52話 イカれた男共
その身に起こった変化は、本人でさえ気づく事は出来なかった。
その能力を本能的に操り、ホワイトの魔術を打ち破った事を、風間は知らない。
魔術の覚醒など、可能性に入れている筈が無かった。
むしろ、自慢の能力を破られたホワイトの方が、状況を理解出来ていた。
やられたが故に、今一度冷静に状況を整理する。
(……風間蓮斗、反応から察するに、こいつは自分の力を自覚していない。だから、試す様に灯油なんぞを使った訳だし、こんな部屋に俺を閉じ込めた)
自分の能力を知らないと言う事は、初めから全て己が策略と、フィジカルだけで解決しようとしていた。
拳が効かなかった場合には、また別の策を用意していたし、コワモテな見た目に反して、そこは用意周到であった。
それを踏まえて、ホワイトは風間の″意図″が最後まで読めなかった。
「風間……君は、どういうつもりだ……?」
「あ……?」
「こうなる事は予想出来ただろう。長引けば炎が周って自分だって死ぬ。第一、俺は能力によって炎は効かなかったんだぞ?」
「……そうだな」
「無駄死にする所だったんだぞ……? 一緒に心中するつもりだったのか? それに、俺の攻撃が確実に決まっていたら、お前はもう死んでいるんだぞ……? 一度逃れられた筈なのに、どうしてお前は向かってきた?」
ホワイトが理解出来なかったのは、そのギャンブル魂。
様々な攻め手を考えていたとは言え、能力の謎も解かずに挑むのはあまりにも狂っている。
その上、逃げ場の無い、こんな狭い部屋で戦おうとするなんて、自殺行為も甚だしい。
だからこそ、何か別の考えがあったのではないかと、ホワイトは考えていた。
「知らねぇよ」
「え?」
否、この男はホワイトの想像以上にイカれていた。
「……おめぇが特殊な体だって事は分かってたぜ? だから、炎で無理なら、この部屋に一緒にこもって、てめぇが息詰まらせて死ぬまで耐久。どんな能力だったとしても、人間の形してんだ。流石に酸素無きゃ死ぬだろ」
「な……! そこまでするか……!! 自分も道連れになるんだぞ!? く、狂ってる!!」」
「狂ってねぇし、死なねぇよ。てめぇが倒れた後に助けてくれる奴はいねぇが、俺の場合は宇都見がいる。それに伊吹もいるしな。だから死なねぇ」
「馬鹿か!! その耐える過程で俺に殺される可能性を考えていないのか!! そんなリスキーな策を仕掛けてくるなんて、イカれてるぞ……!!」
「あっはっはっは!! お前だって危険も承知でこの教室に飛び込んで来たんだろ? お互い、イカれ野郎だな」
恐怖心、怒り、傷つく相手への同情、風間からその全ては消え失せていた。
段々と、この危険な戦場が心地良いものになっていく。
息苦しさも、体中の痛みも、魔力が尽きかけているこの状況も、謎の清々しさを与えていた。
(さっきまでの不安定な感情はねぇ。こいつに対する哀れみも無くなった。例え殺す事になっても……やってやるぜ……!)
恐れを断ち切る様に目覚めた、謎の固有魔術無効能力。
もう攻撃を止める感情も、止める道理も存在しない。
目の前の敵を倒す、ただそれだけの為に風間は戦う。
その一方、ホワイトは恐怖心を募らせる。
「そういや……拳も効いたのは嬉しい誤算だったな。これで、てめぇが息詰まらせて死ぬのを待たなくても殺せるワケだ……来いよロン毛野郎」
風前の灯同然の魔力を引っさげ、風間は一歩一歩足を進める。
それに合わせて、ホワイトは一歩ずつ後ろに下がっていた。
無意識の内に後ずさっていた。
その後退を、自分の背が壁に突く事で初めて知る。
己が恐怖を、自覚する瞬間だった。
(……俺は怖がっているのか。目の前のこいつでは無く、死ぬかもしれないと言う状況に対して。こんな感覚は味わった事が無い。今まで読みを違えた事も。相手が格上だろうが格下だろうが、俺は生き残って来たんだ。なのに……!!)
間違いなく、それは絶望。
今まで紡いできたものが、積み上げてきたものが、この男には通用しない。
思考回路が読み取れない。
理解出来ない人種。
(こいつ、本当に俺を殺す気か……? 高校生の分際で……? どこでしくじった……? 俺は……俺は……)
逃げる事は出来ない。
持ち堪える事が出来ても、部屋中を覆う炎と煙でいずれ死に至る。
無理に逃げようとすれば、背後から容易く攻撃される。
絶対絶命、八方塞がり、万事休す、そんな言葉が頭を巡る。
やはり、残された選択肢は一つしか無かった。
(いや、まだだ……生き残る為には、″速攻″だ。正確には一分以内。その間に、逆に俺が殺してみせる。やってやるさ……!)
