57話 新しい日常
「結界魔術には何種類かある。一番ポピュラーなのは秘匿結界、主に魔道具で展開されるお馴染みの奴だ」
宇都見は歩きながら、知識を語り始める。
特にこちらから何も聞いてはいないが、一人でに喋り始める。
「そして、この魔術連盟の基地、『フォルト』は、ある結界魔術によって構築された場所に建っている」
どうやらこの話を聞かなきゃならないらしい。
だけどまぁ、利が無い話ってワケでも無さそうだ。
「秘匿結界じゃなくて?」
「違う。『空上結界』、実際に空の上にあるワケじゃないぜ? 魔術によって生み出された、この世のどこにも存在しない世界の狭間。それを作り出すのが空上結界」
「信じられねぇ話だなぁ。じゃあここはどこにあるってんだよ。どっから入るってんだ。それに……」
窓の向こうには一面緑色の草原が続いていた。
確かにこんな場所が日本にあるとは考えづらい。
しかし、咲いている木々や花は、生命にしか許されない水々しさと生々しさを持ち合わせている。
「これすら、その空上結界とやらで生み出されたもんだって言うのかよ」
「俺もそこまでは知らねーよ。情報として知ってる事をお前に喋ってるだけだ。ただ、こればっかりは嘘はついてねーぜ」
「……」
伊吹は首を傾げるワケでもなく、無言で俺と宇都見の後をついて来ている。
どうせ聞いても分からないから、最初から聞いていないのだろう。
多分それが賢明だ。
「ああ……それからどうやって入るのかって話は答えられるぜ。というか、今向かってるのが出入り口だからな」
歩いていると、見覚えのあるシャンデリアが目に映る。
ここはどうやら玄関ホールだったらしい。
しかし、正面奥に続く扉は玄関口には見えない。
小部屋に続く扉の様に見える。
「ここだ」
宇都見は一言呟いてからその小部屋に入っていく。
疑問を浮かべつつ、俺達も後に続く。
しかし、それは小部屋なんかじゃなかった。
「なんだこりゃあ!?」
中にあったのは、長い廊下と、左右対称に延々と続く黒い扉の数々。
気が遠くなる様な、果てしない長さ。
浮かんだ疑問が更に増えていく。
「おい! 外に出るんだぞ!? ここはまた廊下じゃねぇか! それになんなんだこの扉の数は!?」
「おいおい、今外に出たって結界の中だろうが。大切なのは、結界の外に出る事だぜ。心配すんなよ、お前はここから入って来たんだから」
「マジ……?」
「マジだよ。アタシは別に気絶してたワケじゃないから、ここを通ったの覚えてる。まぁ仕組みは全然理解出来なかったけどね」
「だろうな……」
恐らく宇都見が言っているのは、この状態で外に出ても、あの草原風景の中にしか行けないと言う事だ。
だとしても、扉に入ったところで、あるのはまた別の部屋……
いや、待てよ。
「……そういう事か」
「いや、なんでアンタ今の説明で分かるワケ?」
「ふっ……伊吹ちゃん、アレ知ってる……?」
何故か宇都見はドヤ顔で伊吹に問う。
「は? 何が?」
そして、咳払いを一つ。
「テレッテレッテレ〜!! ど〜こ〜で〜も〜ド〜ア〜〜〜!!」
宇都見はダミ声でそう言った。
「……は?」
伊吹は肥溜めにはまった蝿を見る様な視線を宇都見に送る。
「あー、えっとね。つまりこの扉は結界の外に通じてるってワケ。しかも、どこでも好きな所に飛べる。つまり、ここに置いてあるドア全てが魔道具って事! 結界の外だろうと、どこでも行けちゃうドア! オーケー!?」
「じゃあそう言えばいいじゃん」
「……」
黙らされた宇都見は俺に耳打ちする。
「(なぁなぁ、伊吹ちゃんってアレ知らないの〜? 国民的アニメのアレ! 外人だって知ってるぜ……!?)」
「お前そりゃ伊吹を舐め過ぎだな。アイツ、九九すら怪しいんだぜ」
「……なんか馬鹿にしてない?」
「おーっと! そんなくだらん事より、この扉の使い方を早く教えてくれ」
「今誤魔化したっしょ? 誤魔化したよね? ね?」
「お二人さん、あそこを見てみな」
宇都見はドアの上を指差す。
よく見ると番号が振られている。
奥に行く度に番号が二つずつ増えている。
右側が奇数、左側が偶数だ。
「これはロッカーの番号みたいなもんでさ。個人が″設定″した場所に飛べる様になっている。無論、自分で設定していないドアは開けても無駄だ」
宇都見は『1』のドアを開けてみる。
すると、そこは部屋ですらないただの壁。
「この『1』のドアを設定した人間しか、この先へは行けないのさ。じゃあどうするか? フリーのドアを探すしかないって事だ」
そう言って少し歩き出す。
再び指差したドアは赤かった。
その上、番号は振られていなかった。
「これは転移先を一回しか設定出来ないドアさ。来賓用って奴かな。だから、帰るには一度限りの設定をする必要がある」
宇都見はドアノブを掴む。
そして、魔力をドアノブに、そこから扉全体へと流していく。
「……魔道具って奴は基本的に魔力で動く。秘匿結界や、伊吹ちゃんが持っているナイフ、この扉型の魔道具、『ポータル』もな」
そして、全体に行き渡った所で扉を開く。
するとどうだろう、その扉を境に別世界の風景が続いていた。
この建物の周りとは明らかに違う、馴染み深いコンクリート、電柱、並木道。
