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罪深き魔術師共  作者: ルカ
57/60

57話 新しい日常

「結界魔術には何種類かある。一番ポピュラーなのは秘匿結界、主に魔道具で展開されるお馴染みの奴だ」


 宇都見は歩きながら、知識を語り始める。

 特にこちらから何も聞いてはいないが、一人でに喋り始める。


「そして、この魔術連盟の基地、『フォルト』は、ある結界魔術によって構築された場所に建っている」


 どうやらこの話を聞かなきゃならないらしい。

 だけどまぁ、利が無い話ってワケでも無さそうだ。


「秘匿結界じゃなくて?」


「違う。『空上(くうじょう)結界(けっかい)』、実際に空の上にあるワケじゃないぜ? 魔術によって生み出された、この世のどこにも存在しない世界の狭間。それを作り出すのが空上結界」


「信じられねぇ話だなぁ。じゃあここはどこにあるってんだよ。どっから入るってんだ。それに……」


 窓の向こうには一面緑色の草原が続いていた。

 確かにこんな場所が日本にあるとは考えづらい。

 しかし、咲いている木々や花は、生命にしか許されない水々しさと生々しさを持ち合わせている。


「これすら、その空上結界とやらで生み出されたもんだって言うのかよ」


「俺もそこまでは知らねーよ。情報として知ってる事をお前に喋ってるだけだ。ただ、こればっかりは嘘はついてねーぜ」


「……」


 伊吹は首を傾げるワケでもなく、無言で俺と宇都見の後をついて来ている。

 どうせ聞いても分からないから、最初から聞いていないのだろう。

 多分それが賢明だ。


「ああ……それからどうやって入るのかって話は答えられるぜ。というか、今向かってるのが出入り口だからな」


 歩いていると、見覚えのあるシャンデリアが目に映る。

 ここはどうやら玄関ホールだったらしい。

 しかし、正面奥に続く扉は玄関口には見えない。

 小部屋に続く扉の様に見える。


「ここだ」


 宇都見は一言呟いてからその小部屋に入っていく。

 疑問を浮かべつつ、俺達も後に続く。



 しかし、それは小部屋なんかじゃなかった。



「なんだこりゃあ!?」


 中にあったのは、長い廊下と、左右対称に延々と続く黒い扉の数々。

 気が遠くなる様な、果てしない長さ。

 浮かんだ疑問が更に増えていく。


「おい! 外に出るんだぞ!? ここはまた廊下じゃねぇか! それになんなんだこの扉の数は!?」


「おいおい、今外に出たって結界の中だろうが。大切なのは、()()()()()()()()だぜ。心配すんなよ、お前はここから入って来たんだから」


「マジ……?」


「マジだよ。アタシは別に気絶してたワケじゃないから、ここを通ったの覚えてる。まぁ仕組みは全然理解出来なかったけどね」


「だろうな……」


 恐らく宇都見が言っているのは、この状態で外に出ても、あの草原風景の中にしか行けないと言う事だ。

 だとしても、扉に入ったところで、あるのはまた別の部屋……


 いや、待てよ。


「……そういう事か」


「いや、なんでアンタ今の説明で分かるワケ?」


「ふっ……伊吹ちゃん、アレ知ってる……?」


 何故か宇都見はドヤ顔で伊吹に問う。


「は? 何が?」


 そして、咳払いを一つ。




「テレッテレッテレ〜!! ど〜こ〜で〜も〜ド〜ア〜〜〜!!」



 宇都見はダミ声でそう言った。








「……は?」



 伊吹は肥溜めにはまった蝿を見る様な視線を宇都見に送る。


「あー、えっとね。つまりこの扉は結界の外に通じてるってワケ。しかも、どこでも好きな所に飛べる。つまり、ここに置いてあるドア全てが魔道具って事! 結界の外だろうと、どこでも行けちゃうドア! オーケー!?」


