54話 魔術連盟 1
寝てる時によく見る夢。
それは大まかに二つパターンがある。
皆にチヤホヤされる。
家族に褒められる。
大勢に囲まれて、幸せそうな俺。
そういう願望が映し出されるタイプ。
もう一つは、言ってしまえば悪夢だ。
多分これは、まだ幼い頃の記憶。
あまり覚えていないけど、俺にとっては最悪の出来事だった。
とても嫌な思い出。
ただ、思い出さなきゃいけない気がしていた。
そう思う度に、それはボヤけて、霞んで、どこまでも不鮮明。
使命感みたいなものが背中を押すから、それに合わせて歩き続ける。
でも、歩いているだけじゃ辿り着けそうにない。
それじゃダメだって、走り出す。
走り出すと……
「あ、起きた」
こうして目覚めてしまう。
「…………伊吹?」
この状況には覚えがある。
前後の記憶が曖昧で、目覚めたら見知らぬ天井。
凄まじくデジャヴを感じる。
しかし、前回とは大きく異なる。
まず目に映ったのは少しレトロな木目の天井。
横になっていたベッドも、どこか古めかしく感じる。
必要そうな家具のみが置いてあるこの空間は、旅館か、あるいはビジネスホテルの様な印象を受ける。
さて、ここで問題。
ここは一体どこなのだろうか?
「伊吹、とりあえず状況を説明してくれ」
「んー……アタシもよく分かんないんだけどさ、なんかよく分かんない人達が? 助けてくれたっぽい? みたいな?」
「そうか」
全然分からなさそうだ。
もしかして、今の俺より理解出来てないんじゃないか?
前もそうだったけど、普通こういう説明役は俺が起きた時に横にいる奴だろ。
多少の状況整理はしておくべきだろ。
「んね、やっぱりなんとかなったっしょ? アタシも風間も、結構ピンチだったけどさ」
「あー、そういえばそんな話してたよな。お互い、しぶといもんだ」
「ゾンビ野郎とか言われてたしね、ウケる」
「けっ、うっせーよ」
伊吹は怪我の一つも無く、いつもの調子で笑っている。
正直、ホッとした。
落ち着いている様子だし、他のクラスメイト連中も無事だったんだろう。
となれば、全員無事生存。
今回の学校襲撃の件は、なんとかなったみたいだ。
よな……?
若干の心配を孕んでいる間に、モダン風の茶色い扉が開かれる。
そこから出てきたのは、まぁなんとも美人さんであった。
「……目覚め……ましたか」
とてもクールな感じの子だ。
髪も真っ白、肌も真っ白。
身長ちっさめで、手足もほっそい。
俺らとそんなに変わらないくらいの歳に見えるけど、涼しい雰囲気がなんとも黒いスーツによく似合っている。
それでいて、ちょっと童顔で母性本能をくすぐる様な魅惑のフェイス。
控えめに言って……可愛い!
「ど、どもーっす」
「……」
言葉は返されず、値踏みするかの様にジッと見られる。
なんだか少し怖い。
というか、終始無表情だ。
「……貴方は吸引してしまった煙が主な問題でした。怪我も酷かったですけど、後遺症が残るレベルでも無い。魔術による回復も済んでいる筈です。なのでさっさと起きて下さい」
「え……」
発したのは、イメージに違わない冷たい言葉だった。
どうにも、最近出会う女とは第一印象が悪い。
俺、寝込んでたんだぜ?
『ずっと起きないんで心配でした!』とか、『無事で安心しました!』とか、そういう言葉は無いのか?
