5話 友達?
「で……あいつは今どこにいるんだ?」
地べたに転がる男の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「し、知らない……!」
「今は機嫌がよくねぇんだ。しばらく病院のベッドの上……なんて嫌だよなぁ?」
「ほ、本当に知らない……! 知らされてないんだよ……!」
「三下共が……」
総勢十一人、全員がこの前の奴等と同等の力を持っていた。
だが、結果はこの通り、全員おねんね状態。
ろくに立てなくなった奴に、血反吐吐いてる奴すら居る。
明らかに戦意は喪失してる。
数の暴力と言えど、はっきり言ってこいつらは雑魚だった。
この訳の分からん力にも、力量や個人差があるってのはよく分かった。
だが、やはり分からないのはこいつらがあいつを狙う理由だ。
「おい、最後にもういっぺん聞くが、伊吹の奴が狙われてる理由、知らねぇんだな?」
男は思い切り首を横に振る。
分かってはいたが、ここまでしといて何も知らない連中とは、骨折り損もいいとこだ。
「……使えねぇ」
「うぐっ……!」
掴んでいた男を再び地べたに放り投げる。
こいつらにもう用は無い。
さっさと伊吹を見つけないといけねぇ。
この時間のロスのせいで完全に見失った。
「中々、骨が折れそうだな……」
と、思っていたが、状況を理解するのはそう時間はかからなかった。
近くで大きな破裂音が鳴った。
家々の塀に阻まれてよく聞こえなかったが、確かに鳴った。
ああ、なるほど。
あいつ、結構ヤバい状況なんじゃないか?
「お前ら……女一人にどこまでやる気なんだよ……!?」
昔、好奇心で見た射撃場の動画、そこで聞いたのと似た音だ。
あれは物に撃つもんだと、勝手に思い込んでいたが、元々あれは人を撃つ為の道具だ。
今のご時世、それを実際に、しかもこんな往来でやっちまう奴がいるとは思いたくない。
でも聞こえちまったもんだから、その可能性は否定出来ない。
この連中はとうとう凶器に手を出した。
「おいてめぇらぁ! 銃を持ってる奴はどんな風貌だ!? 早く言え!」
「お、お前と似た格好の……」
「あぁん……?」
「学ランの男だ……」
どんな事を言うかと思えば学ランだと?
まさか学生がこんなヤバい事に加担してるってのか?
いや、今はとにかくあの銃声のが先決だ。
「おい! 後で嘘言ってたと分かったらただじゃおかねぇからな!」
どんどん話が大きくなってきて、遂には銃まで持ち出してきた。
今朝はこんな事になるなんて思いもしなかったろうな。
銀幕のビッグスターに憧れる時期はあったが、映画の内容を実際にやりたいなんて言う程馬鹿でも無かった。
このまま行くと、ガンアクションでも待ってそうな雰囲気だ。
寧ろ、興奮してきたぜ。
「待ってろよ、伊吹……」
覚悟を新たに地を蹴った。
戸惑いや恐怖は無かった。
あるのは根底に溜まった静かな怒り。
伊吹があいつらとどんな因縁があるのかは知った事じゃない。
知らず知らずに恨みを買うタイプの人間だろう。
だとしても、命を狙われる程の理由なんてある訳が無い。
あいつは性悪だが、ただの女だ。
銃なんかで殺されるなんて、あまりに理不尽だ。
俺の手の届く範囲で殺しなんて絶対にさせねぇ。
「……!」
その時、微かに足音が聞こえた。
歩幅の揃わない細かい足音。
確信の無い直感だが、この足音から、焦っている様なビジョンが浮かんだ。
「……行ってみるしかねぇ」
音の方向に舵を切り、曲がり角を更に曲がっていく。
でもなんで足音なんかが聞こえたんだ。
普段だったら絶対耳に入らない筈だ。
人の歩く音なんざ気にした事が無い。
それとも、この静寂のせいか?