「じゃあそう言えばいいじゃん」


「……」


 黙らされた宇都見は俺に耳打ちする。


「(なぁなぁ、伊吹ちゃんってアレ知らないの〜? 国民的アニメのアレ! 外人だって知ってるぜ……!?)」


「お前そりゃ伊吹を舐め過ぎだな。アイツ、九九すら怪しいんだぜ」


「……なんか馬鹿にしてない?」


「おーっと! そんなくだらん事より、この扉の使い方を早く教えてくれ」


「今誤魔化したっしょ? 誤魔化したよね? ね?」


「お二人さん、あそこを見てみな」


 宇都見はドアの上を指差す。

 よく見ると番号が振られている。

 奥に行く度に番号が二つずつ増えている。

 右側が奇数、左側が偶数だ。

 

「これはロッカーの番号みたいなもんでさ。個人が″設定″した場所に飛べる様になっている。無論、自分で設定していないドアは開けても無駄だ」


 宇都見は『1』のドアを開けてみる。

 すると、そこは部屋ですらないただの壁。


「この『1』のドアを設定した人間しか、この先へは行けないのさ。じゃあどうするか? フリーのドアを探すしかないって事だ」


 そう言って少し歩き出す。

 再び指差したドアは赤かった。

 その上、番号は振られていなかった。


「これは転移先を一回しか設定出来ないドアさ。来賓用って奴かな。だから、帰るには一度限りの設定をする必要がある」


 宇都見はドアノブを掴む。

 そして、魔力をドアノブに、そこから扉全体へと流していく。


「……魔道具って奴は基本的に魔力で動く。秘匿結界や、伊吹ちゃんが持っているナイフ、この扉型の魔道具、『ポータル』もな」



 そして、全体に行き渡った所で扉を開く。



 するとどうだろう、その扉を境に別世界の風景が続いていた。

 この建物の周りとは明らかに違う、馴染み深いコンクリート、電柱、並木道。


「おお……すっげぇ、摩訶不思議って感じだぜ」


 帰ってきた、と表現するのはおかしいだろうか。

 どちらにせよ、なんとも言葉にし難い感動がある。


「扉は開いた。怪しまれない内に出るぞ。さっさと出ないと色々面倒だ」


「ああ……」


 言われるがまま、そのドアから一歩踏み出す。

 通り抜けた瞬間、温度の微妙な変化が肌で分かる。

 俺達が今いた所は、本当に世界の狭間だったんだ。


 俺に続いて伊吹、そして最後に宇都見が出てきた。

 どこに出てきたのか気になり、ふと周りを見渡すと、出てきた場所は影になっていて、ここがどこかのビルの一階部分だとはすぐ分かった。

 ただ、出てきた筈のドアに違和感が。


「ん? このドア、さっきは赤かったのに……」


 ドアの裏側は黒かった。

 というか、扉そのものが別の物に変わった様な奇妙な感覚。


「ポータルはドアからドアへと転移する。俺達が転移に使わせてもらったドアは、なんの変哲もないドアさ。そして、勿論もうこのドアは……」


 その瞬間、ドアが開く。


「うわっ! なんですか君達ぃ!」


 知らない男が顔を出す。

 魔術連盟の人間は大体みんなスーツを着ていたのにこの男はなんか違う。

 ニットのセーターとジーンズを履いたただのパンピーだ。

 そもそも魔力を一切感じない。


「魔術連盟の人か……? あ、えっと俺は……」


「あー、すいませーん。ちょっと日差しが暑かったんでここの影で涼んでたんすよ」


 宇都見はフォローする様に言葉を被せる。


「何か物音がしたと思ったら……ここは事務所の前なんですからね!? 全く……」


「すぐどきまーす、さっせーん」


 ワケも分からず、三人共々ビルから通りの方へと出る。


「どういう事だ? 事務所ってなんだよ?」