全然表情変えないし、なんならどこか蔑んでいる様に見えるぞ。
そんな不満を心にしまいつつ、いざ起き上がってみると……
「おっ、動ける動ける。いやー! 良かった良かった。マジで今回は死ぬかと思ったからな〜!」
「アンタ、マジで無茶しすぎ。言っとくけど、ここに担ぎ込まれた時、息して無かったんだからね。体だってボロボロだったし」
「え!? マジで!? こっわ!!」
「いや、マジマジ。すぐに治療用の魔術を使える人が来て、助けてくれたんだよ。まぁでも、あのホワイトとか言う奴やっつてくれたから、あんまうるさく言わないであげる」
「あっ! そうそう! 俺すげぇ頑張ったんだぜ!? お前にも見せてやりたかったぜ、俺の勇姿をよぉ!」
そんな平和なやり取りに、食い込む様な鋭く冷たい視線。
「……元気そうですね。良い加減、ベッドから動いたらどうです?」
「ああ……すんません……」
「私は先に部屋の外にいます。詳しい近況を知りたいのなら、どうかお早めの準備を。時間は有限……ですよ?」
と、言い残して、パタリと扉が閉まる。
うん、なんというか、苦手なタイプだ。
和やかな雰囲気だったのに水を差してくるし、ぜってぇ性格悪いだろ……!
「なぁ伊吹……アイツ、嫌な奴だよな」
「うーん、どうだろ。確かにちょっと圧あるけど、良い子だと思うよ。危ないとこ助けてくれたしね」
「助けてくれた……?」
「そ。あの子ともう何人かで、いきなり現れて、いきなり助けてくれた。確かにちょっとクール過ぎるけどね……」
「ふぅん……」
伊吹なりに多少思う所があるらしい。
助けてもらったんなら、まぁ悪くは言えないか。
それにしても、冷たかったけどな。
俺が起きた時だって、全然嬉しそうじゃなかったし。
なんだか、機械みたいな奴だった。
※ ※ ※ ※ ※
レトロモダンな雰囲気の回廊を行く。
内装はとても煌びやか。
本当に高級旅館の様だ。
少し洋風チックな所も風情を感じる。
その上、広い。
さっき俺達のいた個室の様な部屋が連なっているだけでは無く、明らかに間取りが広い部屋もある。
今しがた通ったロビーの様な場所も圧巻の広さで、とてつもない高さの天井には、リーマンの生涯賃金でも払えなさそうなシャンデリア。
ここまで広い場所に出ると、人の姿もチラホラ見えてくる。
談笑する者もいれば、忙しそうに早歩きだったり、何かの物品を運んでいたり、十人十色だ。
とは言え、服装はやたら規律正しい。
ほとんどがスーツ姿だ。
俺も俺で、いつの間にワイシャツ姿になっていた。
元々着ていた奴はボロボロの筈だから、誰かが着せ替えてくれたんだろう。
道行く人達に目を凝らすと、想像通りと言うか、その誰もが魔術師。
一体ここがどういう施設なのか、全容は掴めないが、ここは宇都見の言っていた『魔術連盟』とやらの基地らしい。
豪華な内装に目を奪わながら、先導するあの『機械女』についていく。
相変わらず、俺と伊吹には目もくれず、ただ目的地へと黙って歩いている。
そんな中、学校での騒動に話題は移る。
なんでも、七瀬が怪我をしただとか、鹿島の野郎をぶっ飛ばしただとか、その後にアンジェ・ルーガーがやって来たとか。
極めつけは……
「お前、とうとう魔術師になっちまったのか……! 大丈夫かよ……!?」
「しょ、しょうがないじゃん! あそこでアタシが戦わなきゃ全員死んでたし! ってか! 今までアタシだけ仲間外れっぽくてなんかイヤだったし!!」
「違う違う! 責めてねぇって! 体とかは大丈夫かって話だよ。初めて魔力使ったんだ。意外と疲れんだろ?」
「え? いや、まぁ……アタシの場合は『加速』使ってただけだし、アンジェと戦ってた時も、割とすぐに助けが来たから……」
「加速……? お前もしかして、魔術、使えんの……?」
「魔術とかってのはよく分かんないけど……なんかアレ使うと早くなるんだよね。ジェットコースターみたいに、『ズキューン!』ってね」
「マジ、か……」
伊吹の奴、目覚めたてだってのに、能力が使えたのか?
