入って入って」
「ん……?」
誰かを手招く素振りで、クラス中がざわつき出す。
まだ席に着いてない生徒でさえ、その体の動きをピタッと止める。
視線は教卓横の扉に吸い寄せられた。
そして、その後更に目が離せなくなる。
現れたのは、学校指定のブレザーに身を包んだ、まさに絶世の美少女であった。
状況から言って、これは転校生って奴だ。
そこまではごくありふれた、たまに起こる一般的なイベントだ。
しかし、これがめちゃくちゃ可愛いとなると、話が変わってくる。
そんな展開はベタな漫画でしか見た事が無い。
冬の空の様な透き通る肌。
雪の様に煌めく銀髪。
吹雪の様にうねるミディアムショート。
極めつけは、そのクールでどこか気怠げで、儚い表情。
手足も細く、身長も低く、見るからに華奢な体格……
あれ?
目が離せなくなったのはその容姿のせいか?
そうだ。
ただ周りとは理由が違う。
見惚れたから、とかじゃない。
何せ、この子は、いや、こいつは……!
「急遽このクラスに転入する事になりました。月城理乃さんです。みんな、仲良くしてやってくれよ」
魔術連盟の一員、月城だ。
「……よろしく、お願いします」
「月城さんは親の仕事の都合でここに来たらしい。色々と慣れない所もあると思うけど、そこは遠慮せずにクラスメイトに頼ってね」
「はい」
「あー、そこに空いた席あるでしょ。そこ座って」
先生が指差したのは俺の隣だった。
何故か空いた机が横にあって薄々嫌な予感はしていたが、つまりそういう事である。
「隣の奴は教科書とか見せてやる様に。隣は……風間か」
若干不安そうな眼差しの先生と目が合う。
問題児の隣は心配ですか、そーですか。
月城が指定された席に着くまでの一挙手一投足、クラス中の全員が見入った。
凛々しく、美しく、そして愛らしくもある。
そんな感情で見てるんだろうな、こいつら。
俺は全く別だった。
この女が隣に来ると言うのは、俺にとっては全然最悪だ。
だって、ほら……
「よ、よろしく……あはは……」
「………………チッ」
かくして、俺のゴールデンウィークは舌打ちと共に幕を開ける。
伊吹の笑いを堪える声と共に、アンラッキーに塗り潰されながら。