覚悟を決めた瞬間、壁と背が離れた。
両者、全身に魔力を纏わせながら近づく。
風間は低い体勢でファイティングポーズを取る。
ホワイトは両手を下げたまま、一切の構えを取らなかった。
(なんだ……? さっきの俺の真似をしてやがるのか?)
勿論、そこに意図はある。
ただ、風間にとっても時間が無いのは同条件。
不気味さを感じつつも、攻撃を仕掛けずにはいられなかった。
顔面に高速の左ジャブが飛ぶ。
続いて腹部に強烈な左フック。
「ぅ……」
二つのパンチは見事に炸裂。
たまらずよろけた所に、トドメの右ストレート。
が、そこで風間は拳を寸止めする。
脳裏に浮かんだのは反撃弾。
すんでの所でホワイトの狙いを理解した。
しかし、時既に遅し。
止めた右腕をホワイトはグッと引き寄せ、左手の二本指を風間の脳天に押し当てる。
炸裂するのはやはり、零距離反撃弾。
「がっ……!!!」
(さっき当てた時……風間はこの技に対して肉体的反応はしていた。効果は薄いものの、この攻撃は確実に効いている……! 風間の能力は、ダメージの完全な相殺は出来ない。出来てもダメージを軽減するだけだ!)
ホワイトが食らった合計二発分のダメージが、頭に直接返ってくる。
初弾に比べれば大きく威力は下がっている。
その上、風間の能力によって更にダメージは軽減される。
とは言え、その衝撃は風間自身の拳そのもの。
痛みのショックで体をのけぞらせる程度には効いていた。
そして、追撃は首元へのハイキック。
「かはっ……!!」
後方に大きく飛ばされた風間は、咳き込みながら過度な呼吸を繰り返す。
当然ながら、炎に包まれたこの部屋には一酸化炭素が充満している。
無理に空気を吸い込めば、その分だけ毒を吸い込んでいるのと同義。
意識が遠のくのと同時に、喉は焼ける様な痛みに苛まれる。
しかし、まだ闘志と魔力は残っている。
その痛みに意も介さず、風間は黒板前の大きな机まで走る。
更なる追撃を狙いに、ホワイトはすぐさま駆け寄る。
その距離、まだ互いの射程外。
そこで風間が取った行動は、手前にあった椅子を投げつけると言う原始的な攻撃方法だった。
無論、これでダメージを与えるつもりでも、この椅子に魔力を纏わせている訳でも無い。
目的は注意を逸らす事。
加えて、ホワイトの視点からだと椅子に重なって動きが見えづらくなる。
それが狙い。
動作を隠しながら机の上に素早く移動し、風間自らホワイトの方へ飛ぶ。
飛んできた椅子を跳ね除けた瞬間、ホワイトの視界に映ったのは風間の膝。
飛び膝蹴りが炸裂する。
「おぶっ……!!」
魔力の帯びたその膝蹴りは顔面に突き刺さる。
激しく鼻血を吹き出しながら、背中から盛大に倒れてしまう。
と、思われたが、すんでの所でその足を踏み留めた。
(ここで隙を見せたら終わりだ……! むしろ、ここで追い討ちをかけに来る風間に反撃を……!!!)
しかし、その追撃はホワイトの予想の範囲外だった。
ある物がホワイトの手前に投げこまれる。
その数、数十本は下らない。
大量の銀色の筒。
ラベルに描かれた文字は『火気厳禁』。
「な……!?」
(もう……どうにでもなれだ……!!)
それは、ここに至るまでに様々な運動部から事前にくすねていた、アイシング用のコールドスプレー。
ホワイトが来るまでの準備中に、机の中に仕込んでおいたのだった。
言わずもがな、火に投げ込めば悲惨な事態が待っている。
自分も巻き込まれるかもしれない、ハイリスクな最終手段だが、しのごの言っていられる状況でも無かった。
(まだこんな小細工を……!!!)
風間はすぐさま机の下に身を隠し、それを見かねたホワイトは、スプレー缶から咄嗟に距離を取る。
しかし、部屋の温度が上がっていた事もあり、炎に晒されたスプレー缶はものの数秒で臨界点。
特大の大爆発が起こる。
「ぐわぁぁぁぁぁあああ!!!!」
雄叫びの様な悲鳴と、耳を叩き割る程の地鳴りの様な音が風間の耳を襲う。
そして、強烈な爆風。
机越しでも吹き飛ばさんとする、銀幕スターしか味わえない様な大爆発。
持ち得る魔力を全て体の外に纏い、目と鼻を押さえながら、半ば祈る様にその場で身を屈める。
(やったか……?)
