55話 魔術連盟 2
その人物は、想像とは少し違った印象だった。
この魔術師だらけの組織を束ねる代表だと言うのだから、厳格で威圧感がある様な人物を勝手に連想した。
しかし、実際にそこに座っていたのは、少し痩せた初老ぐらいの男だった。
髪には年齢に相応な程度の白髪が混じっていて、年齢にふさわしい短髪のヘアスタイル。
ネイビーのシャツに白ネクタイ。
スーツ姿なのは、やはり他の連中と同じだが、明確に違う所が一つある。
目の前のこの男からは、魔力が一切感じられなかった。
「風間蓮斗君と、伊吹涼香さん、だね? 初めまして、こんにちは」
枯れ木の様な男は穏やかな声色と笑顔で、座ったまま会釈をする。
「あ、どうも……っす」
「……こんにちは」
それと同時に、一瞬だけ伊吹と目が合う。
同じ事を思ったんだろう。
魔術師を束ねてる割には、魔術師じゃないって事に違和感を感じたんだ。
「おっと失礼、私も名乗らなくてはね。私は、魔術連盟代表、舩田国一だ。『代表』なんて大層な通り名だけれど、畏まらなくて大丈夫だよ。なんなら敬語じゃなくてもいい。君達が話しやすい言葉遣いでいいからね」
「は、はい。ありがとうございます……」
なんだか、肩透かしを食らった気分だ。
軽く笑みを浮かべたその様子は、あまりに″普通の大人″過ぎて、逆に困惑してしまう。
フレンドリーな学校の教師の様な親近感があった。
「まずは礼を言わせて欲しい。君達は非魔術師であるクラスメイトを守った。これは本来なら、我々魔術連盟が請け負うべき仕事だからね。本当に感謝するよ」
「あー……えーっと、その魔術連盟ってのがまだよく分かってなくて……どういった事をしてるんですかね……?」
「魔術連盟は、魔術師の社会的支援、及び魔術師絡みのトラブルを解決する為の組織だ。活動は主に後者の方がメインかな。魔術師界の警察か何かだと思ってもらっても構わない。実際、公安警察の幾人かとは内部で通じているんだ。魔術師絡みの事件が深くメディアに晒されないのは、彼等の協力あっての事なんだよ」
「そ、そうだったんすね。知らなかった……」
記憶にも新しい、水羽大橋の爆破事件。
当時のニュースじゃテロリストの仕業だとか、適当な事言って片付けられてたけど、そんな側面があるとは知らなかった。
俺達は知らぬ間に魔術連盟に世話になってたらしい。
「あ、話の腰折っちゃってすいません……」
「いやいや、構わないよ。それで、だ……君達に伝えたい事がある。恐らく君達が一番気になっている事。『あの後、どうなったか』だ」
「……!」
そうだ。
伊吹は何か聞いてるんだろうが、俺は今の今まで眠っていた。
気になる事なんて山ほどある。
「あの……! クラスの連中、どうなりました……?」
「……君達が戦闘を終えてから、六時間程経過している。それまでの間に、怪我をしていた七瀬さんや、宇都見君の治療は完了しているよ」
「さっきアサヒに会って来たけど……もう目覚まして元気だった。本当に良かったよ……!」
伊吹はそう言って顔を綻ばせる。
「他のクラスメイトは全員二時間分遅れて授業を再開したそうだ。まるで神隠し……なんて、驚いていただろうね。なんにせよ、誰一人死人は出なかった」
死人……そうだ、死人。
アイツは、ホワイトは死んだのか?
「敵の連中はどうなりました?」
「鹿島健吾は身柄を拘束させてもらった。アンジェ・ルーガーは逃走。リオと名乗った少年も、同じく行方をくらました」
あの野郎、逃げやがったのか。
今になって思えば、俺と宇都見が屋上から逃げた時、必然的にリオの近くにホワイトがいた。
俺が鉄柵に縛り付けてたのも、多分ホワイトが外したんだろう。
とは言え、慕っていた奴が消えたんだ。
そう、奴はもういない。
「そして……魔術連盟としても、絶対に捕まえたかった人間が一人いた。ホワイト、奴の脅威も去った訳だね」
「ホワイトはどうなったんです……?」
「結論から言うと、死体の確認は出来なかったよ。何せ、君が戦ったあの教室は、完全に火の海になってしまった。あれでは、肉も骨すらも残らない。しかしまぁ、あそこから生き延びるのは不可能だ。こちらでは、死亡したとしている」
ホワイト……本当に死んだのか?