俺はまだ魔力纏って攻撃するくらいしか出来ないのに?
俺ってもしかして、魔術師としての才能無い?
「え、なんかショック受けてる? なんで?」
「べ、別にぃ? ショックなんて受けてねぇし?」
そうだ。
俺はショックなんて受けてない。
全然、全く。
「あら、こんにちは」
「ん……?」
廊下の向こうから現れたのは、まだ幼く見える少女だった。
ウエストがキュッとしまったロングワンピース。
黒格子の柄に、レースがあしらわれた、まるで英国のお嬢様の様な風貌。
ウェーブがかったボリューミーなセミロングのプラチナブロンド。
愛らしい人形の様な整った顔立ちに、それを際立たせる碧い眼。
なんというか、この場の雰囲気には合っているが、魔術師なんて物騒な輩には見えない。
その少女はすれ違い様に立ち止まる。
「……挨拶、したのだけれど」
それは明らかに不機嫌そうな眼差しだった。
「おっと! すまねぇすまねぇ。こんな所に君みたいな子がいると思わなくてよ。つい色々考え込んじまった」
「ふん……」
喋りかけたものの、そのまま目を合わせずにスタスタと行ってしまった。
その後ろ姿に目を凝らして見ると、やはり今の子も魔術師だ。
「あんなちっこいのに魔術師なのか。すげぇな」
そこでようやく、あの『機械女』が口を開く。
「小さければ、なんですか? 魔術師とは体格の差で決まるんですか? それとも、自分より小さい体の人間は反射的に下に見てるんですか?」
開口真っ先に皮肉が出るのは、もはや褒めるしかない。
明らかに口調は怒っている風に聞こえるが、眉一つピクリとも動かない。
全くの無表情。
「えっと……そういうつもりで言ったんじゃ……」
「ちなみに、彼女は魔術連盟内でも屈指の実力者です。『五本指』の内の一人とも言えるでしょう。貴方なんて、赤子程度の扱いでしょうね」
「え!? 今の子供が!?」
「外見で判断しないで下さい。なんの為の魔力感知ですか」
「ぐっ……」
「ぷぷぷ、風間ってあの子より弱いんだ〜」
「うっせ!!」
今の子供より俺は弱いらしい。
流石にそこまで言われると凹む。
ただ、今はそのショックより、この機械女への怒りが湧いてきた。
男として、ここまで屈辱的な事を言われたら黙っちゃいられない。
それも、魔術師歴的に後輩である伊吹の前で。
このままじゃ俺のメンツが丸潰れだ。
よし、ここはガツンと言ってやる。
例え相手が女だろうと、関係ねぇ!
「おい! おま……」
「着きました。ここです」
と、途端に急ブレーキ。
「お、おい。あの……」
「この中に『代表』がいます。私はここで待機しています。ノックした後、中に進んで下さい」
「こいつ……」
あえて遮る様に言葉を返される。
明らかに意図的!
なんて酷い女!
「アンタって初対面の子に嫌われてる確率高いよね」
「お前が言うか……」
そんな俺と伊吹のやり取りにすら、興味無さそうに沈黙を貫いている。
この女は徹底して俺の事が嫌いらしい。
大きな事を成し遂げたと思ったら、見知らぬ所に飛ばされて、知らない女になじられて。
結局ワケが分からないまま、ここまで来させられて、目の前の扉の向こうには『代表』とやらがいるらしい。
助けてくれたらしいが、それとこれとは別。
この女に関して、文句の一つくらいは言ってやりたい。
ノックを三回。
面接をする時の様な心持ちで、『どうぞ』の言葉をもらった後、よそ行きの顔に変えてから扉を開く。
奥に鎮座していたのは、とても穏やかな雰囲気の男だった。