黒板前の机は、地面に接着した大きなタイプで、爆発を凌ぐには適していた。
お陰で、炎と煙に巻き込まれずに済んだ。
机から出ると、目を開けられない程の大量の煙に、それを上回る炎の海が、室内に広がっていた。
その状況は差し詰め、実験中の不幸な事故の様であった。
朦朧とする意識の中、倒れた長髪の男の姿が目に入る。
ピクリとも動かない。
勝利の余韻を噛み締める余裕も無いが、風間は心の中でガッツポーズを決める。
地獄の様な炎の檻の中、勝敗は決したのだ。
(やった……遂に……でもその前に早く出ねぇと……)
確かに勝てた。
ただ、連戦に次ぐ連戦で心も体も疲弊。
炎に包まれた部屋の中、喉は焼け、呼吸はもうしたくても出来ない。
その上、固有魔術、及び魔力の過度な浪費のせいか、魔力は完全に底を尽きた。
もう戦う力は一ミリも残っていなかった。
そのせいか、風間は自分が全身に火傷を負っている事に気づいていなかった。
痛覚すらまともに働いていない。
そんな、途切れかけの意識の中、自分と一緒に戦ってくれた二人の姿を思い浮かべていた。
(伊吹……宇都見……俺は勝ったぞ……褒めてくれよ……)
まだ死ねない。
まだ止まれない。
まだ終わりたくない。
低めの体勢でふらふらと、口を手で覆いながら、外へと続く窓を目指した。
微かに覗く外の光は、神の後光か、吊るされた雲の糸にも見えた。
(外にさえ出れば……外に……外に……)
ガタ。
後ろ髪を引っ張るかの様に、その物音で歩みを止める。
文字通り後ろだった。
後ろ。
後ろで起きた音。
後ろにいる何か。
その答えは一つだった。
(どこまで……どこまでお前は……)
焼け焦げた長い白髪が、黒煙と共に揺れていた。
痛々しく、薄汚れ、ボロボロな衣服、未だ光を失わない赤い眼。
異質、奇妙、狂気、執念、そのどれもが当てはまる様な異常性。
そして、彼は笑っていた。
笑うのを堪え切れない風な笑みだった。
それは、勝ちを確信したからでは無い。
この命の取り合いを楽しんでいたからだった。
能力の成長、自身の存命を至上の悦とする男が、生存意識とは程遠い行為に、心躍らせていた。
異常、異常、どこまでも異常。
なのに、それを心のどこかで理解してしまっている男もまた、ここにいた。
互いを見合い、状況をすぐに理解する。
ホワイトは魔力を残している。
風間には無い。
それが分かっていても、ブレーキなんてものは無い。
こうなった以上、突き進み、叩きのめすのみ。
正真正銘のラストアタック。
数メートルの距離を、互いに拳を掲げて猛ダッシュする。
ホワイトにはもう一握りの魔力しか残っていなかった。
それでも、人一人屠る事が出来るくらいの力はあった。
ましてや、相手は魔力の無い、現時点ではただの一般男子高校生。
最早結果など最初から見えていた。
しかし、ホワイトは手を緩めない。
『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』、そんな言葉を体現するかの様に、全身全霊で、残った全てをぶつけまいと、その拳を振るう。
風間の身には何も残っていなかった。
ただ、耳鳴りの様に頭にあの言葉がこだましていた。
『きっと上手くいく』と、別れる際に言っていたあの言葉。
その言葉が、鼓舞してくれている様な気がした。
だからこそ、この難局を打ち砕く天啓が舞い降りたのかもしれない。
そして、両者二人の心の声はシンクロする。
((こいつは……俺が殺す……!!!))
拳と拳がすれ違う。
先に相手に拳を叩き込んだのは────
風間だった。
彼の拳がホワイトの頬を捉えた。
その衝撃は、顎の骨と、最後の戦意までも粉々に砕いた。
勝敗が決したと同時に、拳の中に忍ばせていた割れたフラスコの欠片がポトリと落ちる。
魔力の尽きた風間の、最後の最後に浮かんだ策。
タネが分かった瞬間に、ホワイトは悔しそうに苦笑いを浮かべた。
「そうか……魔力をそいつで補って……」
そして、届かなかった手を、恨めしそうに見つめる。
「あぁ……楽し……かった…………」
意識が途切れる瞬間まで笑みは絶やさず、そのままホワイトは眠りに落ちた。
深い、深い眠りに。
それを見届け、風間も膝から崩れ落ちる。
体の全感覚が麻痺していた。
ホワイトの最期の言葉すら耳に入っていなかった。
遠く、遠く、遠く、安らかなまどろみに、二人は落ちていく。