「俺達が転移に使ったドアは、どうやら事務所の玄関だったみたいだ。さっさと出ようって言ったのはそういう事。怪しまれるって言ったのもな」


「じゃあ、あのドアはもう魔術連盟に通じてるドアじゃねぇって事か……」


「そ! 思い浮かべたドアから出れる。それがポータルの能力だ。学校の近くに転移しといたら、これで簡単に帰れるってワケさ」


 なかなか複雑だが便利な魔道具だ。

 確かにこりゃあ、伊吹が理解するにはちと難しいかな。


「さぁ、とりあえず帰ろうぜ。今は下校時間だ、警察とかに怪しまれずに帰れるぜ。勿論、無断欠席したまんまだから、教師にドヤされるかもしれないけどな」


「うわ〜……鬱だわ〜……」


 急にテンションが下がった伊吹がへたり込む。


「あれ、お前そんな先生に怒られるの気にするタチだっけ?」


「違う、教師共なんてどーでもいい。あのクソ親父が絶対なんか言ってくる。はぁ……もー、帰りたくなーい!」


 伊吹はうずくまって地面に弱音を吐き捨てる。

 確かに気持ちは分かるなぁ。

 親族に怒られる方が心にクるぜ。


 ただ、今はそんな事は些細な問題だ。


「伊吹よぉ、俺らこれからが大変なんだぜ。んな事いちいち気にしてられっかよ。ヒトミンの捜索に、あとアンジェの奴もなんとかしなきゃだよなぁ。″俺達″にしか出来ない仕事だもんなぁ」


「確かにそれはそうかも……! アタシ達、もう魔術連盟なんだ……!」


 見事に感化された伊吹は立ち上がる。


「そうさ! 俺達は影のスーパーヒーローなんだぜぇ!?」


「おお……! 確かに、クラスのみんなを救ったのもアタシらだし!」


「はっはっは! このまま行けば学校中の人気者! 俺らの時代がようやくやって来たな〜!!」


「盛り上がっちゃって……ずいぶんと調子づいてんな」


 そこにローテンションが一名。

 嫌味な言葉で気持ちを削いでくる。


「……なんだよ、突っかかって来やがって。俺達だってもう連盟の一員なんだぞ?」


「マジそれな。空気読みなよ、アホ、ボケ、カス」


「伊吹ちゃん……君はその終わってるボキャブラリーをなんとかした方がいい」


「はぁん!?」


「おい風間、さっき″俺達″って言ってたが、魔術師って意味か? それだったらいっぱいいたろ。捜索も、追跡も、適任が既にいるんだよ」


「はぁ? じ、じゃあ俺達の仕事は……?」


「んなもんねーよ。普通に学校生活を送れよ。ここ数週間は色々あったろ? そんな忙しい日々も終わりさ。楽しいスクールライフ、新しい日常の始まり始まりーって事だ」


「学校生活……」


「スクールライフ……」


 俺と伊吹は互いに渋い顔を見合わせる。


「良かったじゃんかよ。もう痛い思いも、怖い思いもしなくていい。そもそも、博士の捜索はお前らに頼まれなくたってやっていた事さ。お前らが連盟に入ったメリットは、ヤバい時に助けてもらえるって事ぐらいさ。ま、そういう状況も今後は少ないだろうけどな」


 体験版のゲームが良い所で終わった様な気分だ。

 ここからだろって感じなのに、どうにも歯切れが悪い。

 でも、それも仕方ない事なのか?

 それが組織に入るって事なのか?


 魔術とか結界だとか、ファンタジーな物ばかりに触れてきたと思えば、こっから先は普通の学校生活だと?

 非日常を知っちまった俺にはそんな言葉は退屈に聞こえる。


「……ま、宇都見の言う通りかもね。つまんなかった日常に戻るのも、案外悪くないかも」


「伊吹……」


 俺は戻れるだろうか。

 あの何も無い日々に。


 この熱は、まだ冷める気がしない。


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