互いに死力を尽くした戦いだった。
ただ、あっけないと言えば、そうにも思える。
なんというか、死体の一片も見つからなかったってのは少し引っかかるが、これ以上は連盟に対する失礼ってもんだ。
「……と、言う訳でね。伝えるべき事は伝えた。ここからは私……いや、魔術連盟からのお願いだ」
さっきまで朗らかだった男の顔に緊張が走る。
「君達はホワイトの一派との因縁を断ち切った。今や命を脅かす奴等はいない……だがね、奴等だけでは無いのさ。魔術師と言うだけで、君らの能力を狙う輩もいる。その上、そういう連中はやはり組織で動く。狙われれば、今回と同じ様な事になるかもしれない。だからね……」
船田と名乗った男は、俺と伊吹を二本指で指差す。
「君達……魔術連盟に入らないか……?」
まさに青天の霹靂、急過ぎる勧誘だった。
※ ※ ※ ※ ※
「失礼します」
そう告げて扉を静かに閉めると、通路にいたのは機械女だけじゃない。
あの高身長イケメン男も一緒だった。
「宇都見!」
「やぁやぁマイブラザー、こうやって無事に会えて嬉しいぜ。お前が倒れてる間は、ず〜っと神頼みしてたんだぜぇ? 『どうか、風間に永遠の安らぎを……!』ってな感じでな」
嘲る様な微笑みでも、今はちょっぴり嬉しかった。
無事なのは分かっていても、顔を見ると安堵する。
「そりゃ死人に言うセリフだろうが! いつもの調子で何よりだ」
「先に言っとくけどよ、ホワイトの件に関して、礼は言わないからな。俺は死にかけのお前を助けたんだ。貸し借りは無しだぜ」
宇都見は人差し指で俺の胸をつつく。
「けっ! それが命を賭して戦った友人に言うセリフかよ! 俺に貸し借り云々の話する前に、七瀬に金を返してやれよな」
「あ、それ言っちゃう? そういう痛い所ついちゃう感じぃ?」
俺と宇都見が日常会話に話を咲かせている所に、割って入る様に女が口を挟む。
「代表のいる部屋の前です。世間話なら他でやって下さい。それか、声量を落としたりだとか、配慮をして下さい。高校生だからと言って、子供扱いで済まされると思わないで下さい。馬鹿なんですか?」
殺意のこもった鋭い言葉が突き刺さる。
「あっはっは〜、ごめんね。でもあんまカリカリしないでよ、ツキノちゃ〜ん」
「…………気安く呼ばないで下さい」
その目つき、本当に機嫌が悪いのが伝わってくる。
ダウナーな無表情なのは変わらないが、怒りを肌に感じる。
何かオーラが出ている。
「えー……『ツキノ』って言うの? その、君の名前……」
当然の如く、女は返事しない。
ただ不愉快そうな顔を向けてくるだけ。
それを見かねたのか、宇都見は『やれやれ』と言った表情を見せる。
「俺が紹介するよ。彼女は月城理乃ちゃん。苗字と名前を合わせて『ツキノちゃん』って呼ばれてる。あー、俺が勝手に呼んでるだけだけどな」
「本当に、不快極まりないです……」
「え、じゃあなんて呼べばいーのー?」
とてつもない温度差で、宇都見は気楽に質問を投げかける。
「貴方は私の名を口にしないで下さい。出来たら視界に入らないで下さい。出来たら私の半径十メートル以内に入らないで下さい。後の案内は宇都見君に任せます。それでは私はこれで。今後、関わり合いが無い事を期待しています」
凄い早口で言いたい事を言いまくった挙句、競歩ばりの早足でその場から消えていく。
去り際に軽く会釈をしたのは、最低限の礼儀の精神だろうか。
とにもかくにも、一つ分かった事がある。
この宇都見、あの『月城』とか言う女に相当嫌われているらしい。
「お、お前も大変そうだな」
「彼女なりの照れ隠しって奴だ。二人きりの時はもうちょい優しいんだけどな」
「いやいや、あそこまで嫌われてたら多分勘違いでしょ。身内の女子にはいつも邪険にされてんじゃん、宇都見」
伊吹は若干冷ややかな目で凝視した。
言われてみれば確かにそうである。
宇都見をよく知らない女子連中にはよくもてはやされているが、七瀬と黒木、伊吹や今の女に至っては、クソの様な扱いをしている。
いつも女子にチヤホヤされてる分、至極メシうまである。
「けっけっけ! お前が女にけなされてんのは気分がいいなぁ〜!」
「どうせ、お前だって似た様な扱い受けてたんだろ。あの子は男にゃ厳しいのさ。ただ相手が女の子だとあんまり毒づかないんだよなー。二面性って怖いねぇ〜」
「お前が言うか……」
「つか、んな事ぁどーでもいいんだよ。案内を任された以上、お前らにもう一つ見せなきゃならない物がある」
そのまま宇都見は少し歩き出してから、また立ち止まる。
「っと……その前に、まぁ一応確認って奴だ。船田さんから聞いた筈だ。連盟に入るか否か……その答え、俺にも聞かせてもらおうか」
ふざけた態度から一片、宇都見の顔から笑顔が消えた。
やはり、この男の方が二面性の塊だ。
常に仮面を被っている様にすら思える。
確かに、連盟に入るかどうか聞かれた。
その時頭によぎったのは前に聞いた宇都見の話だ。
連盟は互いを利用し合っているビジネスの関係、みたいな事を言っていた。
ならば俺も利用するまで。
保身や、別に仕事が欲しいワケじゃない。
気がかりなのは、未だ行方が分からないヒトミの事だ。
俺が条件として提示したのは、ヒトミの捜索。
口頭だけで人の生き死になんか判別出来るか。
例えもう死んでいたとしても、顔くらいは拝まないと納得出来ない。
だから、ヒトミが見つかるまで、それまでは……
「……俺は連盟に入るぜ」
「アタシもね」
「…………そうか。オーケー、案内を続けよう」
船田さんにある事を聞いた。
御影ヒトミの遺体が、見つからなかった事を。
アンジェの捜索の過程で、ヒトミの研究室近くで大量の血痕が見つかったらしい。
見つけられたのはそれだけだった。
だが、連盟の組織力をうまく活用すれば、きっとヒトミは見つかる。
俺に魔術の事を教えてくれたし、一度命も救ってくれた。
ちょっと胡散臭い感じではあったが、親身になってくれた奴だ。
このまま終わりなんて俺は認めない。
話したい事がまだ残ってる。
それに、何故だかは分からないが、どっかで生きていると言う確信がある。
本能的な何かが、こう言っている。
『御影ヒトミ』を探せ、と。