確かにやけに今日は静かだ。
そもそも、あんなに俺はドンパチやってたってのに、野次馬が集まらない訳が無い。
それもおかしいんだ。
なんなんだ、この違和感は……
「んんっ……!?」
今度は何かが見えた。
人影だった。
一瞬で分からなかったが、これは近いぞ。
今追えば追いつける。
伊吹の可能性もある。
だが……まさか、まさかとは思うが、銃の男も近くにいる可能性だってある。
「腹ぁくくるしかねぇ……!」
次の曲がり角だ。
ここを曲がれば、その謎の人物はいる。
「てめぇは……誰だ!?」
そこに居たのは、俺がぶっ倒した奴から聞いた情報通り、学ランを着た男。
「お前……!」
そして、何よりも見覚えのある顔だった。
「お、風間? 何してんだ?」
いつもと変わらない呆けた面は、緊迫した俺の心を一瞬で日常へと引き戻す。
「宇都見ぃ!? まさか、お前が銃の男……?」
「……何言っちゃってんの? 俺はなーんかすげー音したからさ、見に来ただけなんだよなぁ」
「え、あ、そうなのか?」
「そーそー、野次馬ムーブかまそうと思ってさ、走ってたら風間ちゃんに会ったってワケ。あれ、今日は『なんだお前か……』のくだりはやらねぇの?」
宇都見は俺の声を真似て言った。
「やらねぇわ! つか、お前バイトは?」
「あ〜〜〜〜、え〜〜〜〜、そうそう、休みになった……違うな。なんかかったるくてサボっちまった。たまには羽伸ばしたっていいだろ?」
宇都見の口ぶりはどこか煮え切らない感じだった。
「……おめぇは相変わらずだな。まぁいい、とりあえず早く帰れ。ここらは危険なんだ」
「危険? なんで?」
「なんでって、そりゃあおめぇ…………はっ」
まずい、そうだった。
こんな事してる場合じゃないんだった。
「そう、伊吹! 伊吹を見なかったか!?」
「お、おいおい、話が見えないな。落ち着けって」
「落ち着いてられるかよ! フードの連中、今度は俺じゃなくて伊吹の奴を追ってんだ! しかも、さっきのでっけぇ音は……」
「……あの音、やっぱ明らかに普通じゃないよな」
「ああ、あいつ今、ちょっとやべぇかもしんねぇんだよ……!」
「なるほどな、それで心配になって伊吹ちゃんを追ってると……へぇ、お前優しいじゃんか。あんな事言っといてなんだかんだ〜?」
「……勘違いしてるみてぇだけど、流石に胸糞悪いってだけだ。知らねぇならとっとと逃げな。言っとくが、あいつらは普通じゃねぇ。お前も狙われたらただじゃすまねぇぞ」
「うーむ……」
宇都見は手に顎を置いて、考える仕草を見せる。
そして、深刻そうな顔を見せるかと思ったら、全くケロッとした表情だった。
「……よし、俺も手伝うぜ」
「は?」
「は? じゃねーよ。手伝ってやるっつってんだ」
「お前話聞いて無かったのか!? 危ねぇっつってんだ!」
「そりゃあお前もだろ? それともお前は死なないのか? お前はスーパーマンか何かかよ」
「そ、それは……」
宇都見には俺の体の事は伝えていなかった。
これから伝える予定だって無かった。
言ったって信じないだろうし。
別にそこまでの深い仲だとも思っていなかった。
でも、こいつは今、危険を顧みず俺の事を手伝おうとしている。
「はぁ……分かったよ。俺の負けだ」
「はっはー! 安心しな。任せろって! 腕っぷしなら自信あるからよー」
「ただし! ヤバそうな奴とか見つけたら、マジに大声で知らせろよな。分かったな!」
「アイアイサー!」
こんな状況なのにノリノリなのは、最早尊敬すら覚える。
だが、人手が増えれば確かに効率は上がるか。
それに伊吹の奴もまだ遠くには行ってない筈だ。
きっとすぐに見つかるさ。
宇都見は頭は悪いが運動神経は良いし、人探しも苦手な分野じゃないだろ。
それにしても……
「……なぁ、宇都見」
「ん? どした?」
「本当にヤバい奴等だぜ? なのになんでそこまでして手伝う? 今回ばっかしはマジに冗談じゃ済まねぇぞ?」
「そいつぁ愚問って奴だな。ダチが困ってんのに、手貸さない奴はいねぇさ」
「……そうかよ」
やっぱり変な奴だ。
変と言うか、珍しいタイプの人間だ。
見て見ぬふりするのが大体のパターンだ。
にも関わらず、こんな一年程度の付き合いの奴の為に命張るなんてどうかしてる。
普通じゃない。
「よっしゃ! それじゃ気合入れて行くぜー! そんじゃ、また後でな!」
「おう」
宇都見は路地の奥へと駆けていく。
「あ〜〜……宇都見」
「お?」
「サンキューな」
「……はは、気になさんな。マイフレンド」
誰かに礼を言うなんて久しぶりに感じた。
心を通わせたり、同じ目標に向かって頑張る、なんて、縁の無い物だと思っていた。
宇都見が俺を手伝うのはただの気まぐれかもしれない。
あいつの事だ、なんにも考えてないだけだって事もあり得る。
でもあいつは、宇都見だけは他の奴等と違う気がした。
小っ恥ずかしい事を心に感じる。
これがダチって奴なのか。