「おお……すっげぇ、摩訶不思議って感じだぜ」
帰ってきた、と表現するのはおかしいだろうか。
どちらにせよ、なんとも言葉にし難い感動がある。
「扉は開いた。怪しまれない内に出るぞ。さっさと出ないと色々面倒だ」
「ああ……」
言われるがまま、そのドアから一歩踏み出す。
通り抜けた瞬間、温度の微妙な変化が肌で分かる。
俺達が今いた所は、本当に世界の狭間だったんだ。
俺に続いて伊吹、そして最後に宇都見が出てきた。
どこに出てきたのか気になり、ふと周りを見渡すと、出てきた場所は影になっていて、ここがどこかのビルの一階部分だとはすぐ分かった。
ただ、出てきた筈のドアに違和感が。
「ん? このドア、さっきは赤かったのに……」
ドアの裏側は黒かった。
というか、扉そのものが別の物に変わった様な奇妙な感覚。
「ポータルはドアからドアへと転移する。俺達が転移に使わせてもらったドアは、なんの変哲もないドアさ。そして、勿論もうこのドアは……」
その瞬間、ドアが開く。
「うわっ! なんですか君達ぃ!」
知らない男が顔を出す。
魔術連盟の人間は大体みんなスーツを着ていたのにこの男はなんか違う。
ニットのセーターとジーンズを履いたただのパンピーだ。
そもそも魔力を一切感じない。
「魔術連盟の人か……? あ、えっと俺は……」
「あー、すいませーん。ちょっと日差しが暑かったんでここの影で涼んでたんすよ」
宇都見はフォローする様に言葉を被せる。
「何か物音がしたと思ったら……ここは事務所の前なんですからね!? 全く……」
「すぐどきまーす、さっせーん」
ワケも分からず、三人共々ビルから通りの方へと出る。
「どういう事だ? 事務所ってなんだよ?」
「俺達が転移に使ったドアは、どうやら事務所の玄関だったみたいだ。さっさと出ようって言ったのはそういう事。怪しまれるって言ったのもな」
「じゃあ、あのドアはもう魔術連盟に通じてるドアじゃねぇって事か……」
「そ! 思い浮かべたドアから出れる。それがポータルの能力だ。学校の近くに転移しといたら、これで簡単に帰れるってワケさ」
なかなか複雑だが便利な魔道具だ。
確かにこりゃあ、伊吹が理解するにはちと難しいかな。
「さぁ、とりあえず帰ろうぜ。今は下校時間だ、警察とかに怪しまれずに帰れるぜ。勿論、無断欠席したまんまだから、教師にドヤされるかもしれないけどな」
「うわ〜……鬱だわ〜……」
急にテンションが下がった伊吹がへたり込む。
「あれ、お前そんな先生に怒られるの気にするタチだっけ?」
「違う、教師共なんてどーでもいい。あのクソ親父が絶対なんか言ってくる。はぁ……もー、帰りたくなーい!」
伊吹はうずくまって地面に弱音を吐き捨てる。
確かに気持ちは分かるなぁ。
親族に怒られる方が心にクるぜ。
ただ、今はそんな事は些細な問題だ。
「伊吹よぉ、俺らこれからが大変なんだぜ。んな事いちいち気にしてられっかよ。ヒトミンの捜索に、あとアンジェの奴もなんとかしなきゃだよなぁ。″俺達″にしか出来ない仕事だもんなぁ」
「確かにそれはそうかも……! アタシ達、もう魔術連盟なんだ……!」
見事に感化された伊吹は立ち上がる。
「そうさ! 俺達は影のスーパーヒーローなんだぜぇ!?」
「おお……! 確かに、クラスのみんなを救ったのもアタシらだし!」
「はっはっは! このまま行けば学校中の人気者! 俺らの時代がようやくやって来たな〜!!」
「盛り上がっちゃって……ずいぶんと調子づいてんな」
そこにローテンションが一名。
嫌味な言葉で気持ちを削いでくる。
「……なんだよ、突っかかって来やがって。俺達だってもう連盟の一員なんだぞ?」
「マジそれな。空気読みなよ、アホ、ボケ、カス」
「伊吹ちゃん……君はその終わってるボキャブラリーをなんとかした方がいい」
「はぁん!?」
「おい風間、さっき″俺達″って言ってたが、魔術師って意味か? それだったらいっぱいいたろ。捜索も、追跡も、適任が既にいるんだよ」
「はぁ? じ、じゃあ俺達の仕事は……?」
「んなもんねーよ。普通に学校生活を送れよ。ここ数週間は色々あったろ? そんな忙しい日々も終わりさ。楽しいスクールライフ、新しい日常の始まり始まりーって事だ」
「学校生活……」
「スクールライフ……」
俺と伊吹は互いに渋い顔を見合わせる。
「良かったじゃんかよ。もう痛い思いも、怖い思いもしなくていい。そもそも、博士の捜索はお前らに頼まれなくたってやっていた事さ。お前らが連盟に入ったメリットは、ヤバい時に助けてもらえるって事ぐらいさ。ま、そういう状況も今後は少ないだろうけどな」
体験版のゲームが良い所で終わった様な気分だ。
ここからだろって感じなのに、どうにも歯切れが悪い。
でも、それも仕方ない事なのか?
それが組織に入るって事なのか?
魔術とか結界だとか、ファンタジーな物ばかりに触れてきたと思えば、こっから先は普通の学校生活だと?
非日常を知っちまった俺にはそんな言葉は退屈に聞こえる。
「……ま、宇都見の言う通りかもね。つまんなかった日常に戻るのも、案外悪くないかも」
「伊吹……」
俺は戻れるだろうか。
あの何も無い日々に。
この熱は、まだ冷める気がしない。




